後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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おやすみ

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「落ちる方か」
「え? あ、はい。落ちない方は髪が荒れるからと言われました」

 バスルームから出ると、オスカーがソファに座って待っていた。
 少し驚いてしまったが、特に気にせず向かいのソファに座る。すると何故かオスカーは立ち上がり、暖人はるとの隣に座った。

「オスカーさん?」

 不思議に思ううちに、オスカーの手が髪に触れる。まだ少ししっとりとしている髪を手のひらで撫で、毛先を指先で摘んだ。

「確かにこの質感が変わるのは勿体ないな」

 指を通し、後頭部を撫でるように髪に触れる。
 そのまま、暫し撫で続ける大きな手のひら。

「あの、これ、そんなに気持ちいいです? ウィルさんもずっと触ってましたけど」
「まあ、そうだな。一晩くらいなら触ってられるか」
「そんなに。ただの髪なんですけど」

 と言ってもオスカーはただ撫で続けるだけ。暖人も特に嫌がりもせずにされるがままだ。


 仕事で偽物の黒髪は何度も見てきた。捕らえる時に触れた事もある。そのどれもがこんな繊細な手触りではなかった。
 一度触れると離し難い心地よさ。暖かな体温。片手で収まりそうな小さな頭。警戒心がないどころか、目を閉じてウトウトとし始める。

「子供はもう寝る時間か」
「っ……、子供じゃないです。撫でられるとつい」
「そうか」

 ハッとして目を開けたくせに、強がるところが妙に可愛く思えてしまう。
 国を護る立場だとはいえ、こんな子供にきつく当たっていたと思うと何とも言えない心苦しさがある。
 その分も甘やかしてやろうなどと今日一日慣れない事をしてみたのだが、そもそも甘やかすという行為が良く分からなかった。

 だが、本は探して運んでやったし、昼の軽食に出したケーキには目を輝かせていたし、夕食も美味しそうに食べていた。そこそこ甘やかせているのではないだろうか。
 次は猫の絵が付いた食器でも用意してやろうか。そんな事を思うオスカーは、一つ勘違いをしていた。

 オスカーが部屋に入った時、ベッドには猫のぬいぐるみが先に布団を着て寝ていた。それを見て「猫……」と驚きと共に呟いた。
 大人びた事を言う暖人が、ぬいぐるみを連れてきて布団に入れている。やはり寂しがりの子供なのだ、と。

 実際は、今は隣の部屋にいるマリアが持参して先程寝かせたのだが。
 暖人はまだベッドを見ていない。まさかオスカーに見られたとは思いもせず、普段通りの表情でオスカーを見つめた。


「そういえば、何か話があったんじゃないですか?」

 風呂から上がるのを待っていたくらいだ。
 首を傾げる暖人へと、オスカーはそっと目を細める。

「その髪色を見たかっただけだ」
「そ、ですか……」
「ああ。じゃあな」
「はい……。おやすみなさい」
「おやすみ」

 そう言って、オスカーは部屋を出て行った。


「ちゃんと返してくれるんだ……」

 暖人はぽかんとしながら呟く。オスカーは顔が強面なだけで、やはり真面目で礼儀正しい騎士だ。


 おやすみ――。


 ふと思い出すと、やたらとドキリとしてしまう。
 今頃気付いてしまった。オスカーは、とても声が良い。ウィリアムより低く、気怠げに話すところが逆に男らしい。

 熟した果実のような甘さのウィリアムの声とは違い、一言でも囁かれると腰が一気に砕けるタイプの危険な甘さを含んでいる。
 勿論囁かれた事はないが。一時期、興味本位で乙女ゲームのボイス付き動画を連日聞いていた自分が言うのだから間違いない。

(その知識を役立てるシチュエーションは望んでなかったけど……)

 自分がヒロインにはなり得ないのだが、状況だけがこれでもかとフラグを立ててくる。
 今日はボイス回収日なのかもしれない。そう思う事にして、暖人は早々にベッドに横になった。
 猫……見られた……? ときちんと動揺は終えてから。

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