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お揃い
しおりを挟む「ずっと渡そうと思ってたものがあるんだ」
星が瞬き始めた空の下で、一見はそっと笑った。
「前に、またお揃いの物を買っていいか訊いただろう?」
「ああ、そうだったな」
「それで、これを」
一見のブレザーの胸ポケットから出てきたのは、小さな袋。
その中身を取り出し、手のひらの上に乗せた。
「いや、待て。…………重い」
一見の手の上で、鈍く光る銀色。
それは、シンプルな銀の指輪だった。
重い。さすがに重すぎる。まだ高校生だ。それ以前に、まだ気持ちを伝えたばかり。
「だからほら、ピンキーリングだよ。アパレルショップで買っただけの、ただのアクセサリーだから」
ペアではなく、同じ商品のサイズ違い。
チラリと見えたショップ名がなかなかなのハイブランドだったが、それはまあ良いとして、確かに服がメインのアパレルショップだ。
「…………まあ、それなら」
と言うが早いか、一見は壱村の左手を取り、小指にそっと指輪を嵌めた。
「って、なんでサイズ知ってんの?」
「触った感じで選んだけど、合ってて良かったよ」
――マジか……。
触っただけで、ここまでぴったり合わせてくる。これはもしかしたら、全身のサイズまで知られてそう。思わずブルッと身を震わせてしまった。
――……でも、まあ、嬉しそうだし……。
壱村の指を見つめながら頬を緩める一見は、指輪の嵌まった手を撫で、そっと持ち上げ、指先にキスをした。
「俺を好きになってくれて、ありがとう」
そっと目を細め、蕩けそうな笑顔を浮かべる。
こんな、顔。仕草。……困る。これ以上格好良くなられたら、困ってしまう。
また逃げ出しそうになる体と気持ちを堪え、くるりと手を動かし一見の手を握った。
「……こっちこそ。……ありがと」
「っ……」
「待て」
「えっ?」
そのまま抱き締めようとする一見の顔の前に手を翳して制止する。
ペアという事は、と床の上に置かれた袋を手に取る。
その中に残ったもうひとつの指輪を取り出し、一見の小指に嵌めた。
「プレゼント、ありがとな」
「っ……!! 壱村っ……」
ああ、これはさすがに待ては出来そうにない。
そう思った通り、ギュウッと抱き締められる。だがその力は緩やかで、変わりに背や頭をしきりに撫でられた。
おとなしく抱き締められ、頬を擦り寄せられながら、一見の背に回した手を見る。
丸みのある銀の指輪。くるりと返すと、手のひら側には太陽のようなオレンジ色の石が付いていた。
――これなら普段でも使えるか。
さすがに学校では無理だから、休日に付けよう。
まさか熊のストラップの次の“お揃い”が指輪になるとは思わなかったが、まあ一見だしな、で納得出来るところが何というか。
ジッと指輪を見ていると、体を離した一見は緩んだ顔で壱村を見つめた。
「バイトした甲斐があったな」
「は? バイト?」
「うん。連休中に短期でね」
「おいこら、受験生。……ってか、お前がバイト……成長したな」
「ありがとう。と言っても、裏方だけど」
まだ表に出る勇気はなくて、と苦笑する。
だが、アルバイトをしようと考えて、応募して、知らない人ばかりの中で働いて……。やはり、成長した。何だろう。気弱な愛息子が独り立ちしたような、そんな気分だ。
「これはどうしても、自分で稼いだお金でプレゼントしたかったんだ」
そっと壱村の指を撫でる。
「大学に入ったら、もっと時給がいいところで働けるように頑張るよ」
ふわりと甘い笑みを浮かべそんな事を言うものだから、慌てて首を横に振ってしまった。
「いや、これも充分過ぎるというか、気持ちは嬉しいけどちゃんと勉強してくれ」
「大丈夫だよ。俺、勉強だけは得意だから」
「嫌味かっ……ってかお前、勉強以外も出来るだろっ」
「そうかな? 壱村がそう言ってくれるなら、そうなのかな」
ニコニコと笑う一見は、出逢った頃からは想像も出来ないくらいに前向きになった。そんなに俺を信用して大丈夫か? とますます思ってしまう。
「しばらく勉強見てあげられなくて、ごめん」
「え、いや、それは俺が悪かったし」
一見から避けられていた期間はそんなになかった。だが、一見は首を横に振った。
「壱村と同じ大学に行きたいから、明日からは今までの分も……今まで以上に、頑張って教えるよ」
そう言って爽やかに笑う顔が、何故か背筋をゾクリとさせた。
スパルタ。
ふいにその四文字が脳裏に浮かぶ。
「……そういやお前、前にドSだって、言って……」
「え? いやだな。壱村に酷いことはしないよ?」
「お前、いつの間にそんな胡散臭い顔をするように……、いや、前からか……?」
「怯えてる壱村も可愛いな」
「っ……」
「大丈夫だよ。ちゃんと大事にするから」
嘘つけ……!! と叫びたくなるが、確かに一見ならちゃんと大事にしてくれると信じられる。信じられるのだが……。何故だろう。背筋がゾワゾワして、逃げ出したくなるこの感じは。
「恋人らしいことも、たくさんしようね」
今までより甘い口調で言葉を零し、チュッと目元にキスをしてくる一見に、選択を間違えたかもしれない……と早々に白旗を挙げそうになってしまった。
だが。
嬉しそうに笑う一見の顔を見ると、やっぱりこれで良かったのだと思えて。
これも一見の手の内だったのかもしれないと思うと、少し悔しいけれど……。
指に嵌まった銀色が眩しく見える自分は、やっぱり一見の事が好きなんだろうなと、今度は自分から一見へと抱きついた。
そのまま自然な流れで頬に触れられ、上を向かされて。
こういう事を自然に出来る一見は凄いな、と雰囲気のない事を思っているうちに、暖かな熱が唇に触れた。
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