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そもそもの事

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 大国の王ともなると、常時護衛が必要になる。
 三人の護衛騎士のうち、一人が近々定年になるらしい。もう一人は故郷に帰りたいと日々訴えているとか。
 その為、以前からウィリアムとオスカーが候補として挙がっていた。それをずっと断っていたのだとか。

「陛下の護衛騎士なんて、名誉なことじゃないんですか?」
「そうだけど、ね……」

 ウィリアムは煮え切らない答えを返す。

「あっ、王様の護衛なんて、危険ですよね……」
「いや、それは騎士である限り大して変わりはないのだが……。……個人的に、陛下が気に食わないんだよ」

 溜め息と共に、そんな事を言った。

「あの方は人をからかって遊ぶ癖があってね。王でなければ数発と言わず倒れるまで殴ってやりたいと常々思っている」

 これがウィリアムかと思うほど物騒な事を言った。オスカーは隣で頷いている。

「……すみません。俺、とんでもないことをしてしまったのでは……」

 ただの辞任より酷い事では。

「ハルトは悪くないよ。俺たちが申請したのは休暇だからね。それに、返答するとは言ったけれど、了承するとは言っていないから」

 ウィリアムはにっこりと笑った。

(ウィルさん、涼佑りょうすけと組んだら最強かも……)

 想像だけでブルッと体を震わせてしまった。


「だがハルト。本当にあの森に行くのかい?」
「はい。……お二人を巻き込んでしまって、すみません」
「それは良いけれど、旅なんて……君はまだ子供なのに」
「そこまで子供では……」
「あの辺りは未開の地だ。そもそも体力がもつのか?」
「オスカーさんまで……」

 暖人はるとは馬に乗った事がない。途中で休憩を挟みながら、街に立ち寄り、人を捜しながらでは馬でも十日はかかるらしい。

「あの、俺、そこまで子供じゃないんですが」
「子供だろ?」
「子供だよね?」

 二人の声が綺麗に重なった。


 さすがにもう、言い出せないなど言っていられない。このままでは旅先でも子供……いや、赤ん坊のような扱いをされかねない。

「そもそも、ですよ。お二人は俺のことをいくつだと思ってるんですか?」

 問われ、二人は目を瞬かせる。

「12歳くらいだろう?」
「いや、そこまで子供じゃないだろ。13くらいか」
「ひとつしか変わらないじゃないですか……」

 思った以上に子供と思われていた。暖人は深く溜め息をつく。せめて16くらいに思われているかと。
 だからウィリアムは暖人をぬいぐるみで埋めたり、フリルたっぷりの服を着せたり、頭を撫でたり額にキスをしていたのか。

「……19、です」

 ぼそりと答えると、二人はぴたりと動きを止めた。
 人間、予想していなかった答えを聞くと思考が止まってしまうらしい。

「今年、19歳になります」

 誕生日が来ていない為、まだ18ではあるのだが。
 二人はまだ固まったまま。長い時間を経て、先に動いたのはウィリアムだった。

「………………成人、済み……?」
「俺の国では20歳が成人でしたけど」
「ここでは16だが……お前、本当に19か?」
「本当です」

 二人は分かりやすく頭を抱えた。

「やけに大人びた話し方をすると思ったら……」
「7つしか変わらない……? こんなに愛らしくて華奢で柔らかいのに……?」
「それは体質と人種の違いかと」
「頬も伸びるのにか……」
「それも多分体質かと」

 淡々と答えると、二人はまた頭を抱える。

「19……19か……」
「……………………………………そうか、成人済みなら……」

 ウィリアムがちらりと暖人を見た。愛らしく首を傾げる暖人に、溢れ出すものをグッと堪える。

 純粋無垢な子供に劣情を抱くなんて、と己を嫌悪すらしていたが、まさかの成人済み。だが、暖人の世界ではまだ子供だ。
 子供、だが、暖人には恋人がいた。それも子供のような付き合いではないそんな恋人が。

 ウィリアムはスッと背筋を伸ばし、暖人へと向き直った。

「この世界ではハルトは成人しているね。今まで子供扱いしてすまない。これからは大人として接するよ」
「騙されるな。取って喰われるぞ」
「大切なハルトにそんな扱いはしないよ」
「説得力ないだろ」

 明らかに表情が違う。

「オスカーさん、心配しすぎですよ」
「お前、俺が言った事覚えてるか?」
「はい。でも大丈夫です。同じ男として弱点は知ってますから」

 にっこりと笑う暖人に、オスカーが珍しく吹き出した。

「ウィル、お前、信用ないな」

 ククッと声を立てて笑う。こんなオスカーは初めて見た。暖人もつい笑ってしまった。

「ハルト、俺はそんなに信用出来ない?」

 ウィリアムは眉を下げ、叱られた子犬のような顔をする。こんな彼も初めてで、可愛いなと思ってしまった。

「ウィルさんですし、子供じゃないと知ったら、お疲れの時はうっかりそんな間違いもあるかなとは思いますけど……。でも、ウィルさんは俺のこととても大切にしてくれますし、俺の気持ちを無視するようなことはしないと信じてます」
「ハルト……!」

 暖人を抱き締めるウィリアムを、オスカーは無理矢理引き剥がした。
 ウィリアムは文句を言うが、暖人の年齢を知ってから見るとますます心配になる。
 いくら涼佑という命を捧げる程の相手がいようとも、ウィリアムが本気になれば一夜くらいはどうにでもなるかもしれない。それ程にウィリアムは危険だ。

 暖人を大切にしている事は認める。だが、ウィリアムの素行に関しては完全に信じる事が出来ない。今までの行いのせいだ。


 早く気持ちを告げろと焚き付けたのは自分だが、あの時とは状況が違う。
 暖人を背後に隠すオスカーに、暖人は苦笑した。

「大丈夫ですよ、オスカーさん」
「だからお前は」
「そもそも俺にそんな魅力ないですし」

 さらりと言うハルトに、二人は同時に頭を抱えた。

「お前は……」
「ハルトはもっと自分の事を知るべきだね……」

 手を出される可能性を理解しながら、そんな事を……。
 項垂れる二人を、暖人はただ首を傾げて見つめていた。

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