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帰宅
しおりを挟む「帰る? 一週間は泊まると聞いたが」
「いっ……そんなにはっ、さすがにそれは申し訳ないですっ」
慌ててぱたぱたと手を振った。
「いる分には構わないが、俺は仕事で帰りが遅くなるしな。退屈させないよう皆には言ってあるが……、お前は余計気を遣うか」
「すみません……」
「謝らなくていい。慣れない場所だとそうなるだろ」
そう言ってオスカーは暖人の頭を撫でた。
口元はいつも通りに引き結ばれていても、撫でる手が、視線が、今までよりも優しい。そんな一面を知れて、何となく嬉しいようなくすぐったいような気持ちになった。
「あの、ウィルさんにも何も言わずに来てしまったので……」
するとオスカーは何とも言えない顔をした。
「そうか。ティアとノーマンに説得されて押さえ込まれてるだろうな」
「押さえ込むって……」
「まだここに来ていないという事は、そういう事だ。アイツがお前を取り返しに来ない訳がないだろ」
「そんなこと、…………」
ない、と言い切れない。自惚れではなく、きっと皆もそう思っている。
「帰ってやれ」
「はい……。最後までお騒がせしてすみません……」
「気にするな。それに、お前が来たいならまた来てもいい」
「いいんですか?」
「ああ。お前と話すのは意外と楽しかった」
「俺も楽しかったです」
パッと明るい笑顔を見せる暖人に、オスカーはそっと目を細めた。
「まあ、今日のところは帰してやるよ」
「え? あの、オスカーさん……?」
何を言ったかは聞こえなかったが、オスカーの手が暖人の頬を撫でる。やけに、優しい手つきで。
「髪は染めずに布を被って行け。俺と同じ色だとアイツが騒ぐ」
「はい。そうします」
そう言いながらオスカーは撫でていた頬を、軽く摘む。摘んでは撫で、を繰り返して。
「お前はパン生地で出来てたりしないか?」
「しないですよっ。何を言うかと思えばっ」
言うに事欠いてパン生地。オスカーから出てきそうにない単語がすぎる。
「だったら、何を言われると思っていた?」
「なに、って……」
普通に、柔らかいだとか、そんな事を……。
オスカーの手はまだ頬を摘んでいる。その手がするりと頬を包むように触れた。
「この肌に、永遠に触れていたい」
「っ……」
突然声音が変わり、吐息混じりの甘さを含んだ。真っ直ぐに見つめられ、魅入られたように動けなくなる。
「……とでも言うと思ったか?」
「っ……!」
「ウィルに慣れ過ぎだ。ここまで近付かれたら少しは抵抗しろ」
「そう言われましてもオスカーさんですしっ」
「馬鹿なのか? 合意と取られるぞ?」
「合意ってなんですかっ。オスカーさんは騎士ですし、そもそも俺にそういうのないですよね?」
売り言葉に買い言葉。暖人はムッとして言い返した。
だがオスカーは呆れたように深い溜め息をついた。
「騎士だから安全とは限らない。覚えておけ」
そのまま背を向けてしまう。扉を開け、外の使用人に暖人が帰る事を伝えた。
「……でも、俺はオスカーさんのこと、いい人だと思ってますし」
触られても別に嫌だとも思わない。
拗ねたように見つめる暖人に、オスカーは目を丸くして、今度は困ったように息を吐いた。
「馬鹿なんだな」
「馬鹿でいいです」
拗ねた顔のまま、視線を落とす。
最初こそ嫌われているかと思っていたが、今では彼なりに暖人の事を考えてくれているとちゃんと分かる。守るとも言ってくれたのだ。馬鹿だと言われても、オスカーの事を信じている。
「なら、他の奴は警戒しておけ。お前は救世主かもしれないからな」
「……オスカーさんは、俺が救世主かもしれないから心配してくれてるんですか?」
「やけに食い下がるな。どうした?」
「別に……ちょっと虚しくなっただけです。俺、救世主じゃないですし……」
そうじゃない自分は、オスカーにとっては必要ないように思えて、寂しくなってしまった。
「そうじゃなくても心配はするさ。警戒心の欠片もない子供だからな」
オスカーは困ったように笑い、暖人の髪を撫でる。
「ここはお前の世界とは違う。男も性の対象になるし子も孕む。いくら治安がいいとはいえ、それだけは覚えておけ」
「っ……、はい」
今度は、素直に頷いた。
・
・
・
昼前に帰った時には、当然まだウィリアムは帰っていなかった。
寝る頃になり慌てた様子で部屋を訪れたウィリアムは、暖人の顔を見るなり、無言で抱き締めたのだ。今までにない程に、きつく。
黙って出て行った事で拗ねられるかと思えば、ただ背を、髪を、撫でられるだけだった。
その背に、躊躇いながらそっと腕を回す。
たった一日。
それだけでこんなにも不安にさせてしまう程、彼は自分を手放したくないと思ってくれている。必要だと思ってくれている。それを、不謹慎にも嬉しいと思ってしまった。自分は彼に、何も返せないというのに……。
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