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執事、ノーマン

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 ウィリアムたちが部屋を出た後にもボロボロと泣いてしまったが、すぐに顔を洗い目を冷やした為、腫れる事はなかった。
 こうして泣いてばかりはいられない。涼佑りょうすけを探すなら、まずはこの世界の事を知らなければ。

 図書室があればとマリアに訊ねると、案内されたのは階段を下りて右奥、一階の広々とした部屋だった。

 扉を開ければ、吹き抜けのホールが。その周りに見渡す限りの本棚が並んでいる。
 白を基調にした柱と、階段。三階まで全て本棚で埋め尽くされている。ところどころに一人掛けのソファがあり、ゆっくり過ごせそうな場所だった。

 図書室は執事が管理しているらしく、マリアは彼を呼びに部屋を出て行った。

(奥まで本棚がある……)

 一階の奥は先が見えない。この中で欲しい本を探せるだろうか。手近な本棚を見ると、背表紙から難しそうな本が並んでいた。


 ややあって、黒の執事服を着た初老の男性が入ってきた。
 白髪を綺麗に整え、背筋を伸ばし、穏やかな笑顔を浮かべている。これぞ執事、という風貌だった。

「執事のノーマンでございます」
「初めまして、暖人はるとです。皆さんには大変お世話になっております」

 挨拶はこれで良いだろうか。優雅にお辞儀をするノーマンに、暖人はぺこりと頭を下げた。
 ノーマンは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに表情を戻す。

「ウィリアム様から伺っておりましたが、ハルト様は誠に礼儀正しくていらっしゃいますね」
「え、っと、ありがとうございます。失礼がなかったなら良かったです」

 正直、貴族の礼儀など全く分からない。だが微笑ましそうな顔をする彼を見る限り、大丈夫なようだ。

「本日はどのような本をお探しでしょうか」
「この国と世界と、救世主伝説のことを知りたいのですが。出来れば分かりやすいものがあればと」

 そもそも異世界の文字が読めるのだろうか。ハッとする。言葉は通じても、どうだろう。

「ご用意いたしますので、少々お待ちください」
「えっ、いえ、大体の場所を教えていただければ自分で探しますのでっ。執事さんお仕事お忙しいでしょうしっ」

 執事の仕事が多岐に渡る事は知っている。小説や漫画からの知識だが、一日中働いているイメージだ。

「どうぞノーマンとお呼びください」
「ええっと、ノーマンさん」
「お客様をおもてなしするのも、私の仕事の一つでございますよ」

 そう言ってにっこりと笑った。
 そしてホール中央のテーブルの方へと促され、椅子を引いて「どうぞ」と言われれば素直に座るしかなく。少々お待ちくださいませ、と有無を言わせぬ笑顔を向けられた。

(優しいのに貫禄がある……これが執事……)

 本物の執事を前に、気圧されてしまった。


 ブックトラックを軽々と押して戻って来たノーマンは、大量の本をテーブルの上に並べる。その中でまずは大判の地図を広げた。

 地図には五つの大陸が描かれている。
 中央にひし形の大きな大陸がひとつ。その半分程の大陸が、東西南北にほぼ均等の位置に描かれていた。

 ノーマンは中央の大陸のやや左上を示した。

「現在いらっしゃるこちらの国が、リュエール王国でございます。代々賢王が治め、北には鉱山もあり、豊かな国でございます」

 まさかの大国の首都だった。暖人は目を見開く。
 部屋の窓からは綺麗な花々が咲き誇る中庭しか見えなかったが、反対側には街が広がっているのだろうか。

「東はヴェスティ公国です。毛織物が主たる交易品で、宝飾品や美術品も多く作られております。国民も美に対する意識の高い方々が多いようですが、恋多き国民性もあり、初めて交流する際は少々戸惑うかもしれませんね」

 イタリアみたいな感じかな? 暖人は一瞬で覚えた。

「南はモッル王国です。海産物や山の恵みが主たる交易品です。自然豊かで温暖な気候のためか、おおらかな方が多い印象です。音楽やダンスも生活に根付いておりますね」

 ラテン系、かな? ブラジルとか?
 それかアフリカ系とか南国の島国?

「西はリグリッド帝国です。以前は農業を主とする国でしたが、現在他国との交流がございません」
「どうしてですか?」
「十年程前に先皇帝が崩御し、新たな皇帝となった方が国を閉ざしたのです」
「国を……。それは、物資が不足したり、国民が困ったりしていないんですか?」

 農業国で交流があったなら、輸出や輸入もしていたはず。それを閉ざすとなると影響が出るのでは。
 暖人の言葉に、ノーマンは目を瞬かせた。

「ハルト様は、お教えしがいのある生徒でいらっしゃいますね。仰る通り、国は荒れ、内乱が起こっております」
「やっぱり……」
「第三皇子派が反対勢力として戦っております」
「……もしかしたら、涼佑はそこに……」
「密偵からの報告では、現在そのような兆候は見られないとのことです。確実な情報でございますので、こちらの国には決して近付かれませんよう」

 有無を言わせぬ口調に、頷くしか出来なかった。


「北はスフィーリス国ですが、こちらも他国との交流がございません。国と言いましても、各種族が集まり個々に暮らしているものですから、国を治める王はおりません」
「種族、ですか?」
「はい。主にエルフ族や人狼族が住んでおり、稀に他国を訪れる事もあるようです。彼らからの情報では北部の山岳地帯には竜が住むそうですが、深い霧に阻まれ辿り着く事が出来ないとのことで、真偽の程は不明です」
「え、エルフ……人狼……竜……っ」

 すごい、ファンタジーの世界だ!
 思わず前のめりになり地図を覗き込む。

「ハルト様?」
「あっ、すみません。俺の世界ではどれも伝説の生き物だったので」

 はしゃぎ過ぎた、と恥ずかしそうに笑うと、ノーマンは微笑ましそうに笑った。

「さようでございますか。一度お連れしたいものですが……、こちらの国にも、どうぞ近付かれませんよう」
「危険な国なんですか?」
「交流はございませんが、敵対もしておりません。何もしなければあちらから攻撃を仕掛けてくるような事はございませんので、ご安心ください」

 それはつまり、煽るような事をするなと。
 でも。

「あの……スフィーリス国に、別世界からの人間が来たという伝説はありますか?」
「エルフ族からの情報を纏めた手記はございますが、そちらには記載はございませんでした。詳しくは、国交がございませんので何とも……」

 それもそうだ。暖人は気持ちを落ち着け、ジッと地図を見つめた。

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