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守ってる
しおりを挟むだからと言って、一見を避ける理由にはならずに。興味津々とばかりに向けられる視線は鬱陶しいが、女子に妬まれるよりは気が楽かもしれない。
昼休み、じゃんけんで負けて購買へおつかいに行った友人たちを待ちながら、一見と先程の授業の事を話していた。
数分後。
「姫~、買って来ましたよ~」
「ふざけるな?」
「蔑んだ目もステキ~、踏んで~」
「それもう姫じゃないじゃん」
「あ~、女王様~」
悪ノリする友人に、椅子に座ったままゲシッと蹴りを入れる。その脚を一見の手がそっと押さえた。
「壱村、駄目だよ」
「いや、これくらい普段から……」
「踏むなら俺にしなよ」
「……ドMなの?」
「どちらかというと、ドSかな」
「お前が言うと冗談に聞こえない」
それには答えずにニコニコと壱村を見つめる目が、冗談じゃないけど? と告げてくる。背筋がヒヤッとした。
「一見、本当は物凄く面白い奴だったんだな」
「もうだめ、腹痛いっ……」
しみじみと言う友人と、バンバンと机を叩きながら笑う友人。壱村のコロッケパンの袋を開けて“はい”と渡してくる一見。いや、袋くらい自分で開けられる。
女子たちは一見の一挙一動にキャアキャア言って、もはや心休まる時間がない。
いや、勉強しろ、受験生。うっかり忘れてしまいそうになるが、受験生。はあ、と溜め息をついた。
それから一見は、購買に行くにもトイレに行くにもついてきた。
毎日家まで送ってくれて、すっかり母からも“息子のことをよろしくね”と言われるまでに信頼されて、もしかして外堀から埋められているのでは? と気付いた時にはもう遅かった。
一見はたった半月で、壱村家全員の信頼を得たのだった。
今日も一見の家で勉強を教えて貰いながら、ほぼ丸一日一緒だったなと小さく溜め息をつく。
「一見さ、ストーカーって言葉知ってる?」
「知ってるけど、俺は違うよ? 隠れて見てるだけじゃない。こうして守ってる」
「いや、こえーよ」
「だって壱村、最近ますます可愛くなったから」
するりと頬を撫でられ、壱村は真顔になった。
「女じゃないし、そういういかにもな発言は何とも思わないからな?」
「じゃあ、どういう言葉ならドキドキしてくれる?」
指の背で頬を撫でられ、擽ったさに首を竦めた。
いつの間にか、二人きりになるとこうして触れられるようになっていた。別に嫌ではないし、最近抱き締められる回数も減ったのでこれで発散出来ているならと放置しているが。
「……顔」
「え?」
「顔は好き」
「壱村って、面食いなんだ」
「自分で言うな? その顔じゃなきゃ顔面殴ってるわ」
これだからイケメンは。ムッと不機嫌な顔をしてみせるが、一見は“かわいい”と呟き壱村の頬を両手で撫でた。……そして。
「っ……、なにしてんだよっ」
そのまま顔が近付いてきて、慌てて押し返した。何自然にキスしようとしてんだ、と睨むと、そこにはキョトンとした一見の顔があった。
「え、俺たち付き合ってるんじゃ……」
「は?」
「好きになるのは後からでいいから、って言ったよね。壱村、あれから何も言ってこないから了承してくれたんだと思ってたけど」
「……、あーー……そうだった……」
壱村は頭を抱えた。
そうだった。あの時、ちゃんと言っていなかった。
これは完全にこちらが悪い。期待させて本当に悪かったと思う。罪悪感で胸がチクチクするが、きちんと伝えなければと顔を上げた。
「一見、ごめん。お前のことは好きだけど、付き合うとかそういう感じでは考えられないっていうか……、出来たら今まで通りで」
「ごめん、壱村。その答えは受け取れない」
「ん、んん??」
受け取れない、って、それこっちが言う台詞では? 壱村は首を傾げた。
「好きだ、って、その言葉しか受け取れないから」
「は……、え、なに……? 一見、お前、いつの間にそんな俺様に……」
「前に言っただろう? 手段は選んでいられないって。俺は壱村がいればそれでいい。壱村しかいらない。壱村も俺のこと、好きになってよ」
両手でしっかりと手を握られる。真っ直ぐに見つめられ、思わず腰が引けた。
――……いや、落ち着け……落ち着け……。
はーー、と深く息を吐く。
「一見。いいか、良く考えろ。もし俺がお前と付き合ったとして、俺と付き合ってるって噂が前いた学校まで届いたら、あの腹立つ野郎がまた馬鹿にしに来るかもしれないんだぞ?」
「構わないよ。誰に何を言われても、誰もそばにいなくなっても、俺は壱村がいてくれたら……」
そこで、言葉を切った。
「……でも、そうか」
視線を伏せ、低く呟く。今までの勢いが嘘のように肩を落とし、眉を下げた。
「これからは、壱村を好きなこと、誰にも言わないようにするよ」
「急にどうした?」
「壱村には迷惑をかけたくない」
「別に、迷惑じゃ……」
そう返すと、一見は困ったように笑った。
「大事にすることはやめないけど、ちゃんとそういうのじゃないって言うから」
ごめん。そう言って手を離した。
「一見……」
「次は、この問題を解いてみようか」
話はこれで終わり。
そう言うように一見は壱村から離れ、問題集を手に取った。
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