44 / 168
副団長、ラス
しおりを挟む屋敷から街までは少し距離がある。ラスの馬車に乗せて貰い向かい合わせで座ると、ラスは恭しく礼をした。
「赤の騎士団、副団長のラスと申します」
「あっ、暖人です」
ペコリとお辞儀をすると、ラスは小さな動物でも見るような顔をした。
ウィリアムのお気に入りと聞いてどんな美人かと思っていたら、ただの子供で、それも庇護欲を擽るタイプだったとは。
つい見つめていると、暖人はシュンと肩を落とした。
「あの……すみません、俺のワガママに巻き込んでしまって……」
「あー、そんなのいいですって。非番で予定もなかったし、暇だなーって思ってたんで」
ラスはパッと口調を崩し、明るく笑って大きく伸びをした。彼は随分と親しみやすい性格をしている。
短いダークレッドの髪と、同色の瞳。体格はがっしりとして、シャツとジャケットの上からでも分かる程に逞しい。
元の世界にいたら、警視庁の敏腕刑事のような。それを演じる役者のような。雰囲気のある人物だ。
「俺のせいでラスさんまで怒られてしまって……」
「いえいえ。いつものことなんで」
「いつも、ですか?」
「普段は緩いのに、騎士顔になるとおっかないんですよあの人。要求のハードルも高いし」
初めて聞く仕事中のウィリアムの話に、暖人は興味津々とばかりに耳を傾けた。
「互いを守り、互いを助け、共に敵を討て。傷一つ負うな。致命傷など論外だ、って。その為には実力は勿論、常に広い視野と余裕を持たないといけないんですけど、戦場でですよ?」
「それは……大変そうですね……」
「そうなんですよー。まあ、それが戦場で生き残る最善策ではあるんですけど、訓練時のスパルタが凄すぎてですね」
苦い顔をするラスに、あのウィリアムが……と暖人は信じられない気持ちだった。自由な権限を与えられる程の騎士団長なら、緩いだけでは駄目だとは分かるのだが。
「でも普段があれなんで、他の騎士団の奴らに言っても信じて貰えないんですよね」
人徳ですよねー、と肩を竦めるラスに、つい小さく笑ってしまった。
「あ、笑うとますます可愛い」
「えっ」
「ははっ、そんな警戒しないでください。兎の子を見た時みたいな意味なんで」
「それはそれで嬉しくないです」
むっとする暖人に、ラスは「すいません」と言いながらも笑いを堪えきれなかった。
つい暖人も笑ってしまう。副団長のような偉い人に護衛なんて……と思っていたのが嘘のように、気が楽になった。
「あの、俺は庶民なので、敬語じゃなくて大丈夫ですよ?」
「いえいえ、団長のお気に入りに馴れ馴れしくしてるとか知られたら、訓練と称してタコ殴りにされますから」
明るく笑うラスに、ウィリアムの知らない一面を聞いてしまった、と暖人は少しだけ表情を固くした。
「あー、でも、ハルト君って呼んでもいいですかね。その方がしっくりくるというか」
「はい。俺もさん付けは慣れないので」
暖人が笑うと、ラスはやはり小動物を見るような目をした。
そうこうするうちに街に着き、ラスは騎士らしく先に降り、暖人に手を差し出す。
その手を取りながら、この世界にはイケメンしかいないのかと一瞬真顔になってしまった。
「王都内も常に捜索はしてますけど、人の出入りも多いですからね。彼を知ってるハルト君なら見つけられるかもしれませんし、食べ歩きでもしながら探しましょ」
そう言ってラスは暖人の隣に立ち、広場に向かい歩き出した。
広場の周りには、中世のヨーロッパを思わせる建物が囲むように並んでいた。
ところどころに色鮮やかな建物があり、おとぎ話のような雰囲気もある。初めて来た時と同じように、やはりワクワクとした。
店の扉の上には、店名と共にイラスト入りの看板が下がっている。
レストラン、バー、パン屋、鍛冶屋、薬屋、仕立屋……この世界を知らない暖人にも一目で分かった。
その端に、イラスト付きのメニューが描かれた看板を出している店があった。
「クレープだ」
「ハルト君のとこにもありました?」
「はい。ここより高くてそんなに食べる機会はありませんでしたけど、とても好きでした」
近くの店は価格が高く、二ヶ月に一度の半額セールの日に涼佑と食べに行っていた。
だがこの店の前に置かれたボードを見ると、随分とお手頃価格だ。
「何個くらいいけます? せっかくだし好きなだけ頼みましょ」
「えっ、でも」
「俺のおごりですから。俺はこれとこれと、うーん、悩むなー。五個くらいいけます?」
「え、っと、三個くらいなら?」
「じゃ、ハルト君が選んだの一口ずつくれません? 俺のもあげますから」
また悩み始めるラスに、暖人はクスクスと笑った。
「ラスさんって、甘いもの好きなんですね」
「そうなんですけど、やっぱ似合いませんよね」
「見た目がかっこいいから食べそうに見えないですけど、なんだか安心しました。俺も甘いもの食べに行く時は人目を気にしてましたし」
「やっぱそうですよね」
「男でも甘いもの好きは多いと思うんですよね。あ、これ美味しそう」
そんな会話をしながら、二人でクレープを選んでいく。
結局五個ずつ頼み、袋に入れて貰ったそれを持って、広場を見渡せるベンチに座った。
まずは、以前食べた見た目が苺でプリン味の果物がたっぷり入ったクレープをひと口。
「っ……美味しいっ……、幸せですっ……」
果汁たっぷりでジューシーなプリンという、何とも言いがたい美味しさである。クリームは甘さ控えめで、バランスが丁度良い。
リスのように頬を膨らませる暖人をジッと見つめるラスに、ハッとしてクレープを飲み込んだ。
「すみませんっ、先にひと口あげる約束だったのにっ」
「ああ、いいんです、そのまま食べてください。ハルト君があんまり美味しそうに食べるから、嬉しくなって見てただけなんで」
ラスはそう言って、また嬉しそうに目を細めた。
「普段行動する相手って貴族に寄りがちなんで、外で食べるなんてとか太るからとか言って、全然美味しそうに食べてくれないんですよね。作ってくれた人にも失礼だなーっていつも思ってて。あ、貴族の令嬢だから仕方ないってちゃんと分かってはいますけどね」
理解していても感情は別物。食べるの大好きなので。ラスはそんな事を言った。
「男の人とは行かないんですか?」
「滅多に行かないですね。騎士団の男どもと行っても華がないですし」
「俺も男ですけど……」
「男でも可愛ければオッケーです」
「……そういえば、ラスさんって老若男女に」
「あー、そうですけど、ハルト君には何もしませんって。まだ命は惜しいんで」
正直すごい好みの顔ですけど、と言いながら袋からクレープを取る。それを「ひと口どうぞ」と差し出され、このタイミングで……と思いながらも暖人はパクリと噛みついた。
「……ハルト君って、罪作りですね」
「?」
「何でもないです。美味しいですか?」
暖人はコクコクと頷く。オレンジのような酸味とチョコレートソースが相まって大変美味だ。
「良かったらもうひと口どうぞ」
口元に押し付けられては仕方なく、今度は小さく噛みついた。
餌付け……。
ラスは声には出さずに思う。
自分の手から美味しそうに食べる姿を見ると、何とも言えない優越感がある。これはクセになりそうだ。などとは我らが団長には口が裂けても言えないが。
97
お気に入りに追加
1,800
あなたにおすすめの小説
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる