42 / 168
帰宅
しおりを挟む「帰る? 一週間は泊まると聞いたが」
「いっ……そんなにはっ、さすがにそれは申し訳ないですっ」
慌ててぱたぱたと手を振った。
「いる分には構わないが、俺は仕事で帰りが遅くなるしな。退屈させないよう皆には言ってあるが……、お前は余計気を遣うか」
「すみません……」
「謝らなくていい。慣れない場所だとそうなるだろ」
そう言ってオスカーは暖人の頭を撫でた。
口元はいつも通りに引き結ばれていても、撫でる手が、視線が、今までよりも優しい。そんな一面を知れて、何となく嬉しいようなくすぐったいような気持ちになった。
「あの、ウィルさんにも何も言わずに来てしまったので……」
するとオスカーは何とも言えない顔をした。
「そうか。ティアとノーマンに説得されて押さえ込まれてるだろうな」
「押さえ込むって……」
「まだここに来ていないという事は、そういう事だ。アイツがお前を取り返しに来ない訳がないだろ」
「そんなこと、…………」
ない、と言い切れない。自惚れではなく、きっと皆もそう思っている。
「帰ってやれ」
「はい……。最後までお騒がせしてすみません……」
「気にするな。それに、お前が来たいならまた来てもいい」
「いいんですか?」
「ああ。お前と話すのは意外と楽しかった」
「俺も楽しかったです」
パッと明るい笑顔を見せる暖人に、オスカーはそっと目を細めた。
「まあ、今日のところは帰してやるよ」
「え? あの、オスカーさん……?」
何を言ったかは聞こえなかったが、オスカーの手が暖人の頬を撫でる。やけに、優しい手つきで。
「髪は染めずに布を被って行け。俺と同じ色だとアイツが騒ぐ」
「はい。そうします」
そう言いながらオスカーは撫でていた頬を、軽く摘む。摘んでは撫で、を繰り返して。
「お前はパン生地で出来てたりしないか?」
「しないですよっ。何を言うかと思えばっ」
言うに事欠いてパン生地。オスカーから出てきそうにない単語がすぎる。
「だったら、何を言われると思っていた?」
「なに、って……」
普通に、柔らかいだとか、そんな事を……。
オスカーの手はまだ頬を摘んでいる。その手がするりと頬を包むように触れた。
「この肌に、永遠に触れていたい」
「っ……」
突然声音が変わり、吐息混じりの甘さを含んだ。真っ直ぐに見つめられ、魅入られたように動けなくなる。
「……とでも言うと思ったか?」
「っ……!」
「ウィルに慣れ過ぎだ。ここまで近付かれたら少しは抵抗しろ」
「そう言われましてもオスカーさんですしっ」
「馬鹿なのか? 合意と取られるぞ?」
「合意ってなんですかっ。オスカーさんは騎士ですし、そもそも俺にそういうのないですよね?」
売り言葉に買い言葉。暖人はムッとして言い返した。
だがオスカーは呆れたように深い溜め息をついた。
「騎士だから安全とは限らない。覚えておけ」
そのまま背を向けてしまう。扉を開け、外の使用人に暖人が帰る事を伝えた。
「……でも、俺はオスカーさんのこと、いい人だと思ってますし」
触られても別に嫌だとも思わない。
拗ねたように見つめる暖人に、オスカーは目を丸くして、今度は困ったように息を吐いた。
「馬鹿なんだな」
「馬鹿でいいです」
拗ねた顔のまま、視線を落とす。
最初こそ嫌われているかと思っていたが、今では彼なりに暖人の事を考えてくれているとちゃんと分かる。守るとも言ってくれたのだ。馬鹿だと言われても、オスカーの事を信じている。
「なら、他の奴は警戒しておけ。お前は救世主かもしれないからな」
「……オスカーさんは、俺が救世主かもしれないから心配してくれてるんですか?」
「やけに食い下がるな。どうした?」
「別に……ちょっと虚しくなっただけです。俺、救世主じゃないですし……」
そうじゃない自分は、オスカーにとっては必要ないように思えて、寂しくなってしまった。
「そうじゃなくても心配はするさ。警戒心の欠片もない子供だからな」
オスカーは困ったように笑い、暖人の髪を撫でる。
「ここはお前の世界とは違う。男も性の対象になるし子も孕む。いくら治安がいいとはいえ、それだけは覚えておけ」
「っ……、はい」
今度は、素直に頷いた。
・
・
・
昼前に帰った時には、当然まだウィリアムは帰っていなかった。
寝る頃になり慌てた様子で部屋を訪れたウィリアムは、暖人の顔を見るなり、無言で抱き締めたのだ。今までにない程に、きつく。
黙って出て行った事で拗ねられるかと思えば、ただ背を、髪を、撫でられるだけだった。
その背に、躊躇いながらそっと腕を回す。
たった一日。
それだけでこんなにも不安にさせてしまう程、彼は自分を手放したくないと思ってくれている。必要だと思ってくれている。それを、不謹慎にも嬉しいと思ってしまった。自分は彼に、何も返せないというのに……。
89
お気に入りに追加
1,800
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる