一見くんと壱村くん。

雪 いつき

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それまでは、お前と

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 泣き過ぎて力の抜けた壱村いちむらを抱き締めたまま、体勢を入れ替えてフェンスに背を預けて座る。

 茜色を残した空。薄い月と、輝く星が、ひとつ。
 こんな空を見る度に、また今日の事を思い出すのだろう。

 気持ちが抑えられなくて、泣かせてしまった。優しく出来なかった。幼い子供のように泣きじゃくる姿が可愛くて、罪悪感よりも愛しさが勝ってしまった。
 嫌われてしまっただろうか。もうそばにいられないだろうか。

 それでも……、諦められない。どうしても、離してあげられない。愛しいと思う事をやめられない。
 嫌わないでと願いながら、気付かれないようにそっと、髪にキスを落とした。



「……もう、やだ……」

 腕の中から零れた声に、小さく肩を震わせる。
 予想していた答えでも、やはり彼の口から聞くのは怖くて。抱き締める腕に力を込めると、彼はどこか居心地が悪そうに身動ぎをした。

 壱村、と呼べばピタリと動きを止める。
 そして、躊躇いながらも一見いちみのシャツをギュッと掴んだ。

「もう、やだ……。お前の顔、まともに見れないし……心臓めちゃくちゃ痛くて……わけ分かんないまま体が勝手に逃げるし、ちゃんと言わなきゃって思うのに……どうしていいか分かんないんだよ……」

 まだ泣き声のまま弱々しく紡がれる言葉。
 それは、予想していた答えではなくて。
 まさか、と都合良く解釈してしまう。……して、良いのだろうか。

 どうしたらいいんだよ、と小さく小さく呟かれる言葉。
 初めて聞く、壱村らしくない弱々しく震える声。
 いつも男前な壱村らしくない、言葉たち。

 一見のせいだ、と言われると……今までにない、ゾクリとした感覚が襲った。

 一見のせいで、涙が止まらなくて。
 一見のせいで、おかしくなったと言って、また涙を浮かべて。



 ……どうしよう。俺のせいで泣いている壱村が、今までで一番、……可愛い。



「壱村、それって、俺のこと……?」

 嫌われたくない、と思いながらも、“一見のせい”で泣いている顔を見たくて、両手でそっと頬を包んだ。

「…………意地悪すんな」

 分かってるくせに。少しだけ顔を上げてくれた壱村は、そんな顔で睨んでくる。

「うん、ごめん。どうしよう。俺、勝手にいいように解釈して、舞い上がってる」
「舞い上がって意地悪になるとかドS、……」

 壱村がハッとした顔をした。一見は無言でにっこりと笑う。
 友人と話していた時は半分冗談だったが、本当に“そう”かもしれない。


 一見の笑顔で一瞬にして冷静さを取り戻した壱村は、スッ……と視線を伏せた。

 ――告白って、こんな感じだっけ……?

 もっとドキドキして、お互いに甘くて優しい雰囲気の中で伝えて、伝え合って。そういうものでは……。

 ――…………いや、俺らはそんなのじゃないか。

 思えば、一見の告白からそうだった。告白というには何かおかしかった。
 でもそれが、自分たちらしいのかもしれない。そう思うと、ふいに肩の力が抜けた。


 今まで逃げ回っていたのが馬鹿みたいだ。……と思ったそばから体が勝手に逃げ出しそうになる。

 冷静になれば、子供のように泣きじゃくって一見に八つ当たりをして喚き散らして……。あまりの醜態。穴があったら入りたい。髪一本見えないくらいに埋めて欲しい。
 散々泣いた後だ。きっと今、不細工な顔をしているに違いない。やはりこのまま埋めて欲しい。こんな顔、見せられない。

「壱村?」

 また下を向いてしまった壱村に首を傾げる。だがもう、無理矢理上を向かせようとはしなかった。

 そんな一見のシャツを掴む手に力を込めた。

 今なら分かる。好きな相手に自然に好きだと言える一見は、凄い。そんな一見の勇気に、想いに、応えたかった。
 逃げ出したい気持ちを叱咤して、少しだけ顔を上げる。

「一見」
「うん?」
「その、……八つ当たりして、ごめんな」
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと分かってるから」

 そう言って笑ってくれる。どんなに逃げても、どんなに無茶苦茶な事を言っても、ずっと好きでいてくれる。そんな一見だから……。

「俺、お前のこと、好き」
「うん。…………んっ、えっ!?」
「え、分かってたんじゃ……」
「分かってたけど、まさか壱村の口から聞けるなんて……」

 アワワ、と効果音が付きそうな顔をする。
 可愛い。零れたその言葉に、壱村はそっと視線を伏せた。

「その、な……。俺、身長伸びたし、これからも伸びるだろうし……いつかお前からも可愛く見えなくなって、そしたら俺に興味なくなるって、ちゃんと分かってるけど……」

 壱村の家は、姉も父も背が高い。きっと自分もこれから伸びるはず。
 それに比べて弐虎は、きっと伸びても可愛いままだ。何となくだがそれが事実に思えた。
 それに自分は、弐虎のように素直になれない。弐虎のように可愛く愛情を伝えられない。

 頑張って、頑張って、一見の肩口に少しだけ頬を擦り寄せる。出来るのはせいぜいこのくらいだった。

「それまでは、お前と……」

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