後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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出立

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 南の森へは、早馬で街を経由せずに行けば、王都から一直線に辿り着ける。
 だが途中の街で人探しをしながら通るとすれば、部下たちとは違う西寄りの小さな林を抜ける道になるらしい。

「ハルト、大丈夫かい?」
「はい……すみません……」

 渡された冷たい水が体に染み渡る。

 元の世界で馬に乗った経験はない。この世界でウィリアムたちに助けられた時が初めてだった。
 以前のようにウィリアムの馬にお姫様ポジションで乗せて貰っているのだが、一時間程走ったところで酔ってしまった。まさかの馬酔いだ。

 今は川の側でサラサラと涼やかな音を聞きながら、木の幹に凭れている。涼佑りょうすけを探すのだと勢い良く出て来たというのに、情けない。


「この先に街があった。休憩を挟んでも一時間程だな」

 オスカーが戻って来てそう告げた。今日はそこまで行って宿泊するらしい。まだ日は高く昇っているというのに。

「ご迷惑をおかけしてすみません……」
「気にするな。遠乗りで酔う事は良くある」

 暖人はるとの側に屈み、額に手のひらを当てる。そのまま頬を撫で、何事もなかったように離れていった。

「明日には慣れると思います……。初めて乗った船でもそうだったので……」
「無理はするなよ」
「はい、すみません……」

 目を閉じたまま力なく話す暖人の隣に座り、髪を撫でる。
 髪に指を通すように撫でる感触が心地好くて、少しだけ酔いが治った気がした。


 そのまま眠りに落ちた暖人の頭を肩に乗せ、オスカーは顔を上げる。そこには眉間に皺を寄せたウィリアムがいた。

「随分と仲が良いじゃないか。君がこんな態度を取るなんて」
「そうだな。この間の泊まりでそうなった」
「そう、って」
「思いの外、意気投合した」
「……そうか」
「なんて顔してんだよ。安心しろ。お前が思うような事は何もない」

 そう言いながら、暖人の頬を撫でる。何もないとは思えない。

「思っていた以上に子供だと思っただけだ。お前の言う通り、甘やかそうとしている」
「……そう」
「そうだよ。もし違うとしても、今のこいつには負担だろ」

 この先に涼佑がいるかもしれない。涼佑に会えるかもしれない。これはその為の旅だ。余計な事で煩わせたくない。

 オスカーの言葉にウィリアムは、分かっている、とだけ呟いた。





 分かっている、と言ったのはつい一時間程前の事だった。

「同室……」
「ハルトを守るためには離れる訳にはいかないからね。旅の間だけ我慢してくれ」

 ウィリアムはそう言って暖人の背を押し、部屋に入れた。
 同室、なのは別に構わない。元の世界では大部屋だった。だが、そうじゃない。

「どうしてベッドがひとつなんです……?」

 暖人は力なく呟いた。
 部屋の真ん中には、ドーンと存在感のあるベッドが置かれている。

「この世界の宿屋は大体こうだよ」
「……」

 一瞬そうかと信じかけるが、違う気がする。
 これは、違う。
 絶対違う。

「嘘を教えるな。ここはファミリールームだ。大抵は子供が多い家族が使う」
「ほらやっぱり!」

 後から入って来たオスカーの説明に、暖人はむっとした。

「可愛いね、ハルト」
「俺怒ってるんですけど、分かってます?」
「分かっているよ。騙してすまない。ファミリールームなんて言ったら、ハルトを子供扱いしているみたいだろう?」
「その気遣いが子供扱いなんですけど」

 不機嫌な顔をする暖人を、ウィリアムは心底愛しそうに見つめた。

「ウィルさん、俺の歳を知ってから態度が変わりましたよね」
「そうかい? ずっとこうだったと思うが」
「ほら、そうやってとぼける。嘘もつかなかったのに」

 嘘というより冗談に近いが、今までそれすらもしなかった。

「君に触れる罪悪感がなくなったからね。でも今まで同様に愛しいと思う気持ちは変わらないよ」
「……嘘です」
「本当だよ。君は出逢った頃からずっと、俺の庇護対象だ。守りたい。大切にしたい。その気持ちはずっと変わらない」

 髪に触れ、するりと頬まで撫でる。
 その手つきは変わらず優しく、本当かな……と暖人はあっさりと絆されウィリアムを見上げた。


「次はトリプルにしてくれ」
「わっ」

 オスカーが突然暖人の腕を掴み、ウィリアムから引き離してベッドに座らせた。

「オスカー。嫉妬でハルトに当たるのは良くないよ」
「助けただけだ」

 ウィリアムとオスカーは何故か無言で睨み合う。

(……喧嘩でもしたのかな)

 川沿いで眠ってしまうまではこんな感じではなかったのに。
 首を傾げながら、暖人はベッドにぽふっと横になった。これは、と本格的に体を横たえ、ゴロゴロと転がってみる。

 ……広い。
 ウィリアムの屋敷のベッドより柔らかさはないが、とにかく広い。さすがファミリールーム。

「はっ……」

 ふと視線を感じ、ガバッと起き上がる。

「……」

 案の定、だ。二人が暖人を見つめていた。
 ウィリアムは口元に手を当て、可愛い、愛しい、とばかりに。
 オスカーは相変わらずの無表情だが、やけに優しい目をして。
 年齢を知られている今、この行動を見られるのは大変恥ずかしい。顔が熱い。穴があったら入りたい。

「気にするな。お前が年下な事に変わりはない」
「その優しさがつらいです……」

 よりにもよってオスカーに、真顔でフォローされると余計に居たたまれなかった。

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