後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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美意識

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 宿の一階には食堂があり、たくさんの人で賑わっている。
 夜は酒場も兼ねているらしく、暖色の灯りに照らされ男たちが豪快に酒を飲む光景は、RPGの酒場のようで暖人はるとは密かにテンションが上がっていた。

 テーブルの上に並んだのは、王都では見かけないこの土地の郷土料理や家庭料理。
 昼間の乗り物酔いが嘘のようにモリモリと食べる暖人の姿を、ウィリアムは微笑ましそうに見つめていた。

 小さな街は、夕食前に全て回りきれてしまった。
 友達を探している、と聞き込みもしたのだが、この街に涼佑りょうすけの手がかりはなかった。

 暖人はテーブルに乗った幾つかの料理名を教えて貰い、しっかりと記憶する。どれもホッとする優しい味で、涼佑に会ったら一緒に食べたいと思った。
 どんどん増えていく名前。覚えきれなくなる前に、早く会いたかった。


「ハルト。ここはあまり治安が良くないようだから、俺から離れないようにね?」
「はい」

 と、話したそばから酔っ払いが暖人たちの席にやってくる。そして。

「兄ちゃん、随分キレイな顔してんなぁ。おっ、いい体してんじゃねぇか」

 男は暖人には目もくれず、ウィリアムに絡み始めた。

(わ、わかる……綺麗な顔だし、体格も綺麗ですよね……)

 思わず酔っ払いに同意してしまった。
 男らしくも中性的な美しさで、まるで彫刻のように整った顔と体だ。
 絡まれているウィリアムには悪いが、この世界の美意識は正しいのだと安堵した。やはり暖人を綺麗だ、可愛い、などと言うのはウィリアムだけだ、と。

「随分と酔っておられますね。お連れの方はどちらですか?」
「連れ? あ~、兄ちゃんかな~」

 暖人の手前、最初こそやんわりと追い払おうとしていたウィリアムの目が、段々と座ってくる。
 そして剣でも抜きそうな気配になった時。

「アンタ、俺の連れに何してる?」

 外で聞き込みをしていたオスカーが戻ってきた。
 暖人ではなくウィリアムが絡まれていると瞬時に判断した為、眉間の皺はそこまで深くない。だから、男は怯まなかったのだ。

「なんだ、旦那とガキ付きかよ」

 不運な男がそう吐き捨てた途端、ゴッ! と鈍い音がした。
 テーブルが揺れ、固い板に男の額がゴリゴリと擦り付けられる。

「いいか、良く聞け。、だ。分かったか?」
「ひぃっ……わ、わかりました……!」

 男が悲鳴を上げると、ウィリアムは手を離す。だが静かに殺気を放つウィリアムの顔を見るなり、ガクガクとその場に座り込んでしまった。

(わかる……美形の真顔は怖い……)

 また同意してしまう。涼佑の圧に慣れている暖人でさえ脚が震えそうだ。
 そんな男をオスカーが持ち上げ、端の席へと置いてくる。男はすっかりおとなしくなり、クマの置物のように動かなくなった。


「おっかないな。ウィル母さん?」
「オスカー。……表へ出ろ」
「出るかよ。飯が冷める」

 オスカーはそう言って席についた。
 何事もなかったかのように料理に手を付けるオスカー。それを睨み付けるウィリアム。暖人はそっとウィリアムの方へと寄った。

「あの……ウィルさん、大丈夫ですか……?」

 暖人が声を掛けると、ハッとして怒気と殺気を消す。そしていつもの穏やかな笑みを浮かべた。

「ああ、驚かせてすまない。俺は母親似だからね。たまにあるんだよ」
「たまに……。ウィルさんも、気を付けてくださいね」
「……そうだね。格好悪いところを見せてしまったな」
「いえ。ウィルさんが男性にモテる理由、何となく分かりますし」
「男ならハルトにだけモテたいよ」

 気分直しとばかりに暖人の頬を両手で包み、わりと近い距離で見つめた。


「旅人さんたち、うちの客が迷惑かけて悪いね」

 声を掛けてきたのは、この宿屋と食堂の女将だった。

「いえ、こちらこそ騒ぎを起こしてしまい申し訳ありません」
「いいんだよ。悪いのはあの酔っ払いだからね。まったく酒癖が悪いったら。良かったらお詫びにこれ、食べとくれ」
「美味しそう……」

 礼を言うウィリアムの側で、暖人がぽそりと呟き目を輝かせる。
 女将の右手の皿にはパリッと焼けたウインナーが。左手の皿には瑞々しいフルーツがこんもりと盛られていた。

「美形兄弟への大サービスも入ってるけどね」

 豪快に笑う女将に、ウィリアムはこちらもサービスとばかりの華やかな笑みを浮かべた。

 女将どころか店内の女性が色めき立つ。男性もちらほら頬を染めているあたり、さすがウィルさんだな、とそんな納得の仕方をしてしまった。


 ふと女将と視線が合い、暖人はハッとしてウィリアムの方へと顔を向ける。瞳の色に気付かれたかもしれない。そっとウィリアムの袖を掴んだ。だが。

「おや、怖がらせちゃったかい?」
「いえ。弟は人見知りなもので」
「そうなのかい? 可愛いねぇ」
「はい。もう可愛くて可愛くて、食べてしまいたいくらい……いえ、片時も離れたくないくらいです」

 髪を撫で、あまりに蕩けそうな笑みでそんな事を言うものだから、暖人は美形の兄に溺愛される人見知りの子供としてその場の皆に認識されてしまった。


 その時のオスカーは、面倒事はごめんだとばかりに気配を消し、黙々と食事を摂りながら高みの見物を決め込んでいたのだった。






 その夜。

 料理はとても美味しく、サービスのウインナーはジューシーで毎日食べたいくらいだった。
 かなり鮮やかな色をしたグレープフルーツやパインのような果物も、さっぱりしていくらでも入りそうで。

 女将も店員も皆明るく、とても良くしてくれた。
 暖人とオスカーは同じ髪色で父親似、ウィリアムは母親似、という設定はまた使うかもしれない。覚えておこう。

 そんな事を考えながらバスルームを出て、ベッドに入ったのだが。


(……寝れない)

 暖人はパチリと目を開けた。
 大きなベッドの上で、正面にはウィリアム、背後にはオスカー。
 オスカーは背を向けているが、ウィリアムは暖人に腕枕をしている。その間には、……猫のぬいぐるみが。

(どうしてマリアさんは荷物にこれまで入れたんだろ……)

 確かに猫は好きだ。このぬいぐるみも気に入っている。だけど、どうして旅先にまで。
 どうして、……どうしてオスカーは、何も言わないのだ。やはりあの時に見られていたのか。どういう感情で無言を決め込んでいるのだ。

 悶々とするから眠れない。
 勿論イケメン騎士二人に挟まれているのも眠れない理由。
 そもそも年齢を言ったのに何故こんな体勢に……?

「ハルト、眠れない?」
「っ……少し、目が冴えてしまって」

 突然囁くような声を出さないで欲しい。顔を上げないまま返すと、ウィリアムは暖人の背をポンポンと叩いた。

「大丈夫だよ。怖いものは何もない。俺が必ず守るから、安心しておやすみ」

(これは、フラグ……。……一体、なんの……)

 子供どころか赤ん坊扱いだ。いや、弟扱いの延長かもしれない。
 でも……。

 そのリズムが、体温が、徐々に眠りを誘う。
 猫のふわふわも相俟って、あれだけ眠れなかったのが嘘のようにあっという間に眠りに落ちた。



 朝、目が覚めた時、何故か背後からもオスカーに抱き込まれていて心底驚いた。

 前後にとんでもない異世界イケメンを置かれても、一体どんな状況!? と戸惑うだけ。自分は別に男性が好きな訳ではない。涼佑だから好きだっただけ。
 だから、この謎のフラグとスチルとイベントをこれでもかと起こすのはやめて欲しい。一般人らしく美形に耐性がないから困ってしまう。

 この世界の神様に願ってみても、小説のように姿を現してくれる訳もなく。
 朝からキラキラした王子様系イケメンと、男の色気をだだ漏れにした気怠げイケメンに見下ろされてはたまらずに、素早い動作で布団の中に潜り込んだ。

「ハルト?」
「どうした?」

 不思議そうに声を掛けられてもまだ出られない。布団を剥がそうとしないで欲しい。

「お二人のお顔は朝から見るには眩しすぎて、無理でした。次からは俺の目と心臓を守ると思って、どうかトリプルの部屋でお願いします」

 がっちりと布団を掴んで埋まったまま、暖人はそう訴える。
 思ってもない理由に二人は嬉しそうに目を細めながら、布団の上から暖人の背や頭をこれでもかと撫で回したのだった。

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