31 / 168
それぞれの葛藤の夜2
しおりを挟むつい夢中になっていると、ウィリアムの指が唇に触れた。
軽くつついてはゆっくりと撫で、軽く摘み、そのまま親指と人差し指で摘みながら撫でる。
爪の先が掠めるように触れるうちに、体の奥がむずむずしてきた。
(もうこれ、キスでは……)
指なのに。予想を裏切らず見た目通りのテクニックをお持ちのようだ。暖人は妙に冷静になった。
本当にキスをされる事はないだろう。ウィリアムは騎士だから。暖人の事をまだ子供だと誤解しているから。
(うん、誤解したままでいて貰おう)
蕩ける程に甘い瞳で見つめられ、これが大人相手になるとどうなってしまうのだ、と恐ろしくなる。
暫くはこのまま子供扱いでいて貰おう。
その手が離れ、ウィリアムは隣に横になる。終わったかなと思えば、今度は頬や首筋を撫で始めた。
「きめ細かくて、吸い付くようだ。君はどこもかしこも柔らかいね」
「そこまででは……、ひゃっ!」
「もう少し肉を付けた方がいいかな」
服の上から腹を撫で回され、脇腹も容赦なく撫でられ変な声が出た。
「っ! どちらかというと筋肉を付けたいですっ」
「そうかい? それなら、料理長にメニューを考えて貰おうか」
「は、いっ……」
「でもあまり固くなるのも」
「んっ、ウィルさんっ、ぁッ、もっ、だめっ……」
擽ったさが我慢出来ず、言葉を遮り、声を上げ身を捩った。
ウィリアムは無言でパッと手を離す。
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す暖人から視線を逸らし、ジッと宙を見据えた。そしてニヤつくテオドールの顔を思い出し、頭を擡げそうな激情を鎮める。
手は離したものの、上下する暖人の胸元が触れては離れる。薄暗い中で響く呼吸音。
ウィリアムにとっては日常だった音が、声が、全く新しいものに聞こえて……。
カァ……と頬が熱くなる。
まるで初めて恋人に触れる少年のように、心臓がどくどくと脈打った。
今までこんな事はなかった。だってまだ、何もしていない。そんなつもりで触れていない。
「はぁ……、くすぐったかったです……」
顔を上げようとする暖人を、反射的に抱き締めた。小さな頭を胸元に寄せ、顔を上げられないようにしてしまう。
「っ、ウィルさん?」
「おやすみ、ハルト」
「え? あ、はい。おやすみなさい、……?」
突然寝る体勢になり、暖人は首を傾げた。
眠いのかな? と思いながらも、ウィリアムの色気全開の……いや、逞しい胸元に唇が付きそうなこの体勢は落ち着かない。
もぞもぞと身動ぎして、少しだけ上へとずり上がった。今度は鎖骨に触れそうだが、まあ、胸元よりは。
「いい夢を」
ちゅ、と音を立て髪にキスが落ちる。これは外国の映画でよく見るやつだ、と暖人は特に気にせず目を閉じた。
おやすみ、ともう一度言って、ウィリアムは子供をあやすように背を撫でる。
その緩やかなリズムに、手のひらの暖かさに、瞼はすぐに重くなっていった。
静かな寝息が聞こえる。
「……暖かいな」
腕の中のぬくもりを、もう少しだけ引き寄せた。
子供体温というには少し低い。じわじわと溶け合うような暖かさ。
触れた頬は、驚く程に滑らかだった。
この肌を、全身で感じてみたい。布越しではなく、もっと……。
ウィリアムはそっと息を吐いた。
子供相手だと理解しながら、こんな事ばかり考えてしまう。
他の子供にこんな想いを抱く事はない。暖人には、別世界特有の魅了の力があるのかもしれない。そんな可能性まで考え始めた。
手を出すつもりはなかった。今日は少し、焦ってしまったのだ。
テオドールの事も、今日のオスカーの事もある。
本当はオスカーも、随分前から暖人に惹かれていたのだろう。だが国の為に、疑うしかなかった。
ただそれはウィリアムとて同じ。青と対を成す、この国の赤だ。
それでもウィリアムは暖人と過ごす時間が長かった分、彼が密偵ではない事を何度も確認出来た。
偽の重要書類を置いた書斎に呼び出し、一度席を外し、暖人の行動を覗き見た事もあった。
彼はソファから立ち上がる事なく、ソワソワと落ち着かない様子で周囲を見渡し「出来る大人の部屋だ……」と呟いただけだった。
会話や食事の際に、他国の癖が表れないかも確信した。
使用人から何か情報を引き出そうとしていないかも。
だが彼は、ただ純粋な気持ちで使用人たちと会話をして、仲良く過ごしていただけだった。
そこまで疑ったのは、暖人が完全に潔白だと証明する為。
何かが起こった時に、自分だけは彼を信じ、証言し、守れるように。
「ハルト……」
想う彼が見つかれば、ここを出て行ってしまうのだろうか。
彼は、西にいる可能性が高い。
だがいくら情報が制限されているとはいえ、普通の人間がここまで見つからないのは不自然ですらあった。送ったのは赤の中でも諜報に長けた者だ。
彼か、周りの者が意図的に隠している可能性がある。それとも、彼はこの世界にいないのか……。
暖人を手放したくない。それでも、一日も早く彼に会わせてあげたい。
これ以上悲しい顔をさせたくない。生きる意味を失わせたくない。
……暖人がいなくなれば、自分はどうなってしまうだろう。
「っ……」
考えるだけで絶望にも似た感情が襲う。これ程までとは思わなかった。ふと自嘲気味の笑みが零れた。
彼が見つかったら、暖人に言おうと思っていた言葉があった。
『君はもうこの屋敷の皆の家族だ。だから、たまには顔を見せに来て欲しい』
そんな言葉で送り出す日を想像した事もあった。
きっと愛娘を嫁に出す気分になるのだろう。そんな、馬鹿な事を。
腕の中に収まってしまう華奢な体。小さな頭と、美しくも愛らしい顔立ち。
髪に唇を寄せ、そっとキスをする。柔らかな感触に、何度も触れた。
今だけ……。
明日からはまた、暖人の望む優しい騎士に戻るから……。
81
お気に入りに追加
1,800
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる