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それぞれの葛藤の夜2

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 つい夢中になっていると、ウィリアムの指が唇に触れた。
 軽くつついてはゆっくりと撫で、軽く摘み、そのまま親指と人差し指で摘みながら撫でる。
 爪の先が掠めるように触れるうちに、体の奥がむずむずしてきた。

(もうこれ、キスでは……)

 指なのに。予想を裏切らず見た目通りのテクニックをお持ちのようだ。暖人はるとは妙に冷静になった。
 本当にキスをされる事はないだろう。ウィリアムは騎士だから。暖人の事をまだ子供だと誤解しているから。

(うん、誤解したままでいて貰おう)

 蕩ける程に甘い瞳で見つめられ、これが大人相手になるとどうなってしまうのだ、と恐ろしくなる。
 暫くはこのまま子供扱いでいて貰おう。


 その手が離れ、ウィリアムは隣に横になる。終わったかなと思えば、今度は頬や首筋を撫で始めた。

「きめ細かくて、吸い付くようだ。君はどこもかしこも柔らかいね」
「そこまででは……、ひゃっ!」
「もう少し肉を付けた方がいいかな」

 服の上から腹を撫で回され、脇腹も容赦なく撫でられ変な声が出た。

「っ! どちらかというと筋肉を付けたいですっ」
「そうかい? それなら、料理長にメニューを考えて貰おうか」
「は、いっ……」
「でもあまり固くなるのも」
「んっ、ウィルさんっ、ぁッ、もっ、だめっ……」

 擽ったさが我慢出来ず、言葉を遮り、声を上げ身を捩った。

 ウィリアムは無言でパッと手を離す。
 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す暖人から視線を逸らし、ジッと宙を見据えた。そしてニヤつくテオドールの顔を思い出し、頭を擡げそうな激情を鎮める。

 手は離したものの、上下する暖人の胸元が触れては離れる。薄暗い中で響く呼吸音。
 ウィリアムにとっては日常だった音が、声が、全く新しいものに聞こえて……。

 カァ……と頬が熱くなる。
 まるで初めて恋人に触れる少年のように、心臓がどくどくと脈打った。
 今までこんな事はなかった。だってまだ、何もしていない。そんなつもりで触れていない。


「はぁ……、くすぐったかったです……」

 顔を上げようとする暖人を、反射的に抱き締めた。小さな頭を胸元に寄せ、顔を上げられないようにしてしまう。

「っ、ウィルさん?」
「おやすみ、ハルト」
「え? あ、はい。おやすみなさい、……?」

 突然寝る体勢になり、暖人は首を傾げた。
 眠いのかな? と思いながらも、ウィリアムの色気全開の……いや、逞しい胸元に唇が付きそうなこの体勢は落ち着かない。

 もぞもぞと身動ぎして、少しだけ上へとずり上がった。今度は鎖骨に触れそうだが、まあ、胸元よりは。

「いい夢を」

 ちゅ、と音を立て髪にキスが落ちる。これは外国の映画でよく見るやつだ、と暖人は特に気にせず目を閉じた。

 おやすみ、ともう一度言って、ウィリアムは子供をあやすように背を撫でる。
 その緩やかなリズムに、手のひらの暖かさに、瞼はすぐに重くなっていった。



 静かな寝息が聞こえる。

「……暖かいな」

 腕の中のぬくもりを、もう少しだけ引き寄せた。
 子供体温というには少し低い。じわじわと溶け合うような暖かさ。

 触れた頬は、驚く程に滑らかだった。
 この肌を、全身で感じてみたい。布越しではなく、もっと……。

 ウィリアムはそっと息を吐いた。
 子供相手だと理解しながら、こんな事ばかり考えてしまう。
 他の子供にこんな想いを抱く事はない。暖人には、別世界特有の魅了の力があるのかもしれない。そんな可能性まで考え始めた。


 手を出すつもりはなかった。今日は少し、焦ってしまったのだ。
 テオドールの事も、今日のオスカーの事もある。

 本当はオスカーも、随分前から暖人に惹かれていたのだろう。だが国の為に、疑うしかなかった。
 ただそれはウィリアムとて同じ。青と対を成す、この国の赤だ。
 それでもウィリアムは暖人と過ごす時間が長かった分、彼が密偵ではない事を何度も確認出来た。

 偽の重要書類を置いた書斎に呼び出し、一度席を外し、暖人の行動を覗き見た事もあった。
 彼はソファから立ち上がる事なく、ソワソワと落ち着かない様子で周囲を見渡し「出来る大人の部屋だ……」と呟いただけだった。

 会話や食事の際に、他国の癖が表れないかも確信した。
 使用人から何か情報を引き出そうとしていないかも。
 だが彼は、ただ純粋な気持ちで使用人たちと会話をして、仲良く過ごしていただけだった。

 そこまで疑ったのは、暖人が完全に潔白だと証明する為。
 何かが起こった時に、自分だけは彼を信じ、証言し、守れるように。


「ハルト……」

 想う彼が見つかれば、ここを出て行ってしまうのだろうか。

 彼は、西にいる可能性が高い。
 だがいくら情報が制限されているとはいえ、普通の人間がここまで見つからないのは不自然ですらあった。送ったのは赤の中でも諜報に長けた者だ。

 彼か、周りの者が意図的に隠している可能性がある。それとも、彼はこの世界にいないのか……。

 暖人を手放したくない。それでも、一日も早く彼に会わせてあげたい。
 これ以上悲しい顔をさせたくない。生きる意味を失わせたくない。

 ……暖人がいなくなれば、自分はどうなってしまうだろう。

「っ……」

 考えるだけで絶望にも似た感情が襲う。これ程までとは思わなかった。ふと自嘲気味の笑みが零れた。

 彼が見つかったら、暖人に言おうと思っていた言葉があった。

『君はもうこの屋敷の皆の家族だ。だから、たまには顔を見せに来て欲しい』

 そんな言葉で送り出す日を想像した事もあった。
 きっと愛娘を嫁に出す気分になるのだろう。そんな、馬鹿な事を。


 腕の中に収まってしまう華奢な体。小さな頭と、美しくも愛らしい顔立ち。
 髪に唇を寄せ、そっとキスをする。柔らかな感触に、何度も触れた。

 今だけ……。
 明日からはまた、暖人の望む優しい騎士に戻るから……。

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