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会いたい
しおりを挟む胸元に手を乗せ、はー、と息を吐く。美形を過剰摂取して疲れてしまった。
ふとオスカーを見ると、相変わらず眉間に皺を寄せている。そして。
「お前は、何故俺たちを信用出来る?」
「え?」
「警戒心がない訳でもないというのに、ここへ来たばかりの時も、疑いもせずに飲み物に口を付けただろ」
「そうですね……?」
「リョウスケという者にそれほど執着している。それで何故、会ったばかりの俺たちに大事な者を捜す事を任せられる? 隠しもせず身の上を明かせる? この世界にない物を見せて、奪われるとも思わないのか?」
「それは……」
(異世界系の話ではあなた方は大体良い人ポジションだから……って言いたい……)
喉元まで出掛かった。それを言ったところでオスカーは納得しないだろうし、真剣に答えろと怒りそうだ。
……だが、そうだ。ここは小説の中ではない。どんな世界かも分からないのだから、騎士なら絶対安全とも言えない。
オスカー、と咎める声を出すウィリアムに視線を向けると、心から怒ってくれているように見えた。
ウィリアムも騎士なら、異世界から来た怪しい人間を最初から手放しで受け入れた訳ではないだろう。それでも、彼はずっと優しかった。幼い子供を守る親のように、ずっと暖かかった。
「俺には、この世界で頼れる人はお二人しかいません」
それは、理由のひとつ。
「それに……ウィルさんには初めて会った時に、この人なら信じても大丈夫だと思いました。信じても、俺にとって悪い事にはならないと」
「それは救世主の力というやつか」
「さあ、どうでしょう。俺には何の力もなさそうですけど」
ごめんなさい、と眉を下げて笑った。救世主としての力を求められても、残念ながら応えられそうにない。
それにもし自分にその力があるとしたら、涼佑は……。
「元の世界に帰りたいとは思わないのか?」
「帰る……?」
「帰る方法を探せとは言わないんだな」
「……それは、考えたことありませんでした。涼佑がここにいるなら、ここが俺の世界なので」
当然のように答える。暖人にとっては涼佑が世界で、涼佑のいる場所が暖人の世界だ。
暖人を見つめる二人の瞳。
スカイブルーの瞳と、ペールイエローの瞳。金髪と、濃紺の髪。そう言ってしまえば何てことないのに……。
ふと、涼佑と一緒に見た、あの色を思い出してしまう。
遊び疲れて寝転がって見上げた、澄んだ青空と、眩しい太陽。
眠れない夜に一緒に窓から眺めた、煌めく星々と、広がる夜空。
涼佑と駆け回った森の、手を繋いで一緒に眠った夜の、記憶。
じわりと視界が滲む。視線を伏せても目を閉じても、思い出すのは涼佑と過ごした日々ばかり。
どの思い出にも必ず涼佑がいた。側で笑っていた。優しく名前を呼んでくれた。好きだと言って、抱き締めてくれた。
そのどれもが、幾ら望んでもここにはなくて……。
「涼佑……」
触れたくても、どこにも、いない。
「っ……涼佑に、会いたい……」
溢れ出た言葉と共に、幾つもの雫が零れ落ちた。
・
・
・
あれからすぐに顔を上げた暖人は、すみません、と言って笑顔を見せた。
それから「お仕事は大丈夫ですか?」と二人に問い掛け、先にオスカーが部屋を出た。
ウィリアムはその場に残りたかったのだが、独りになりたいのだろうかと、後ろ髪を引かれながらも部屋を後にした。何かあればいつでも遠慮なく言うように言うと、暖人は笑顔で頷いた。
「……まいったな」
書斎へと戻ったウィリアムは、片手で顔を覆い、深く溜め息をつく。
『っ……涼佑に、会いたい……』
切なげに寄せられる眉。彼への愛しさで溢れる瞳。零れる涙。
……その体を、抱き締める事が出来なかった。
触れれば酷く拒絶されていただろう。想う相手以外を許さない雰囲気だった。
それでも、無理矢理にでも抱き締めてしまいたかった。その涙を拭ってしまいたかった。
子供にするようにではなく、もっと……。
「っ……、子供相手だ……」
己に言い聞かせる。
子供と言うには彼はあまりにも憂いを帯びた表情をする。だからといって、大人ではない。別の世界から迷い込んだ悲しい子供だ。酷く傷付きながらも、あまりにも強く、優しい……。
息を吐き、そっと目を開ける。
最初こそ、オスカーのように彼の事を疑っていた。
この国を守る役目を担う者としては疑いから入るしかない。ただの子供とはいえ、誰かに利用されている可能性もある。
だから間近で見つめて、触れて、確かめた。彼は偽物ではないかと。
だが同時に、騎士としての理性を揺るがす程の強い感情にも襲われたのだ。
“彼は、守るべき存在だ”
出逢った瞬間から、何故だろうか、命を懸けて守る者だと本能が訴えているように。
彼は救世主かもしれない。
今ではそれが言い訳になる程、彼に惹かれている。
「……ただ、守りたいだけだ」
そう己に言い聞かせ、深く息を吐く。
ただ、彼を泣かせたくない。
その為に、彼の願いを叶える。
この世界で救世主伝説の残る場所はそう多くはない。だが屋敷にある資料だけでは不十分だ。ウィリアムは開いた地図を睨み付け、席を立った。
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