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ティア様、襲来2
しおりを挟むティア・ウォーレン・ピオニー・フィオーレと名乗った彼女は、姿勢を正すと優雅にお辞儀をした。
暖人より頭ひとつ分近く小さなティアは、14歳だと言った。
ピオニーも暖人の世界にあった花だ。
ティアの髪のようなとても可愛らしい色の花だと言うと、少し照れながらも花が綻ぶように笑った。
緩やかにウェーブした白金の髪は、腰から下が淡い桃色をしている。そのふわふわの髪を揺らしソファに座ると、ティアは優雅にティーカップを傾けた。
まだ14歳だというのに、立派に貴族のご令嬢だ。
メアリの淹れた紅茶を飲み、一息つく。今日は甘いバニラの香りがした。
「あの……ハルトさん、とお呼びしても?」
小さいのにしっかりとした話し方をする。可愛いなあと思いながら、暖人は笑顔で頷いた。だが。
「ハルトさんは、お兄さまの恋人でいらっしゃるの?」
「えっ……、違いますっ。それに俺、恋人がいるので」
「あら。それがどうかしまして?」
「え?」
暖人が驚いた声を出すと、ティアは首を傾げた。
「ハルトさんは、この国の方ではありませんの?」
「えっと、はい。遠くの国の出身です」
異世界人だとは言わない方が良いだろう。
「そうですの。初めて見るお色だと思っていましたけど」
暖人の髪をジッと見つめる。そして次は視線を合わせ、美しい色だわ、とウィリアムと同じ事を言って微笑んだ。
「この国……世界のほとんどの国では、重婚が認められているのですわ」
「そ……うなんですか?」
あまりにサラリと衝撃的な事を聞いた。
動揺する暖人をよそに、ティアはカップに砂糖を入れのんびりと混ぜる。
「家柄や財力、必要性などを考慮したうえで、専門機関の審査で認められれば、ではありますけど。性別を問わず重婚が可能なのです」
大人びた口調で答える。
重婚、にも驚いたが……。
「性別も、問わないんですね……」
「はい」
「……じゃあ、好きな人を、諦めないでいいんですね」
暖人は視線を伏せ、そっと笑った。
ここへ来たばかりの頃に、ウィリアムから男同士でも結婚が出来ると聞いた。だがあの時はまだ実感もなく、涼佑の事でそれどころではなかった。
だが、今は違う。
(諦めないで……ずっと一緒にいたいと思って、いいんだ……)
じわじわと目の奥が熱くなる。
元の世界では、男同士というだけで気持ちが悪いと罵られた。あれは小学校に上がったばかりの頃だった。
クラスメイトに笑われ、それを涼佑が「友達に好きって言って何が悪いんだ?」と、暖人の“好き”は“友情”なのだと皆に思わせてくれた。
それからずっと、隠してきた。
皆に嘘をつき続けた。
二人だけの秘密だった。
それでも中学、高校と上がる度に、ずっと一緒にいるのはおかしいと、彼女を作れと、周りに揶揄された。
その頃には涼佑は、“幼馴染の暖人”が一番大事だと公言する強さを持っていたのだが……。暖人はいつまでも守られるばかりで、それが申し訳なくて、守る側になれない事が、悲しかった。
外で手を繋ぐ事も出来ず、高校に入ってからお金を貯めて行った旅行先の部屋でだけ、こっそり恋人らしい事をした。
それでも施設の大人は勘付いていたのだろう。
男同士はこの国では結婚も出来ない、子供を生む事も出来ない、この施設の子をそうはさせたくないと、暖人たちに聞こえる場所で何度も話していた。
彼らはきっと、心配もしてくれていたのだ。虐待された事もなく、風邪を引けば心配をしてくれた。だからこそ、涼佑を好きでいる事がつらくて悲しい時もあった。
でも……この世界では、気持ちを隠さなくていいんだ。
「ハルトさんは……、……いえ。東の国はもっと恋愛に寛容ですのよ? 結婚も離婚も何度も経験している人がほとんどだと聞きます」
ティアは優しく明るい声で、そう言った。
「重婚が認められていても、想いを告げることに勇気がいらないわけではないのですけど」
「……ティアさんにも、好きな人がいるんですか?」
「さあ、どうでしょう? 好きなのかしら?」
クスクスといたずらっぽく笑う。
女の子は、年下でも随分と大人びている。それを思い出した暖人は、どの世界でも一緒なんだなとクスリと笑ってしまった。
・
・
・
話しているうちに、あっと言う間に夕方になっていた。
その時、ドアが開き、顔を見せたのは。
「ウィルさんっ。おかえりなさい、お疲れさまでした」
帰って来たという事は、密輸事件は全て解決したのだろうか。
パッと笑顔を見せ駆け寄る暖人を、ウィリアムは思わず抱き締め……たかったのだが、頭を撫でるに留めた。暖人の向こうに見知った顔がいたからだ。
「ただいま、ハルト。……ティアと、話していたのかい?」
「はい」
「おかえりなさいませ、お兄さま。ハルトさんって、とても素敵な方ですのね」
ティアはにこにこと笑顔を見せ、暖人の方へと視線を向ける。
「ティアさんこそ、とても素敵な人だよ」
「あら、ハルトさんはお兄さまより女性の扱いがお上手だわ」
「えっ、そんなことないよ?」
「ふふ、照れていらっしゃる。可愛いわ」
「……随分と仲が良いね?」
初めて聞く敬語ではない暖人の声に、ウィリアムは僅かに眉を上げた。
「ええ。とっても仲良しになりましたの。ね、ハルトさん?」
「うん、そうだね、ティアさん」
暖人も優しい笑顔で返す。
まるで、慈しむような。暖人のこんな顔、見た事がない。
「お兄さま、わたくし、ハルトさんが欲しいわ」
パッと花が咲くように笑うティアに、ウィリアムは動きを止めた。何とか浮かべていた笑顔も固まる。
だが暖人は、こんなに懐いてくれて嬉しいなあ、と微笑ましく思いながらティアを見つめる。それを、ウィリアムは勘違いしたのだ。
「駄目だよ、ティア」
「お兄さま?」
いつになく真剣な顔。声も咎めるようなもので、ティアは首を傾げた。
「ハルトは物じゃないんだよ?」
「そんなこと分かってるわ。ペットとも思っていません」
ティアは当然でしょ、という顔をした。
「わたくし、最初はお兄さまがお連れしたお相手かと思って、怒鳴ってしまったの。でもハルトさんは怒りもせずに、わたくしのことをお姫様だと言ってくださって。お話しているうちに、もっと好きになってしまいましたわ」
暖人に明るい笑顔を見せるティアと、柔らかい笑みでティアを見つめる暖人。
暖かな雰囲気に、ウィリアムは無意識に拳を握り締めた。
暖人になら妹を任せても安心だと思いながらも、認めると言えない。
同じ年頃の二人はお似合いだと思うのに、諦めきれない。
大切な二人が結ばれるなら、これ以上の喜びはない筈なのに……。
彼の心中を知る筈もないティアは、ますます明るい笑顔を見せた。
「お兄さま。ティア、一生のお願いよ」
両手を胸の前で組み、キラキラとした瞳で見上げる。
可愛い妹の願いは何だって叶えてきた。欲しいものは何でも与え、ティアはそれを大切にした。だからきっと、暖人の事も大切にしてくれる。
大切な二人が想い合っている事を認めてやるのが兄として、暖人の保護者としての、一番の……。
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