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もちもち
しおりを挟む林を抜ければ、森はもう見える場所にあった。
今度はオスカーの馬に乗せて貰ったのだが、やはり背後からしっかりとホールドされる形。さすがにオスカーは後ろに乗せてくれるだろうと思っていた自分が甘かった。
視界に入るオスカーの腕には、小さな傷が付いている。
こんなものは怪我にも入らないとオスカーは言う。だが、自分にもっとたくさん浄化出来る力があったなら、もっと上手く使えていたなら、この傷が付く事もなかった。
死者たちのいた場所……瓦礫と化した城には、林の中で花を摘んで供えてきた。
その時に一瞬だけ見えた光景。
平和だった国も、笑い合っていた人々も、あんなにもあっさりと失われてしまう。守ろうとした命が、目の前で奪われていく。
映像が消え、音を立て崩れた瓦礫の欠片。まるで、こうはなるなと警告してくれているようだった。
この世界は、命を奪い、奪われる世界だ。
これが救世主の力だと言うなら、周りの人たちを、国を、世界を、守れる存在でありたい。強く、ありたい。
今回のように泣いてばかりでは駄目だ。守られてばかりで、もし、もしも……、二人を失う事になったら……。
「どうした?」
「っ……、あ……えっと、死者の言葉も分かったので、森の人たちもいけそうな気がします」
顔は前に向けたまま、明るい声で答える。
だが、オスカーにはそれが空元気だと分かっていた。暖人は本当につらい時ほど、無理をして笑うのだから。
「そうか。期待してるぞ」
「はい」
ただ、今は、その嘘に騙されようと思った。
「う? オスカーさん??」
突然頬を摘まれ、暖人は間の抜けた声を上げた。今のでこれ。脈絡がなさすぎる。
「そういえば褒美を貰っていなかったと思ってな」
そう言って片手で頬を摘まんだり撫でたりを繰り返す。
「これが褒美になるんです?」
「なるな」
「ほうれすか……」
口元までむにむにと揉まれておかしな発音になってしまった。
おとなしくされるがままになっている暖人を、ウィリアムは恨めしそうに見つめる。
「ずるい……。俺も頑張ったのに……」
「……ウィルさんも、後でどうぞ」
こんなので良ければ。本当に。
すると子供のように拗ねていたウィリアムは、やたらとキラキラした笑顔を暖人に向けた。
……頬、形が変わってしまうかもしれない。それこそパン生地のように。
髪の次は頬。彼らにとって、そんなに手触りが良いのだろうか。涼佑はどこを触っても気持ち良いと言っていたから参考にならないし。
頬も口元も顎も、ついでに髪も撫でられて、ついウトウトしてしまう。
浄化の力を使った反動が今頃きたのだろうか。とても眠い。
(オスカーさん……絶対動物を撫でるの上手……)
最後にそんな事を思い、意識はふわふわと溶けていった。
・
・
・
目を覚ますと、川の側だった。
さらさらと流れる涼やかな音。キラキラと光を反射する水面。頭上にはキラキラとした……金の髪。
暖人は、ウィリアムを背もたれにして眠っていた。
慌てて起き上がろうとすると、そのままでいいよと腰に腕を回された。
まるでクマのぬいぐるみのように抱っこされる体勢。もう19にもなろうという男が、この扱いとは。
「浄化の力は体力を消耗させるようだね。他に悪いところはないかい?」
「はい。少し眠いだけで、生命力とかは使わなかったみたいです」
さらりと言う暖人に、ウィリアムとオスカーは溜め息をついた。
「生命力を削っていたとしても、お前は力を使い続けていたんだろうな」
「ハルトはもっと自分を大切にしてくれないか」
「はい……、以後気を付けます……」
二人して真剣な顔で諭されては、頷くしか出来なかった。
「う? ……このタイミングで」
「頑張った俺へのご褒美と、ハルトが無茶をしたお仕置きも兼ねてね」
ウィリアムが暖人の頬を軽く摘む。そのまま両手でもちもちと両頬を揉まれては摘まれる。
「お仕置きって」
「俺が攻撃するのを止めておいて、君は術者に近付いた事だよ」
「あっ」
「君の意思は尊重したいし、俺は君を必ず守るけれど、もうあんな無茶はしないでくれ。……と言っても無理なのかもしれないな」
今までの経験上、暖人は反省は出来る偉い子なのだが、すぐに忘れてしまう。忘れるというより、こうと決めたら曲げない頑固さがあった。
「えっと……すみません……」
「自覚があるだけまだいいのかな」
頬を揉んでいた手がするりと顎から首筋へと滑る。
「っ……、んっ、ウィルさんっ……やっ、そこ、くすぐったいっ……」
首の傷痕を、指先で触れるか触れないかの動きで撫でる。ぞわぞわとした感覚に、暖人は逃れようと身を捩った。
だが腰をしっかりと抱かれ、逃げられずにジタバタと暴れる。
「お仕置きだからね」
「やっ、ごめんなさいっ、ひゃっ……んっ、んんっ……!」
傷痕から項へ、それから鎖骨へと指先が伝い、暖人は涙目になって悶えた。
その姿を、声を、オスカーは離れた位置で無言で見つめていた。ウィリアムに呆れながら。
オスカーは馬の上で、眠る暖人の髪にキスをした。あのオスカーが、だ。
その行動がどういう事か。本人は否定しても、ウィリアムには到底信じられない。
……だとしても、泥沼の愛憎劇などはなく、ただ単純にウィリアムは嫉妬していた。子供がお気に入りのおもちゃを取られた時のように、ただ純粋に。
「ハルトはくすぐったがりだね」
「んゃっ、あっ……もっ、だめぇっ……」
暖人は無自覚だが、息も絶え絶えに盛大に喘いでいるようにしか聞こえない。
ウィリアムは以前一度だけ聞いていたが、初めて聞くオスカーは真顔で空を見つめ始めた。
そこで漸く解放された暖人は、ぐったりとウィリアムに凭れ掛かる。
その髪を今度は優しく撫でる指先。
「ハルト。出来れば無茶をして欲しくはないが、何があっても俺が必ず君を守るからね」
「んっ……ぁ……ありが、とうございま、す……」
はふはふしながらお礼を言う暖人に、オスカーは、今のは怒って良いところでは? と変わらず空を見つめたまま思った。
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