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死者の地4

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「オスカーさん!」

 暖人はるとは顔を青くして、オスカーの元へと走った。
 先程別れた場所には、大量の武器と土埃が積もっている。死者たちは皆大地へと還ったのだ。

 だが、周囲を見渡してもオスカーの姿はない。

「オスカーさんっ……」
「ハルト、あそこだ」

 ウィリアムが示した先。大木の陰に、体を預けて座るオスカーを見つけた。
 暖人は駆け寄り、その腕へと縋り付いた。

「オスカーさんっ、血がっ……」
「ああ、掠っただけだ」

 腕と頬に幾つか切り傷が出来ている。あれだけの数を相手にして、負傷箇所は殆どなかった。
 ウィリアムはさすがだとばかりに頷くが、暖人はそうではない。

「だ、だめっ……オスカーさんがゾンビにっ……!」
「っ……」

 強い光がオスカーの全身を包み込む。だが。

「治ってない……、どうして……」

 腕も、頬も、血を滲ませたままだ。もう一度、と翳した手をウィリアムがそっと掴んだ。

「ハルト、落ち着いて。オスカーは大丈夫だから」
「でもっ……だって、ゾンビに噛まれたり引っかかれるとゾンビになるからっ……」
「は?」
「ハルトの世界ではそうなのか……? なんて恐ろしい……」
「本当に平和だったのか……?」
「ハルト、安心して。この世界では、そんな事は起きないよ」

 今にも泣き出しそうなハルトをよしよしと撫でる。まるでオスカーが本当に死者になるような取り乱しようだ。

「お前の世界は本当に平和だったのか?」

 オスカーはまた同じ事を言った。

 そしてふと腕を動かし、頬に触れて、不思議そうな顔をした。

「しっかり浄化されて腫れと痛みが引いたようだぞ」
「…………まさか、滅菌ライト……」

 ぽそりと呟く。この力、そんな使い方も出来るのか。

 唖然とする暖人へと、オスカーは、ふっと笑みを浮かべた。

「服に付けないようにするのが疲れただけだが。随分心配してくれるんだな?」
「するに決まってるじゃないですかっ!」
「……そうか」

 予想外に涙目で詰め寄られ、オスカーはそっと目を細め暖人の頭をポンと撫でる。
 そのまま撫で続けると、徐々に落ち着いてきたようだった。


「……守ってくださって、ありがとうございました」

 死者が現れた時から、ずっと。
 オスカーがいたから、死者たちを安らかに眠らせる事が出来た。

「礼を言うのは俺の方だ。ハルト、よくやった」

 オスカーはそう言って、髪を優しく撫でる。
 暖人は目を丸くして、オスカーを見上げた。

「ちゃんと名前呼んでくれたの、初めてじゃないです?」
「そうか?」
「面と向かって呼ばれたのは初めてな気が。オスカーさん、いつもお前お前って言うから」

 そんな事を言い、感激とばかりに目を輝かせる。そんな瞳で見つめられては悪い気はせず、オスカーは暖人の頭をぐりぐりと撫でた。


「それよりお前、水でも被ったのか?」
「え?」
「光を上から浴びた時に落ちたんだよ。染め粉」
「え。……まさか、浄化の力は偽装も洗い流すという……」
「便利だな。怪しい奴がいたらその力ぶつけてやれ」
「そうだね。心も浄化されるかもしれないし」

(さすがにそこまでの聖女パワーはないと思う……)

 心の中で呟く。
 さすがにあっても困る。聖女ルートは望んでいない。

「お仕事で俺の力が必要な時は言ってくださいね」

 そう言うと、二人は“そうか”と思い至った顔をした。
 国を護る騎士としては一番に思いつくべきだと思うのだが……。どうしてここまで過保護になってしまったのだろう。

「俺、少しでもお二人のお役に立ちたいので」
「何を言っているんだい。ハルトは生きてくれているだけで充分すぎる程だよ」
「そうだな」
「…………そう、ですか……」

(ついに生きてるだけで褒められるようになってしまった……)

 もうどうして良いやら。


 オスカーまで、と思っていると、二人は突然神妙な顔をした。

「しかし……過去を見る力と、浄化の力、か」

 こうなってくると暖人はもう完璧な救世主だ。だが、浄化の力はまだ国を救う為に使われていない。これからまた何か、暖人に危険な事が降りかかるのだろうか。
 出来ればこの震える子供を、危険から遠ざけておきたかった。

「ハルト。術者の言葉が分かったのかい?」
「はい……。あの人だけ、魂が残っていたみたいです」

 暖人はぽつりと零す。
 他の死者からは人の気配を感じなかった。だがあの術者だけは人の気配を、生きている人間と同じものを感じたのだ。

「あの人が安らかに眠れて、良かったです。……でも」
「っ、おい」
「あの人以外は……やっぱり、だめです……」

 あの顔を、光景を、つい思い出してしまった。
 ぶるぶると震えながら、コアラのようにがっちりとオスカーへと抱きつく。ここは安全地帯だとすっかり刷り込みがされていた。
 オスカーも暖人をしっかりと抱き留める。

「ハルト? 俺に抱きついてくれてもいいよ?」
「っ……」

 軽く腕を広げているウィリアムにも腕を伸ばし、二人まとめてぎゅううっと抱きついた。


 それから暫し。
 まだ震えている暖人を、オスカーはひょいと抱き上げる。それも、見事に姫のような横抱きで。

「オスカー。暖人は俺が」
「俺が運ぶ」
「君は怪我人だろ」
「だな。敵が現れたら頼むぞ」
「あっ、狡いっ」

 ウィリアムの声を無視して、オスカーは軽々と暖人を抱えたまま、すたすたと歩き始めた。
 暖人は、腕を伸ばしオスカーへと抱きつく。普段ならこんな甘えた事はしない。だが。

(あの音、しばらく忘れられないかも……)

 肉を斬る音、落ちる音、骨の砕ける音、地面に何かを引き擦る音……リアルで聞きたくなかった。

(スプラッタだけは……無理……泣く……)

 思い出してしまい、また情けなくもぽろぽろと涙を零して二人を心配させてしまった。

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