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副団長、ラス
しおりを挟む屋敷から街までは少し距離がある。ラスの馬車に乗せて貰い向かい合わせで座ると、ラスは恭しく礼をした。
「赤の騎士団、副団長のラスと申します」
「あっ、暖人です」
ペコリとお辞儀をすると、ラスは小さな動物でも見るような顔をした。
ウィリアムのお気に入りと聞いてどんな美人かと思っていたら、ただの子供で、それも庇護欲を擽るタイプだったとは。
つい見つめていると、暖人はシュンと肩を落とした。
「あの……すみません、俺のワガママに巻き込んでしまって……」
「あー、そんなのいいですって。非番で予定もなかったし、暇だなーって思ってたんで」
ラスはパッと口調を崩し、明るく笑って大きく伸びをした。彼は随分と親しみやすい性格をしている。
短いダークレッドの髪と、同色の瞳。体格はがっしりとして、シャツとジャケットの上からでも分かる程に逞しい。
元の世界にいたら、警視庁の敏腕刑事のような。それを演じる役者のような。雰囲気のある人物だ。
「俺のせいでラスさんまで怒られてしまって……」
「いえいえ。いつものことなんで」
「いつも、ですか?」
「普段は緩いのに、騎士顔になるとおっかないんですよあの人。要求のハードルも高いし」
初めて聞く仕事中のウィリアムの話に、暖人は興味津々とばかりに耳を傾けた。
「互いを守り、互いを助け、共に敵を討て。傷一つ負うな。致命傷など論外だ、って。その為には実力は勿論、常に広い視野と余裕を持たないといけないんですけど、戦場でですよ?」
「それは……大変そうですね……」
「そうなんですよー。まあ、それが戦場で生き残る最善策ではあるんですけど、訓練時のスパルタが凄すぎてですね」
苦い顔をするラスに、あのウィリアムが……と暖人は信じられない気持ちだった。自由な権限を与えられる程の騎士団長なら、緩いだけでは駄目だとは分かるのだが。
「でも普段があれなんで、他の騎士団の奴らに言っても信じて貰えないんですよね」
人徳ですよねー、と肩を竦めるラスに、つい小さく笑ってしまった。
「あ、笑うとますます可愛い」
「えっ」
「ははっ、そんな警戒しないでください。兎の子を見た時みたいな意味なんで」
「それはそれで嬉しくないです」
むっとする暖人に、ラスは「すいません」と言いながらも笑いを堪えきれなかった。
つい暖人も笑ってしまう。副団長のような偉い人に護衛なんて……と思っていたのが嘘のように、気が楽になった。
「あの、俺は庶民なので、敬語じゃなくて大丈夫ですよ?」
「いえいえ、団長のお気に入りに馴れ馴れしくしてるとか知られたら、訓練と称してタコ殴りにされますから」
明るく笑うラスに、ウィリアムの知らない一面を聞いてしまった、と暖人は少しだけ表情を固くした。
「あー、でも、ハルト君って呼んでもいいですかね。その方がしっくりくるというか」
「はい。俺もさん付けは慣れないので」
暖人が笑うと、ラスはやはり小動物を見るような目をした。
そうこうするうちに街に着き、ラスは騎士らしく先に降り、暖人に手を差し出す。
その手を取りながら、この世界にはイケメンしかいないのかと一瞬真顔になってしまった。
「王都内も常に捜索はしてますけど、人の出入りも多いですからね。彼を知ってるハルト君なら見つけられるかもしれませんし、食べ歩きでもしながら探しましょ」
そう言ってラスは暖人の隣に立ち、広場に向かい歩き出した。
広場の周りには、中世のヨーロッパを思わせる建物が囲むように並んでいた。
ところどころに色鮮やかな建物があり、おとぎ話のような雰囲気もある。初めて来た時と同じように、やはりワクワクとした。
店の扉の上には、店名と共にイラスト入りの看板が下がっている。
レストラン、バー、パン屋、鍛冶屋、薬屋、仕立屋……この世界を知らない暖人にも一目で分かった。
その端に、イラスト付きのメニューが描かれた看板を出している店があった。
「クレープだ」
「ハルト君のとこにもありました?」
「はい。ここより高くてそんなに食べる機会はありませんでしたけど、とても好きでした」
近くの店は価格が高く、二ヶ月に一度の半額セールの日に涼佑と食べに行っていた。
だがこの店の前に置かれたボードを見ると、随分とお手頃価格だ。
「何個くらいいけます? せっかくだし好きなだけ頼みましょ」
「えっ、でも」
「俺のおごりですから。俺はこれとこれと、うーん、悩むなー。五個くらいいけます?」
「え、っと、三個くらいなら?」
「じゃ、ハルト君が選んだの一口ずつくれません? 俺のもあげますから」
また悩み始めるラスに、暖人はクスクスと笑った。
「ラスさんって、甘いもの好きなんですね」
「そうなんですけど、やっぱ似合いませんよね」
「見た目がかっこいいから食べそうに見えないですけど、なんだか安心しました。俺も甘いもの食べに行く時は人目を気にしてましたし」
「やっぱそうですよね」
「男でも甘いもの好きは多いと思うんですよね。あ、これ美味しそう」
そんな会話をしながら、二人でクレープを選んでいく。
結局五個ずつ頼み、袋に入れて貰ったそれを持って、広場を見渡せるベンチに座った。
まずは、以前食べた見た目が苺でプリン味の果物がたっぷり入ったクレープをひと口。
「っ……美味しいっ……、幸せですっ……」
果汁たっぷりでジューシーなプリンという、何とも言いがたい美味しさである。クリームは甘さ控えめで、バランスが丁度良い。
リスのように頬を膨らませる暖人をジッと見つめるラスに、ハッとしてクレープを飲み込んだ。
「すみませんっ、先にひと口あげる約束だったのにっ」
「ああ、いいんです、そのまま食べてください。ハルト君があんまり美味しそうに食べるから、嬉しくなって見てただけなんで」
ラスはそう言って、また嬉しそうに目を細めた。
「普段行動する相手って貴族に寄りがちなんで、外で食べるなんてとか太るからとか言って、全然美味しそうに食べてくれないんですよね。作ってくれた人にも失礼だなーっていつも思ってて。あ、貴族の令嬢だから仕方ないってちゃんと分かってはいますけどね」
理解していても感情は別物。食べるの大好きなので。ラスはそんな事を言った。
「男の人とは行かないんですか?」
「滅多に行かないですね。騎士団の男どもと行っても華がないですし」
「俺も男ですけど……」
「男でも可愛ければオッケーです」
「……そういえば、ラスさんって老若男女に」
「あー、そうですけど、ハルト君には何もしませんって。まだ命は惜しいんで」
正直すごい好みの顔ですけど、と言いながら袋からクレープを取る。それを「ひと口どうぞ」と差し出され、このタイミングで……と思いながらも暖人はパクリと噛みついた。
「……ハルト君って、罪作りですね」
「?」
「何でもないです。美味しいですか?」
暖人はコクコクと頷く。オレンジのような酸味とチョコレートソースが相まって大変美味だ。
「良かったらもうひと口どうぞ」
口元に押し付けられては仕方なく、今度は小さく噛みついた。
餌付け……。
ラスは声には出さずに思う。
自分の手から美味しそうに食べる姿を見ると、何とも言えない優越感がある。これはクセになりそうだ。などとは我らが団長には口が裂けても言えないが。
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