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あの国の事
しおりを挟む「ウィル。リョウスケは、どこにいると思う?」
「……西、かな」
この世界で最も救世主を必要としているのは、あの国だ。聞かずともオスカーにも分かっている事だった。
「内密に指示は出したが、今以上に動き回る事は難しそうだ」
ウィリアムは苦い顔で溜め息をついた。
戦況を知る為に既に潜ませている密偵に、涼佑の件を追加で指示はした。だがいくら暖人の為とはいえ、部下の命を危険には晒せない。命を守る事を最優先に、と前置きをした上での指示だ。
「まあ、もしリョウスケがそうだとすれば、戦況が大きく変わるだろ。そうすれば情報の方が勝手に転がり込んでくるさ」
「……そうだな」
ウィリアムは眉を下げ、無理矢理口の端を上げた。
騎士として情けない姿は見せたくない。だがやはり、暖人の事になるとどうにも感情の制御が上手くいかないのだ。
戦況の変化。
第三皇子派が有利になるか勝利すれば、涼佑は救世主としてリグリッド国にいる可能性が濃厚になる。
第三皇子派が不利になるか敗北すれば、その国ではなく別の国にいるか、皇帝派に騙されそちらに付いているか、もしくは既に死んでいるか……。そもそもこの世界に現れていない可能性も……。
「……万が一の場合に、俺はハルトの命を繋ぎ止める存在になれるだろうか……」
ついにウィリアムは頭を抱えこの世の終わりのような声を出した。
「それこそどうだろうな。アイツの生きる意味になるには並大抵の存在では難しいだろ」
「……そうだよな」
いつでも状況を冷静に判断出来るところは頼りになるが、出来れば今は希望を持たせて欲しかった。
暖人が死を選ぶ……。想像するだけでも心臓が凍りつきそうになる。
顔を上げられないウィリアムに、オスカーは一度思案した。
「その時になったら、一時も目を離さず側に居続ければ可能性はあるかもしれない。まだ拾ったばかりだろ。これからのお前の行動にかかってるんじゃないか?」
出来るだけソフトな言葉を選び口にすると、オスカーが優しい事を……、とウィリアムは目を丸くした。
「無駄に驚いてる暇があったらさっさと帰ってアイツの好感度でも上げてろ」
「そうするよ」
すっかり元気を取り戻したウィリアムは、にこにこと笑う。まさかオスカーが慰めてくれるとは思わなかった。
「ああ、そうだ。ハルトにはまだあの国の事は黙っておいてくれよ?」
「聞けばすぐに飛び出して行きそうだな。……いや、可能性としては伝えておいた方がいいんじゃないか? アイツの分析力だと、西だけ不自然に隠せば怪しむだろ」
それもそうだ。ウィリアムはまた頭を悩ませた。
そちらも調べさせていると言えば、暖人は冷静に屋敷で報告を待ってくれる……とも言い切れない。涼佑を追って崖から身を投げたのだから、戦地に飛び込む事も厭わないかもしれない。
だが、暖人には驚く程に冷静な分析力があった。情報を定期的に与えれば、感情に流されず屋敷に留まってくれるかもしれない。
「……次の報告が入ってから考えるよ」
ウィリアムは苦渋の決断と言わんばかりの顔をした。結局先延ばしにしているというのに。
「なら俺も黙っておく。それから……、こちらの部下にも指示を出しておこう」
リグリッド帝国にはオスカーの部下もいる。
ウィリアムの部下と同じく北部の王都にも潜入させているが、あの辺りは争いが最も激しい。北部の森を捜索する余裕はないだろう。
比較的安全な南部の森近くの街に潜伏させている方を使おう。あちらも北部同様、救世主伝説がある。せめてそちらの可能性を潰せれば、後は北だけとなる。
ウィリアムはまた驚いた顔をするが、オスカーの機嫌を損ねる前に表情を戻して礼を言った。
……だが、屋敷ではウィリアムの想定外の事態が起こっていた。
帰宅後、暖人が図書室にいると聞き訪ねると、すっかりこの世界の知識を身につけていた。そして地図の上の一点を指さしたのだ。
思わず冷や汗が流れた。それを暖人も察したのだろう。困ったように笑い「無闇に飛び出すような事はしません」と言ってウィリアムを安心させたのだった。
ウィリアムとしてはもう全力で優しげな笑顔を作り「ハルトは勉強が出来て偉いね」と言って頭を撫でる事しか出来なかった。
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※続編はこちら。→ 『後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2』
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