一見くんと壱村くん。

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
21 / 39

守ってる

しおりを挟む

 だからと言って、一見いちみを避ける理由にはならずに。興味津々とばかりに向けられる視線は鬱陶しいが、女子に妬まれるよりは気が楽かもしれない。

 昼休み、じゃんけんで負けて購買へおつかいに行った友人たちを待ちながら、一見と先程の授業の事を話していた。

 数分後。

「姫~、買って来ましたよ~」
「ふざけるな?」
「蔑んだ目もステキ~、踏んで~」
「それもう姫じゃないじゃん」
「あ~、女王様~」

 悪ノリする友人に、椅子に座ったままゲシッと蹴りを入れる。その脚を一見の手がそっと押さえた。

壱村いちむら、駄目だよ」
「いや、これくらい普段から……」
「踏むなら俺にしなよ」
「……ドMなの?」
「どちらかというと、ドSかな」
「お前が言うと冗談に聞こえない」

 それには答えずにニコニコと壱村を見つめる目が、冗談じゃないけど? と告げてくる。背筋がヒヤッとした。

「一見、本当は物凄く面白い奴だったんだな」
「もうだめ、腹痛いっ……」

 しみじみと言う友人と、バンバンと机を叩きながら笑う友人。壱村のコロッケパンの袋を開けて“はい”と渡してくる一見。いや、袋くらい自分で開けられる。

 女子たちは一見の一挙一動にキャアキャア言って、もはや心休まる時間がない。
 いや、勉強しろ、受験生。うっかり忘れてしまいそうになるが、受験生。はあ、と溜め息をついた。



 それから一見は、購買に行くにもトイレに行くにもついてきた。

 毎日家まで送ってくれて、すっかり母からも“息子のことをよろしくね”と言われるまでに信頼されて、もしかして外堀から埋められているのでは? と気付いた時にはもう遅かった。
 一見はたった半月で、壱村家全員の信頼を得たのだった。


 今日も一見の家で勉強を教えて貰いながら、ほぼ丸一日一緒だったなと小さく溜め息をつく。

「一見さ、ストーカーって言葉知ってる?」
「知ってるけど、俺は違うよ? 隠れて見てるだけじゃない。こうして守ってる」
「いや、こえーよ」
「だって壱村、最近ますます可愛くなったから」

 するりと頬を撫でられ、壱村は真顔になった。

「女じゃないし、そういういかにもな発言は何とも思わないからな?」
「じゃあ、どういう言葉ならドキドキしてくれる?」

 指の背で頬を撫でられ、擽ったさに首を竦めた。
 いつの間にか、二人きりになるとこうして触れられるようになっていた。別に嫌ではないし、最近抱き締められる回数も減ったのでこれで発散出来ているならと放置しているが。

「……顔」
「え?」
「顔は好き」
「壱村って、面食いなんだ」
「自分で言うな? その顔じゃなきゃ顔面殴ってるわ」

 これだからイケメンは。ムッと不機嫌な顔をしてみせるが、一見は“かわいい”と呟き壱村の頬を両手で撫でた。……そして。

「っ……、なにしてんだよっ」

 そのまま顔が近付いてきて、慌てて押し返した。何自然にキスしようとしてんだ、と睨むと、そこにはキョトンとした一見の顔があった。

「え、俺たち付き合ってるんじゃ……」
「は?」
「好きになるのは後からでいいから、って言ったよね。壱村、あれから何も言ってこないから了承してくれたんだと思ってたけど」
「……、あーー……そうだった……」

 壱村は頭を抱えた。
 そうだった。あの時、ちゃんと言っていなかった。
 これは完全にこちらが悪い。期待させて本当に悪かったと思う。罪悪感で胸がチクチクするが、きちんと伝えなければと顔を上げた。

「一見、ごめん。お前のことは好きだけど、付き合うとかそういう感じでは考えられないっていうか……、出来たら今まで通りで」
「ごめん、壱村。その答えは受け取れない」
「ん、んん??」

 受け取れない、って、それこっちが言う台詞では? 壱村は首を傾げた。

「好きだ、って、その言葉しか受け取れないから」
「は……、え、なに……? 一見、お前、いつの間にそんな俺様に……」
「前に言っただろう? 手段は選んでいられないって。俺は壱村がいればそれでいい。壱村しかいらない。壱村も俺のこと、好きになってよ」

 両手でしっかりと手を握られる。真っ直ぐに見つめられ、思わず腰が引けた。

 ――……いや、落ち着け……落ち着け……。

 はーー、と深く息を吐く。

「一見。いいか、良く考えろ。もし俺がお前と付き合ったとして、俺と付き合ってるって噂が前いた学校まで届いたら、あの腹立つ野郎がまた馬鹿にしに来るかもしれないんだぞ?」
「構わないよ。誰に何を言われても、誰もそばにいなくなっても、俺は壱村がいてくれたら……」

 そこで、言葉を切った。

「……でも、そうか」

 視線を伏せ、低く呟く。今までの勢いが嘘のように肩を落とし、眉を下げた。

「これからは、壱村を好きなこと、誰にも言わないようにするよ」
「急にどうした?」
「壱村には迷惑をかけたくない」
「別に、迷惑じゃ……」

 そう返すと、一見は困ったように笑った。

「大事にすることはやめないけど、ちゃんとそういうのじゃないって言うから」

 ごめん。そう言って手を離した。

「一見……」
「次は、この問題を解いてみようか」

 話はこれで終わり。
 そう言うように一見は壱村から離れ、問題集を手に取った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

たまにはゆっくり、歩きませんか?

隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。 よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。 世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……

【幼馴染DK】至って、普通。

りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

処理中です...