後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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この世界の動力

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 まるで何事もなかったように離れ、山積みにした本を暖人はるとの方へと押しやった。その中から、この国の職業が一通り分かる本を暖人の前に置く。
 そしてそのまま向かいに座り、オスカーも何かの本を読み始めた。


 それから暫し。

「オスカーさん。この世界の動力は、魔法鉱石なんですよね」
「ああ」

 オスカーは本から顔を上げないまま答えた。

 この世界の鉱山で採れるのは石炭ではなく、魔法鉱石と呼ばれるものだった。
 地脈や空気中のエネルギーを吸収して硬化した、ほんのりと光を放つ石。国中の人々が暮らせるだけ採掘しても、その間にまた作られるという効率の良い動力源だ。

 鉱石には数種類ある。
 燃えやすい石は、暖炉にくべれば手のひらサイズの石ひとつで丸三日保つらしい。燃やしても石炭のように煙も出ず、大変エコな石だった。
 冷気を出す鉱石は、機密性の高い容器に数個入れて冷蔵庫や冷凍庫代わりに使用している。

 発熱する鉱石は上水道の経由地に設置して、家庭で蛇口を捻れば湯が出るようになっている。だがこちらは少しだけ価格が高い。
 上下水道が元の世界のように整備されているのは、その昔東の国に現れた救世主の知恵が世界に伝わったからだそうだ。

 他にも種類があるのだが、暖人はまだ全て覚えきれていない。


「移動手段は、馬か馬車ですよね」
「ああ」
「どの国も同じですか?」
「ああ」

 オスカーは生返事を返すが、暖人も特に気にしていない。

「俺のいた世界で、蒸気機関車というものがありまして」

 オスカーが顔を上げる。おや、と暖人は思った。
 そういえば、写真の時も興味津々の様子だった。オスカーは科学方面に興味がある人なのだろうか。

「馬車のように車輪のある、もっと大勢を乗せて走る鉄の箱で、水を沸騰させて発生した蒸気で走るんです」
「……蒸気でどうやって車輪を回す?」
「細い管から……紙とペンあります?」

 というと、テーブルの引き出しから手早くそれらを取り出す。どうやらかなり興味を引かれたらしい。

 暖人は慣れないながら羽ペンで簡単な図を書く。
 絵はそこそこ得意だ。小学校高学年の時には夏休みの自由研究に蒸気機関車の仕組みをテーマにした。涼佑りょうすけと一緒にした事は、殆どが今もまだ覚えている。

「大体こんな感じです。この細い管から蒸気を送って、シリンダーの中のピストンという部分を蒸気で左右に動かします」
「……なるほど?」
「そこから伸びた鉄の棒が車輪に繋がれていて、ピストンの左右の動きをこう、回転運動に変えて車輪を動かします」
「なるほど……」
「回転させるためにはいくつかの支点……別方向へ動かすためのつなぎ目が必要です」
「なるほど」

 段々と納得した声に変わっていく。
 自転車を漕いで車輪を回すイメージだが、船を漕ぐ時の手のような動きと伝えた。

 その後もあれこれと質問を受けながら説明をしていく。まさかオスカー相手に先生役が出来るとは思わず、何となく得意げな気分になってしまった。


「蒸気機関車は俺の世界では初期の頃の乗り物で、今は電気で走る電車や、数人が移動出来るサイズの車……自動車というものがありました」
「電気?」
「はい。小さな雷みたいなイメージでしょうか。その力で物を動かしたり、明かりをつけたりしていました」
「……原理としては、光鉱石のようなものか。あれが大量に落ちて保管庫が吹き飛んだ事があった」
「そうです。その威力を上手く使ったものが電気です」

 暖人は頷いた。
 光鉱石は暖人の部屋にもある。いつも誰かがつけてくれる為しばらく気付いていなかったが、間接照明だと思っていたものの上には、光鉱石が置かれていた。
 小さな光鉱石同士を軽く当てるだけでルームライト程度の明かりが一晩続くのだ。一度光ると消えないため、暗くしたい時は上から布を被せる。熱を発さない為、火事の心配はなかった。


「それから、百人規模で運べる飛行機という、空を飛ぶ鉄の鳥みたいなものも」
「空を、飛ぶ……?」
「はい。雲の上を飛ぶんです」
「鉄が?」
「ジェットという火や風や気流を使って……詳しいことは分かりませんが、飛んでました」
「良く分からない物で空を飛んでいたのか……。何なんだ、お前の世界の人間は……」
「まあ、それが普通だったので」

 驚くオスカーの反応が楽しくて、暖人はにこにこと笑顔になった。
 その顔を見たオスカーは眉間に皺を寄せる。これは照れ隠しだろうか。

「これは貰ってもいいか?」
「はい」

 頷くと、オスカーはその図をジッと見据える。
 そこで暖人はハッとした。この世界にない物を教えても大丈夫だろうか。……いや、別に、過去に来て未来を変える訳ではないから大丈夫だろう。そう思う事にした。


 それから二人は、互いの世界の事について教え合うという、意外なところで意気投合を見せたのだった。

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