後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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国王、テオドール2

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「賢く心優しい異界の子よ。これは私とそなたの秘密にしておいてはくれまいか」
「もちろんですっ」

 ぶんぶんと首を縦に振った。こんな事、この世界の皆さんには言えない。

 テオドールは満足げに笑いながら立ち上がり、暖人はるとの側まで下りて来る。
 ウィリアムたちがまた深く頭を下げ、暖人も慌てて真似をした。

「顔を上げよ。そなた、名は何と申す」
「暖人です」
「ハルト、か。良い名だ」

 先程までとは打って変わって穏やかな声。ウィリアムとはまた違う甘さがある。

「ハルトよ。この後、時間はあるか?」
「は……はい……? っはい」

 一瞬何を言われたか分からなかった。慌てて返事をすると、王は楽しげに笑った。

「共に茶でもどうだ? そなたに紹介したい者がいるのだ」

(そんな、ナンパみたいな……)

 国王陛下相手だというのに、暖人は真っ先にそんな事を思ってしまった。

 だが、紹介したい者、とは?
 少し考えて、ハッとした。

(チュチュちゃんだ……!)

「はいっ! 俺、……私も、お会いしたいですっ」

 暖人はパッと太陽のように笑った。
 動物全般好きで、その中でも猫は特に好きだ。
 ふわふわの毛並みとぷにぷにの肉球。愛らしく揺れる尻尾としなやかな体、凛々しい瞳。
 まさかこの世界でお目にかかれるなんて、と目を輝かせる。

「畏まらずとも良い。楽に話せ」
「は、はいっ……」
「甘いものは好きか? 準備させよう。彼の者をこちらへ連れて来させるまで、そなたの世界の話を聞かせて貰えぬだろうか」
「はい、俺で良ければ」

 テオドールは暖人の手を取り、立ち上がらせる。
 突然の事に暖人も驚いたが、ウィリアムたちはそれ以上に唖然として二人を見つめていた。


「ああ、お前たちは職務に戻れ」

 あまりににこやかに言われ、二人は戸惑う。訳も分からず連れて行かれる暖人の事が心配だ。

「陛下。お言葉ながら、今会われたばかりの者と二人になるのは」
「お前たちが認めた者だ。何の問題がある?」
「いえ、それは……」
「茶を飲むだけだ。それが終わればお前たちに返してやろう」

 ニヤリと笑う。
 ウィリアムが暖人に過保護な事は、彼にはお見通しのようだった。
 どうやらオスカーまで睨んで来るとは思わず、テオドールはますます愉しげに口の端を上げる。

「帰りは私の護衛騎士に送らせよう。安心して職務に励め」

 そう言われては反論出来ず、ウィリアムとオスカーは“心底心配だ”とばかりに暖人を見つめる。
 何とか大丈夫ですとだけ伝えられたものの、テオドールに手を引かれるままに部屋を後にするしかなかった。







(チュチュちゃん、美少女で天使だった……)

 帰りの馬車の中、暖人はぽやぽやとした顔で窓の外を眺めた。

 お茶もお菓子も美味しくて、仔猫を膝の上に乗せたり抱っこもさせて貰えた。
 二人で猫について熱く語り、途中からはもはやただの趣味友のようになっていた。

 怪しい異世界人である自分が、賢王と名高い大国の王に一瞬で受け入れられたのも、あの子のおかげだ。
 猫は、偉大。
 猫は、せいぎ。

 猫を前にするといつもこんな反応をするものだから、涼佑りょうすけからは「暖人は猫派だよ」と断言されていた。
 他の動物たちへの愛情が薄い訳ではないが……確かに猫派かも、と認めるしかない。

 テオドールの前でも我慢が出来ずに「ネコチャン……」とデレデレの笑顔で仔猫を崇めるように撫でていた。
 ……そんな姿を、テオドールが愛猫を愛でる時と同じ目で見つめていた事を暖人は知らない。



