一見くんと壱村くん。

雪 いつき

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つかまえた

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 一見いちみ、話がある。

 俺も、お前のことが好きだ。


 ――……って、ちゃんと言うって決めたのにっ……。

 職員室に呼び出された一見が出てくるまで待ってから、一見に声を掛けたところまでは良かった。それなのに。

壱村いちむら!?」

 背後に一見の声を聞きながら、今日も全力疾走で階段下へと逃げ込んでしまった。

 不意打ちを食らった一見からは、廊下の角を曲がり昇降口へと向かったように見えただろう。
 追い駆けてくるにしても……いや、もう追い駆けて来てもくれなかったらどうしよう。

 勢いと男らしさが取り柄だったのに、今は女々しさしかない。恋は人を変える。姉が言っていた通りだ。

 顔が熱い。心臓が煩い。
 一見は男らしく変わったのに、どうして自分は……。


「壱村、見つけた」
「ひっ……、い、いちみ……」

 今のは怖かった。弐虎にこの時より遙かに怖かった。夕方の薄暗い階段下を覗き込む、黒髪。怖過ぎて変な声出た。

「壱村」
「っ……、悪いっ……!」

 一歩近付かれ、また、カァ……と顔が熱くなる。一気にパニックになり、反射的に走り出してしまった。

「壱村!」
「悪い! 見逃してくれ!」
「見逃すって、犯罪者じゃないんだからっ」
「犯罪者じゃないから追い掛けてくんなっ」

 全力疾走で階段を駆け上がり、一見も全力で追いかけてくる。
 あまり運動をしない一見と、運動全般大好きな壱村だ。脚には自信がある。
 自信は、あるのだが……。

「っ……しまった……」

 姉に馬鹿正直だと揶揄される通り、馬鹿正直に上に上って屋上に出てしまった。
 屋上には出口はない。唯一の出口は、意外と早く追い付いた一見に塞がれていた。

「くそっ……リーチの差かっ」

 これだから高身長は敵なんだ! そう叫びながら端まで逃げる。
 こうなればもう、近付いてきた一見の隙をついて出口に走るしかない。


「壱村」

 あっという間に距離を詰められ、ジリ……と一歩下がりタイミングを計る。

 今だ、と走り出した、その瞬間。

「っ!?」

 長い腕にあっさりと捕らえられ、背中に衝撃が襲った。それと同時に、ガシャン! と派手な音が鳴る。
 壱村の腕を掴んでいない方の手が、顔の横のフェンスを突き破る勢いで掴んでいた。

「つかまえた」
「っ……」

 片腕をフェンスに押し付けられ、完全に逃げ道を塞がれてしまった。

「壱村。どうして逃げるの?」
「べ、つに、逃げてるわけじゃ……」
「ちゃんとこっち見て」
「っ……、やだっ」

 顎を掴み上向かせようとする手を、慌てて掴む。
 辛うじて阻止出来たが、片手では本当は大した抵抗にもなっていないはずだ。一見が本気になればすぐに振り解かれてしまう。

「やだ、って」

 またそんな可愛いことを。心の中だけで呟き、一見は小さく息を吐いた。
 イヤイヤと首を振る仕草があまりに可愛くて、一瞬絆され掛けた。だがもう逃がすわけにはいかない。

「どうして?」

 掴まれた手で顎の下を擽る。するとビクンと跳ねて、恨めしそうな視線が向けられた。
 パチッと合った視線はまたすぐに逸らされてしまう。

「壱村。どうして目を合わせてくれないの?」
「やっ、やだってば!」

 力を込められ、強制的に上を向かされる。
 間近で視線がぶつかり、逃れようと……顔を横向けようとしても、身を捩っても、びくともしなかった。

「ぁ……」

 射抜くように見据えられ、怯えた情けない声が零れる。
 ギュッと目を閉じて、視界から一見を消した。


 壱村、と囁くような声。
 唇に触れる、吐息。

 一度近付いたそれは、唇を避け、頬に触れた。
 頬から、唇の端に。熱いものが触れる。動けないまま目も開けられないままのその瞼に、また唇が触れて。

 こんな……こんな、のは……。

「っ……、嫌だっ……!!」

 逃れられない代わりに大声で叫び、目を開けてキッと一見を睨んだ。そしてそのままボロボロと泣き出してしまう。

「えっ……!? い、壱村っ、かわいっ……じゃなかった、どうしたのっ!?」

 泣いている。あの壱村が。

 顎と腕を拘束していた手を慌てて離し、両手で頬を包む。零れる涙を指で拭っても次から次に溢れた。

「もうやだっ、なんで意地悪すんだよっ」
「そんなつもりは……」
「この前までオドオドおろおろしてたくせにっ、なんでこんなっ……もうやだ! ばか! イケメン爆発しろ!」
「えっ、と……? ご、ごめん……?」

 貶されているのか褒められているのか分からないが、とても怒っている。慌てながら謝ると、謝るなばか! と怒られた。

 壱村は本気で怒ると語彙力が子供のようになってしまう。とても可愛い。
 泣かせてしまった罪悪感で胸が痛むが、壱村があまりに可愛くて今すぐ抱き締めたい。泣いて怒る壱村、最高に可愛い。可愛いけれど、泣かせたくない。
 どうして良いか分からずに、体が動くままに抱き締め、優しく背を撫でた。

「っ……やだ、ってばっ……離せっ……」
「うん、ごめん」
「謝るなっ、離せって……っ」
「ごめんね。離してあげられない」

 もう逃げないで。泣かないで。
 髪や背を撫で、優しく声を掛ける。
 イヤイヤと暴れていた壱村も、そのうちに徐々に落ち着きを取り戻していった。

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