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可愛くない
しおりを挟むもう駄目かもしれない。
そんな予感があっても、いや、あるからこそ、何もせずに黙って返事を待ってはいられなかった。
「壱村、今日」
「っ……悪い、許せ!」
「えっ? ちょっ……壱村!?」
全速力で走り去っていく姿を、唖然として見送る。
昨日まではやんわりと避けられていただけなのに、どうして今日は全力疾走。
本当に、嫌われ……いや、こんな事でめげてはいられない。
……でも、鬱陶しくして本当に嫌われてしまったら……いや、壱村がそんな事で嫌うはずがない。
……でも。
……いや、決めたはずだ。好きになって貰うために、どんな手段でも使うと。
昔の自分とは違う。壱村が変えてくれた。だから、大丈夫だ。
「壱村、話が」
「ごめんな!」
「壱村、ちょっと」
「ごめん……!!」
数日この繰り返し。毎度見事な全力疾走だった。
壱村、大学で陸上部に入れば絶対すぐに大会メンバーに選ばれる。逃げられ過ぎて逆に冷静になった頭で、大会に出る壱村の姿を想像した。
……絶対格好良くて、可愛い。
大丈夫。めげない。まだ嫌われてない。一見はパッと顔を上げた。
・
・
・
「駄目だ……体が勝手に逃げてしまう……」
階段下に逃げ込んだ壱村は、ヘナヘナとその場に座り込む。
顔が熱い。一見の声を聞くだけで落ち着かない気持ちになる。心臓が痛くて、反射的に逃げ出してしまう。
もう認めるしかない。これは完全に、恋。
一見に恋をしている。そう脳内で言葉にすると、また顔が熱くなって腕に顔を埋めた。
「どうしたら……」
いや、好きだと言えばいいだけ。そうすれば一見は喜ぶ。喜ぶ……という上から目線は何様だ、と思うが、実際に一見は大型犬のように尻尾を振って飛びついて全身で喜びを表す姿しか想像出来ない。
早く伝えなければと、思ってはいるのに……。
「あっ、壱村先輩、みぃつけた」
「っ!?!?」
階段下を覗き込まれ、心臓が飛び出るかと思った。みぃつけた、とか怪談話のような口調で言わないで欲しい。心臓を押さえ弐虎を恨めしく見つめた。
そんな壱村を見つめる、大きな瞳。弐虎は天使のように笑った。
「壱村先輩って、可愛くないですね」
「……は?」
いや、待て、顔に気を取られて反応が遅れた。今何て言った?
「あーあ、ガッカリだなあ。本当に顔だけじゃないですか。まあ、僕の方が可愛いですけど」
天使のような笑顔で、ツラツラと辛辣な言葉を紡ぐ。
いやいや、本当に待て。なんて? 理解が追い付かないままに壱村は唖然として弐虎の顔を見つめた。
「素直じゃなくて本当に可愛くないです。一見先輩のこと、好きなくせに」
「っ……、別に、好きじゃっ………………ない、わけじゃないけど……」
ピクリと弐虎の眉が跳ねる。ここで肯定されるとは思わなかった。
「じゃあ、どうして逃げ回ってるんですか?」
「……逃げたいわけじゃないし。体が勝手に逃げるんだよ。どうにかしないととは思ってるけどさ」
せめて先輩の威厳は保ちたくて、何でもない事のように言ってみせる。
……いや、後輩相手に虚勢を張る方が格好悪いのか? と思うが、弐虎の前で弱みは見せたくなかった。
「でも多分、一見も分かってくれてると……」
「ふざけんな?」
「えっ」
今、何て……?
「下手に出てりゃつけ上がりやがって、何様だ? お姫様のつもりですか? 愛されて当然ですって顔してんなよ?」
――え……誰、これ……。
突然の豹変。にっこり笑顔なのが余計に怖くて、一歩後ずさってしまう。
すると弐虎は一歩近付き、少し低い位置からメンチを切……いや、見上げてきた。
「分かってくれてるとか、甘えてんじゃねぇぞ? じゃあアンタはあの人の心ン中全部分かるんですかねぇ??」
「弐虎」
「あ゛? ……あっ、いっけなーい」
二兎に声を掛けられ、ハッとした弐虎は、テヘッと舌を出してウインクをした。
――いやいやっ、今更手遅れ感すごいからっ……。
と、口にする勇気はない。気は強くても壱村はヤンキーでも何でもないのだ。
いつの間にか階段下の更に奥へと追いやられていた。そんな威圧感を持つ弐虎は、今度は小悪魔のように挑発的に笑った。
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