 屋敷に戻りベッドに入った頃、ウィリアムが部屋を訪れた。

「これから少し忙しくなるかもしれない」

 ウィリアムはベッドの縁に腰掛け、暖人の髪を撫でながらそう言った。

 密輸の件は、元々ウィリアムとオスカーが調べていた。
 これからの処理も彼らが行い、自分は終わった頃に報告を聞くだけだとテオドールは言った。

 真面目な話も、したのだ――。



「王とは無力なものだ。こうして安全な場所で報告を待つしか出来ぬのだからな」

 赤と青の騎士団長に特別な権限を与えた為、何をするにも王の指示を仰ぐ必要はない。
 いつも彼らが怪しい者を炙り出し、処理し、王はただ途中経過を聞くだけ。小さな事ならば事後報告も多々ある。

 今回は他国を巻き込む事案だ。下手をすれば戦争になる。少しくらいは相談があるかもしれない。
 だがそれも、彼らの意思で決まる事。


 暖人は、優しい手付きで仔猫を撫でるテオドールを見つめた。

「防衛は騎士の皆さんのお仕事かもしれませんけど……どんな国にするかの方向性や、税額や、困っている人への支援、そういう決定をして人々の生活を守ることが出来るのは、王様だけだと俺は思います」

 一国の王相手に庶民の自分がこんな事を言うのは失礼だ。だが、彼はそういう反応を求めているように思えた。

「国を導く人によって、人々の幸せは……命は、決まってしまいますから……」

 そっと視線を伏せる。
 この世界について調べているうちに、過去に暴君により滅びた国があまりに多い事を知った。
 領土を広げる為に争いを繰り返し、消えていった国。命。それを決めたのは、王だ。

 今は平和が保たれている国でも、自分の決めた事で人々の命が、生活が、大きく変わってしまう。
 その重責を担い、迷いを見せず、堂々と立っているのはどれほど辛い事か。

「俺はまだこの国に来たばかりですけど、この国の人はとても優しくて、いつも明るく笑っていて、街も活気があって……いい王様が治めてる国なんだとすぐに分かりました。陛下は、偉大な王様です」

 無力などではない。
 膨大な仕事を抱えている王だから、信頼出来る騎士が居るのなら、一任するくらいで丁度良いのだ。


「……そなた、私の妃にならぬか?」
「えっ、と……それはちょっと、身分違いが過ぎまして……」
「王妃の中にも庶民の出の者はいるのだが……ああ、歳が気になるか? 40はそなたには年寄りだろうか」
「いえ、歳とか考えなかったくらいイケオジ……かっこいいとは思っていましたけど、俺には恋人がいまして……それに、王妃なんて重責は俺には……」

 驚きすぎてしどろもどろになる。

 その言葉は全て真実なのだろうと、テオドールは諦めにも似た顔を見せた。

「私にも迷う事はある。本当にこれが民の為になるのかと。それを曇りなき眼で肯定し、褒めるそなたに、これからも側にいて欲しいと思ったのだ」

 視線を伏せ、仔猫を撫でる。

 理由を聞けば、暖人には納得が出来た。
 暖人がこの世界の者ではないからこそ、弱音を吐けるのだろう。側に置ける人間は王妃なのだと、テオドールはそう認識していただけ。

「陛下。王妃じゃなくても、側にいられますよ。いつでも俺を呼んでください。すぐに駆け付けますから」

 王様相手に、と思いながらも、やはり彼は自分にこういう反応を求めているのだと感じた。
 その通りに、テオドールは「約束だぞ」と言い、王ではない崩した笑顔を見せた。

「ハルト。私の事を、テオと呼んで貰えぬだろうか」
「はい、じゃあ、お言葉に甘えて……。テオ様」

 柔らかな笑みを浮かべ、気恥ずかしそうに呼ぶ暖人を、テオドールはそっと目を細め見つめた。

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