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ちゃんと言ったのに

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 ウィリアムは、暖人はるとがいない間に自覚した事があった。
 何不自由なく過ごせるよう環境を整え、徹底的に甘やかして、ここ以上に良い場所はないと思わせたかった。そうして無意識に暖人を閉じ込めようとしていたのだ。それは、オスカーが暖人に語った通りだった。

 暖人を大切に想うあまり、目の届くところへ置いておきたかった。それが暖人の為だと、信じていた。
 だがそれは、自分の為でしかなかったのだ。


「オスカーの屋敷では楽しく過ごせたかい?」
「……はい」

 問えば躊躇い、申し訳なさそうに頷くのがその証拠に思えた。
 暖人を自分の所有物だと、勝手に思い込んでいたのだ。

「君がいないと聞いた時、オスカーに取られると思ってしまったよ。もう、帰って来ないのかと」
「そんなことっ」
「分かっている。すまない、責めているわけじゃなく、俺が勝手に嫉妬をしたんだ」

 嫉妬……。
 暖人は目を瞬かせる。そんな事考えもしなかったのだろう。自分の魅力を全く自覚していないからこそ心配になるのだが、そんなところも暖人の魅力だと思えた。

「大人げなく嫉妬をして、勝手に不安になって、拗ねているだけだよ。君は俺のものではないのにね」

 困らせる事を言っていると理解しながらも、今、心の内を全て伝えておきたかった。

「それでも、君が大切で心配だから、次からは出掛ける前には君の口から行き先を聞かせてくれないか。それから……リョウスケが見つかるまでは、この屋敷から出て行かないで欲しい」

 全てを伝えたい。これからも、この愛しい存在を失わない為に。


 頬に触れ、揺れる瞳を見つめる。

「……見つかるまで、ずっといても、迷惑じゃないですか……?」
「ああ。出来ればその後もここに居て欲しいよ。彼と一緒にね」
「っ……」

 暖人はたまらずに目の前の存在に腕を伸ばした。
 大切にされるばかりで、何も返せない。それなのに、涼佑りょうすけの事さえも受け入れようとしてくれる。この気持ちをどう伝えれば良いか分からなかった。
 子供のようにぎゅうぎゅうと抱きつく。ありがとうございます、とそんな言葉しか出て来ない。それでもウィリアムにとっては充分過ぎる程だった。

 涼佑の次に好きだと思って貰える存在でありたい。閉じ込めるのではなく、何処へ行ってもここが帰る場所なのだと、そう思って貰えるように。
 そして……もしもの時、暖人をこの世界に繋ぎ止められる存在に。


 言いたい事やしたい事、嫌な事でも何でも、お互いに遠慮なく言う事。
 その晩、二人はそう約束した。

 ウィリアムの言葉も受け、自分が何をしたかったのか、暖人は改めて考える。
 オスカーの横暴さを浴び……るつもりが、予想外に楽しいお泊まりになってしまったが、目が覚める心地がした。







 そして今、爽やかな朝の執務室で、ウィリアムと向かい合い対峙していた。

「ウィルさん」
「駄目だ」
「でも、この街は治安がいいって」
「駄目だと言っただろう?」
「……ちゃんと行き先を言ったのに」

 暖人は頬を膨らませる。

「っ……そんな顔をしても、駄目なものは駄目」

 可愛い、と絆されそうになるが、グッと堪える。今日のウィリアムはいつになく口調が強い。

 暖人はただ、街に出て涼佑を探したいと言っただけだ。
 密輸事件の前に少しだけウィリアムと一緒に街に出て、一通り回った。この国の王都は治安が良い。広場では子供が走り回っているくらいに。それなのに。

 腕を組み、父親のように見下ろすウィリアムと、駄々をこねる子供のように拗ねた顔で見上げる暖人。
 そこで、一度部屋を出ていたノーマンが戻って来た。

「ウィリアム様。ラス様がご同行してくださるそうです」
「ラス……?」
「先程書類を持ってお見えになり、事情をお話したところ、すぐに快諾していただけました」

 ノーマンはにっこりと笑った。
 ウィリアムはグッと言葉を呑み込む。ラスは同じ赤の騎士団の、副団長だ。護衛としては申し分ない。それも、こんな治安の良い場所だ。
 だが、あまりにタイミングが悪い。……ウィリアムにとっては。


 本当は、この屋敷の者に護衛を頼めば良い話だった。
 つまり、ウィリアムはただ、自分が一緒に行きたかっただけ。だが来週まで休みがない。だから駄目だ駄目だと言っていたのだ。駄々をこねていたのはウィリアムの方だった。

 それを暖人に知られる訳にはいかない。あまりにも大人げない。
 ウィリアムは、諦めの溜め息をついた。

「分かったよ……。ハルト、ラスから絶対に離れないようにね。髪は染められるが瞳は無理だから、誰とも目を合わせないように」
「はい」
「それから、リョウスケを見つけても独りで追いかけないこと」
「はい」
「それと」
「過保護が過ぎますよ、お父さん?」

 突然扉の側から聞こえた声に、ウィリアムは眉間に皺を寄せた。

「……ラスは老若男女に手を出す奴だから、決して気を抜かないように」
「……はい」

 ウィルさんが言うなら相当だ。暖人は大きく頷いた。

「団長、先入観与え過ぎですって。さすがに団長のお気に入りには手を出しませんよ」

 肩を竦める。

「そうか。ハルトは俺の人生で一番の“お気に入り”だ。指一本触れるな。掠り傷一つでも付けようものなら今後騎士として生きられないと思え」
「護衛するのに触るなは無理でしょ」

 凄むウィリアムにも、ラスはさらりと言い返した。

「……ハルト。支度をしておいで。俺は少しラスと話があるから」
「はい……」

 ピリッとした空気に、暖人はそそくさとその場を後にした。


 この世界の技術はどうなっているのか、色の付いた粉を水で溶いて髪を浸すだけで、ムラなく綺麗に染まる。
 暖人に使用されるのは髪に負担のない水で落ちるタイプのものだが、専用の粉で落とすまでひと月程落ちないものもあるらしい。
 こんなものが元の世界にあったなら、間違いなく大ヒット商品だ。女子の必須アイテムだとかそんな特集が組まれるような。

「このお色も似合いますけど、次は紫にしてみましょうか。緑も良いかしら」

 マリアが楽しそうに言う。
 それからまた楽しそうにあれこれと服を当てられ、最終的には庶民らしくシャツとスラックスに薄手のコートというシンプルな服に決まった。
 こうして着替え人形にされるのも、すっかり慣れてしまった。


 瞳の色が目立たないようにと、今回も濃紺に染められた髪。
 オスカー団長の弟みたいですね、とラスが笑うと、ウィリアムの機嫌は更に下降した。

「えっと、ウィルさん、ありがとうございます。行ってきます」
「……ああ、気を付けて行ってくるんだよ」
「はい。……あの」
「ん?」
「遅くならないように帰りますね」

 彼を見上げて笑ってみせると、ウィリアムはぴたりと動きを止めて。

「ああ」

 帰ります。その言葉で、ウィリアムは安堵と共に込み上げるものがあり、うっかりラスの前で暖人の髪にキスを落としてしまった。

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