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オスカー邸へ3

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 オスカーの屋敷の図書室は、絵画が並ぶ渡り廊下を通った先の、独立した棟にあった。

 造りはウィリアムの屋敷と似ているが、柱や階段は艶のある美しい鼈甲色が基調になっている。二階まで吹き抜けになった天井には絵画が描かれていた。
 柱を境に区切られ、朝焼けから星空までの移り変わりが色彩豊かに表現されている。月の映る湖で憩うユニコーンの絵もあり、この世界なら伝説ではなく本当にいるかもしれない……、と暖人はるとはこっそりとワクワクした。

 あまりにも格好良くておしゃれ。一度は行ってみたい海外の図書館、とでも検索したら絶対出てくるやつだ。
 そんな事を思いながらきょろきょろして歩いていると「転ぶなよ」と言われ、早速躓いてオスカーのお世話になってしまった。

 そのまま肩を押され、椅子に座らされる。もう動くなということだろう。暖人は苦笑した。


「何を読みたい?」
「そうですね……。この国で働くための知識が得られるものを」
「働く?」
「はい。この国と世界の基本的なことは勉強しました。もう少し街のことを知れば、そのうち住み込みでも働けるかなと」
「働く……?」
「そんな、何故? みたいな顔されましても……。働かないと生きていけませんし」
「いや、そうじゃなく、ウィルの屋敷を出るのか?」
「いつまでもご厄介になるわけにもいきませんから」

 あまりに居座り過ぎてウィリアムの迷惑になる前には、屋敷を出るつもりだ。それに、しっかり働き方を覚えて涼佑りょうすけを支えられるくらいになっておきたい。

「やめてやれ。アイツが廃人になる」
「さすがにそれは言い過ぎですよ」
「笑い事じゃない。本気でやめてやれ」

 オスカーはやけに真剣な顔をした。

「外泊くらいならまだいいが、今出て行かれると困る。さっきはああ言ったが、あの屋敷にいる間はアイツの為にも駄目になってやれ」

 いつになく必死な様子のオスカーに、暖人は口を噤んだ。
 駄目になると気付いた今、申し訳ないがそうなる気はない。それでも、オスカーがここまで言うのだ。何かあるのだろう。
 そこで暖人は思い至った。

「大丈夫です。何かおかしなものが見えたら、ちゃんと報告しますから」

 今出て行かれると困るのは、救世主の力が必要だから。
 そう解釈した暖人に、オスカーは頭を抱えた。

「そうじゃない。アイツはお前にそんなものは求めていないと分かるだろ」
「……そう、ですよね……。すみません……」

 暖人は眉を下げる。
 ウィリアムにあまりに失礼だった。出逢った時からずっと、何の力もないただの子供を、彼は心から大切にしてくれたというのに。


「ウィルさんって、本当に優しいですよね。時々自分だけは特別なのかなと勘違いしてしまいます」
「勘違いでもないだろ。大体、アイツのお前に対する執着は……、……とにかく、ウィルに出て行くような話はするなよ?」
「理由が知りたいですけど……俺も今すぐ出て行くつもりはないですよ。今はまだ、ウィルさんがいないと眠れそうにもありませんし」

 やっぱり頼ってばかりです、と息を吐く暖人に、オスカーは目を瞬かせた。

「子守歌でも歌って貰ってるのか?」
「そこまで子供じゃないですからね。時々添い寝はしてくれますけど」
「…………俺もそうした方がいいか?」
「そんな眉間に皺を寄せて言われましても……。オスカーさんはオスカーさんのままでいてください」
「何だそれは」
「添い寝とか甘い言葉とかはウィルさんだけでもういっぱいいっぱいです」

 もうこれ以上は、と困った顔をする。

 オスカーは唖然としてしまった。暖人は気付いていないのか。そうなるほどに添い寝や甘い言葉を与える理由を。

「オスカーさん?」

 伝えようとしないウィリアムも馬鹿だと思ったが、ここまで気付かない暖人も暖人だ。
 いや、気付けば出て行ってしまうだろうから、このままで良いのかもしれないが……。

「本を持ってくるから、そこにいろ。動くなよ」
「そこまで子供扱いしなくても……。でも、すみません、お願いします」

 暖人は座ったままぺこりと頭を下げた。



 色々と釈然としないまま会話が終わってしまったが、きっと問い詰めてもオスカーは答えてくれないだろう。

(ウィルさんの、俺に対する執着……)

 暖人は思案する。
 オスカーの口振りだと、まるでウィリアムが暖人を好きだと言っているようだ。

 だが、涼佑と似ているようで、違う。
 同じように過保護でも、ウィリアムはただ子供を可愛がるような接し方をしてくる。
 そもそも元の世界でも涼佑以外にそんな感情を向けられた事はなかった。この世界でも変わる訳がない。

(ああ、家に帰って毎日出迎えてくれたペットがいなくなったら、確かに廃人になるかも……)

 ふと思いついた可能性が、暖人には一番しっくりきてしまった。
 ウィリアムは暖人をペット扱いしていないと分かっているが、ペットのように癒しを与える存在になれば少しは役に立てるかもしれない。

(よし、帰ったら俺もチュチュちゃんみたいにウィルさんに甘えて、…………まって、違う気がする)

 思わず頭を抱える。
 そういえば、元の世界では涼佑以外と接する事は殆どなかった。もしかして自分は、人間関係や人との距離感を測る事がとんでもなく下手なのでは?
 机に突っ伏してうーうー唸る。


「どうした? 具合でも悪いか?」
「だ、大丈夫です!」

 もう戻ってきてた! 慌てて顔を上げる。……と。

「っ……」

 あまりにも間近に、オスカーの顔が。
 濃紺の髪で陰になろうとも、恒星のように強い光を宿す瞳。真っ直ぐに見据えられれば、何故か逸らす事が出来なくなる。
 オスカーは離れる事なく、暖人の瞳を見つめ続けていて。

「……確かにずっと見ていても飽きないな」

 気付いているのか、気にしていないのか、吐息も触れそうな距離でそんな事を呟いた。

(突然フラグ立てないで欲しい……)

 王宮の件で落ち着いたと思ったのに。
 結局そのまま暫くの間、オスカーは暖人の瞳を見つめ続けていた。

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