30 / 39
つかまえた
しおりを挟む一見、話がある。
俺も、お前のことが好きだ。
――……って、ちゃんと言うって決めたのにっ……。
職員室に呼び出された一見が出てくるまで待ってから、一見に声を掛けたところまでは良かった。それなのに。
「壱村!?」
背後に一見の声を聞きながら、今日も全力疾走で階段下へと逃げ込んでしまった。
不意打ちを食らった一見からは、廊下の角を曲がり昇降口へと向かったように見えただろう。
追い駆けてくるにしても……いや、もう追い駆けて来てもくれなかったらどうしよう。
勢いと男らしさが取り柄だったのに、今は女々しさしかない。恋は人を変える。姉が言っていた通りだ。
顔が熱い。心臓が煩い。
一見は男らしく変わったのに、どうして自分は……。
「壱村、見つけた」
「ひっ……、い、いちみ……」
今のは怖かった。弐虎の時より遙かに怖かった。夕方の薄暗い階段下を覗き込む、黒髪。怖過ぎて変な声出た。
「壱村」
「っ……、悪いっ……!」
一歩近付かれ、また、カァ……と顔が熱くなる。一気にパニックになり、反射的に走り出してしまった。
「壱村!」
「悪い! 見逃してくれ!」
「見逃すって、犯罪者じゃないんだからっ」
「犯罪者じゃないから追い掛けてくんなっ」
全力疾走で階段を駆け上がり、一見も全力で追いかけてくる。
あまり運動をしない一見と、運動全般大好きな壱村だ。脚には自信がある。
自信は、あるのだが……。
「っ……しまった……」
姉に馬鹿正直だと揶揄される通り、馬鹿正直に上に上って屋上に出てしまった。
屋上には出口はない。唯一の出口は、意外と早く追い付いた一見に塞がれていた。
「くそっ……リーチの差かっ」
これだから高身長は敵なんだ! そう叫びながら端まで逃げる。
こうなればもう、近付いてきた一見の隙をついて出口に走るしかない。
「壱村」
あっという間に距離を詰められ、ジリ……と一歩下がりタイミングを計る。
今だ、と走り出した、その瞬間。
「っ!?」
長い腕にあっさりと捕らえられ、背中に衝撃が襲った。それと同時に、ガシャン! と派手な音が鳴る。
壱村の腕を掴んでいない方の手が、顔の横のフェンスを突き破る勢いで掴んでいた。
「つかまえた」
「っ……」
片腕をフェンスに押し付けられ、完全に逃げ道を塞がれてしまった。
「壱村。どうして逃げるの?」
「べ、つに、逃げてるわけじゃ……」
「ちゃんとこっち見て」
「っ……、やだっ」
顎を掴み上向かせようとする手を、慌てて掴む。
辛うじて阻止出来たが、片手では本当は大した抵抗にもなっていないはずだ。一見が本気になればすぐに振り解かれてしまう。
「やだ、って」
またそんな可愛いことを。心の中だけで呟き、一見は小さく息を吐いた。
イヤイヤと首を振る仕草があまりに可愛くて、一瞬絆され掛けた。だがもう逃がすわけにはいかない。
「どうして?」
掴まれた手で顎の下を擽る。するとビクンと跳ねて、恨めしそうな視線が向けられた。
パチッと合った視線はまたすぐに逸らされてしまう。
「壱村。どうして目を合わせてくれないの?」
「やっ、やだってば!」
力を込められ、強制的に上を向かされる。
間近で視線がぶつかり、逃れようと……顔を横向けようとしても、身を捩っても、びくともしなかった。
「ぁ……」
射抜くように見据えられ、怯えた情けない声が零れる。
ギュッと目を閉じて、視界から一見を消した。
壱村、と囁くような声。
唇に触れる、吐息。
一度近付いたそれは、唇を避け、頬に触れた。
頬から、唇の端に。熱いものが触れる。動けないまま目も開けられないままのその瞼に、また唇が触れて。
こんな……こんな、のは……。
「っ……、嫌だっ……!!」
逃れられない代わりに大声で叫び、目を開けてキッと一見を睨んだ。そしてそのままボロボロと泣き出してしまう。
「えっ……!? い、壱村っ、かわいっ……じゃなかった、どうしたのっ!?」
泣いている。あの壱村が。
顎と腕を拘束していた手を慌てて離し、両手で頬を包む。零れる涙を指で拭っても次から次に溢れた。
「もうやだっ、なんで意地悪すんだよっ」
「そんなつもりは……」
「この前までオドオドおろおろしてたくせにっ、なんでこんなっ……もうやだ! ばか! イケメン爆発しろ!」
「えっ、と……? ご、ごめん……?」
貶されているのか褒められているのか分からないが、とても怒っている。慌てながら謝ると、謝るなばか! と怒られた。
壱村は本気で怒ると語彙力が子供のようになってしまう。とても可愛い。
泣かせてしまった罪悪感で胸が痛むが、壱村があまりに可愛くて今すぐ抱き締めたい。泣いて怒る壱村、最高に可愛い。可愛いけれど、泣かせたくない。
どうして良いか分からずに、体が動くままに抱き締め、優しく背を撫でた。
「っ……やだ、ってばっ……離せっ……」
「うん、ごめん」
「謝るなっ、離せって……っ」
「ごめんね。離してあげられない」
もう逃げないで。泣かないで。
髪や背を撫で、優しく声を掛ける。
イヤイヤと暴れていた壱村も、そのうちに徐々に落ち着きを取り戻していった。
10
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説

失恋したのに離してくれないから友達卒業式をすることになった人たちの話
雷尾
BL
攻のトラウマ描写あります。高校生たちのお話。
主人公(受)
園山 翔(そのやまかける)
攻
城島 涼(きじまりょう)
攻の恋人
高梨 詩(たかなしうた)
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

【完結・BL】12年前の教え子が、僕に交際を申し込んできたのですが!?【年下×年上】
彩華
BL
ことの始まりは12年前のこと。
『先生が好き!』と、声変わりはうんと先の高い声で受けた告白。可愛いなぁと思いながら、きっと僕のことなんか将来忘れるだろうと良い思い出の1Pにしていたのに……!
昔の教え子が、どういうわけか僕の前にもう一度現れて……!? そんな健全予定のBLです。(多分)
■お気軽に感想頂けると嬉しいです(^^)
■思い浮かんだ時にそっと更新します

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

前世から俺の事好きだという犬系イケメンに迫られた結果
はかまる
BL
突然好きですと告白してきた年下の美形の後輩。話を聞くと前世から好きだったと話され「????」状態の平凡男子高校生がなんだかんだと丸め込まれていく話。


婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる