後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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フラグ

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 ……いや、異世界人だからか。自己完結した。
 それでも、王宮、陛下……。

 混乱を続ける暖人はるとを、オスカーは静かに見据える。

「救世主はそうそう現れるものじゃない。この国で最後に残された記録は百年前だ。だからこそ救世主伝説と呼ばれている」

 突然そんな話をするオスカーに、暖人は視線を向けた。

「お前は、リョウスケがこの世界へ来ていない可能性は考えないのか?」
「オスカー! 君はどうしてハルトを傷付けるような事ばかりっ」

 バンッとテーブルを叩く音。立ち上がったウィリアムは見た事のない程に怒りを露わにしていた。

(ウィルさんでも怒るんだ……)

 色々な感情が一気に起こって、妙に冷静になってくる。それに、ウィリアムが自分の為に怒ってくれている事で、不謹慎だが守られているのだと暖かい気持ちになった。

「ウィルさん、ありがとうございます。俺は大丈夫です。みなさんあまりに優しいので、はっきり言ってくれる人がいた方が安心しますし」
「ハルト……」

 暖人の背後から守るように肩に手を乗せたウィリアムは、オスカーを睨み付ける。
 だがオスカーは気にもせずに暖人を真っ直ぐに見つめていた。

「お前は俺が怖くはないのか?」

(あ、強面キャラがよく言う台詞……とか言えない……)

「いえ、特には。俺と普通に話もしてくれますし、……それに、怒った涼佑りょうすけの方が怖いので」
「……そいつ、一体何者だ?」
「俺と同じ、普通の学生ですけど」

 答えると、二人は怪訝な顔をした。

「優しそうだったけれど、このオスカーより怖いのかい?」
「はい。怖そうで怖い人より、優しそうで怖い人の方が……底冷えするというか、精神的にくるというか、頭がいい分攻撃がえげつないというか……」

 暖人にベタ甘な涼佑は、滅多に怒る事はなかった。ただ、怒った時はいっそ今すぐ殺してくれと思うほどに恐ろしかったのだ。

「真理だね」

 うんうん、とウィリアムが頷く。お前が言うな、とオスカーは溜め息をついた。


 暖人は、ふと視線を落とす。
 涼佑がこの世界にいない可能性。
 考えれば考えるほど、あり得ないと思える。

「涼佑は、この世界にいます。だって、何の力もない俺が救世主なはずないんです。だから涼佑が呼ばれて、俺はたまたま紛れ込めたのか、涼佑のために何かをする役目があるんです」

 その為にこの命を使うのなら、それでも良い。
 涼佑に会えるなら、涼佑の為に何かが出来るなら。

「役目があるなら、それまで会えないかもしれない。でも、涼佑はこの世界にいる……」

 だって、涼佑が救世主だから。
 自分ではなく、呼ばれたのは涼佑だから。
 そうじゃないと……。

「そうじゃないと、俺……、……俺が生きてる意味、ないじゃないですか」

 顔を上げ、太陽のような笑みを浮かべた。
 涼佑が世界で、涼佑のいる場所が生きる場所。
 涼佑がいる世界だから、生きていられるのだから。


「お前は……」

 ぽつりと声が零れた。

 国の為に生きて、国の為に全てを捧げている。
 国がなければ己に生きる意味などない。
 それはオスカーにとって当然の事。誰に何を言われても、それだけは胸を張って言える。

「リョウスケは、お前の世界……、だったか」
「はい」

 暖人は笑顔を崩さない。まだこんな子供だというのに、心から信じ、誇り、命を懸けるものがあるというのか。

「……悪かった」

 オスカーは立ち上がり、暖人に向かって頭を下げた。

「その覚悟を軽んじた事、心から謝罪する」
「えっ、あのっ、顔を上げてくださいっ」

(本当に騎士だった……!)

 心の中で叫ぶ。いや、本当にとは失礼だが、プライドが高そうで頭を下げそうになかったのに。あんなに刺々しかったのに。
 暖人は立ち上がり、まだ頭を下げたままのオスカーに「もういいですからっ」と言って腕を掴んだ。そこで漸くオスカーは顔を上げる。

 自分に非があったと思えば頭を下げる。騎士らしく、正々堂々としている。オスカーは紛れもなく騎士だ。

「っ……オスカーさんっ?」

 何故か手を取られ、暖人は慌てる。咄嗟に引いてもびくともしない。
 その手に注がれる視線。

「俺はこの国を護る騎士だ。まだお前の事を完全に信用する事は出来ないが」
「はい、大丈夫です、けど……」
「出来る限り、お前の力になろう」

 その言葉に続き、ちゅ、と指先に唇が触れた。
 暖人はその指を見つめたまま、固まってしまう。まだ掴まれたままの手。

(今、何が……)

 視線の先には、指と、やたらと決め顔をしているオスカーが。いや、元からこんな顔だったような気もする。
 口元はいつも通りに引き結ばれ、目元に掛かる濃紺の髪が、大人の色気すら漂わせて。

「あ……」
「ハルト。騎士からの指先へのキスは、約束の証だよ。誓いの証よりは重くないから安心して」

 ウィリアムが背後から暖人の腰に腕を回す。そのまま引き寄せると、オスカーの手はするりと離れた。

「や、約束なんですね、びっくりしました」

 頑張って笑ってみせる。オスカーは何事もなかったように椅子に座るが、今度はウィリアムが背後から離れずに笑えなくなってしまう。

(二人とも、攻略対象みたいなことをしないで欲しい……)

 力になってくれるというオスカーの気持ちは嬉しいのだが、変なフラグが立ってしまいそうで冷や汗が流れた。ウィリアムの方はもう手遅れかもしれない。

 悪役令嬢でもないのに、溺愛ポジションは望んでいない。
 そもそも男だ。男同士だ。俺は女の子が溺愛される本しか読んだ事ないぞ。そもそも俺はモブだ。モブなんだ。
 数々のライトノベルやネット小説を思い出し、心の中で激しく主張した。

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