一見くんと壱村くん。

雪 いつき

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お姉さま

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 帰りに姉のマンションに寄る事を伝えると、危ないからと一見いちみが送ってくれた。せっかくだから中でお茶でも、と我が家のように言うと、一見は首を横に振る。

「お姉さんにも直接お礼を言いたいけど、女性の部屋にいきなりお邪魔するのは失礼だから」
「彼氏力高いな、お前」

 何とも出来た彼氏だ。ポンと思った事を口にすると、一見は照れたように笑い“ありがとう”と言った。

 多分これを見せたら学校中の女子が惚れる。これは危険だ。最近の一見はますますイケメンに磨きが掛かってきた気がした。

「姉貴は気にしないと思うけど。それにこれ、ひとりで持って帰れないだろ?」

 一見の手には特大の袋が二つ。
 壱村いちむらの手には袋から顔を出した大きなぬいぐるみがひとつ。
 抱きかかえる形のそれは、既に手がいっぱいな一見が持つには難しい。

 うっ、と呻き、じゃあ下で待ってると言う。
 荷物持たせてごめん、と項垂れる一見を横目で見ながら姉に連絡をすると、全然オッケー、と帰ってきた。

「一見君に会えるの楽しみ、だってさ」

 と言うと、一見はそれでも躊躇い、何度か口を開いたり閉じたりしながらも最終的には頷いた。

「……今気付いたけど、クラスメイトに見られたらどうしよう」
「持ってるだけなら、俺の妹へのプレゼントを一見んとこに置いて貰ってたとか言えるだろ」

 あれ? とそこで二人で首を傾げる。
 わざわざ女装をしなくても、妹へのプレゼントを買いに来た設定で一緒に行けば良かったのでは?
 ……いや、でも、プレゼント買いに来たんです、と言って回るわけにはいかない。やはりこの方法で正解だったのだ。



 マンションに着くと、姉が嬉々としてドアを開けた。

「一見君、いらっしゃーい!……って、やばっ、すごいイケメン!」
「えっ、あ、あの……こんばんは。突然お邪魔してすみません」
「しかも礼儀正しい!」
「あー、ごめんな、一見。うちの姉こんなで」
「こんなって何よ? 美女ってこと?」
「はいはい美人ですよお姉様」

 適当に相槌を打つとバシッと背中を叩かれた。暴君の姉を持つ弟の扱いなんてこんなもの。だが一見は“仲がいいんですね”と良い風に解釈をして微笑ましそうに笑った。



 壱村がバスルームを借りて着替えている間、一見は姉を前にソワソワしていた。

 腰までのサラリとした黒髪に、切れ長の瞳、長い睫。エキゾチックな雰囲気の美人だ。
 丸い瞳で可愛い壱村とは真逆に見えるが、気が強そうな瞳が良く似ている。やっぱり姉弟だな、とそっと横目で窺った。

 するとパチリと視線がぶつかる。
 お礼の品を渡し、丁寧に礼を述べて、失礼はないはず。それなのにジッと見つめられて、一見は萎縮していた。ただでさえ女性の部屋に入るのは初めてなのに。

「あの……?」

 意を決して声を掛けると、姉はにっこりと笑った。

「色々気にしちゃうタイプなのね」
「え?」
「人の好みはそれぞれじゃない。男性もこのキャラ好きって人多いし、堂々としてていいのに」

 これ、と熊のぬいぐるみを指さした。
 ぬいぐるみを見つめ、一見はそっと目を細める。壱村は、一見がただこのキャラクターが好きだと説明していたのだ。本当の理由は身内にもきちんと隠そうとしてくれた事が嬉しくて、つい頬が緩んでしまった。

 ありがとうございます、と返すと、姉は目を瞬かせる。

 え、何、この子可愛い。
 うず、と撫でたい欲が沸き起こった。さすが弟に自主的に女装をさせただけの男。放っておけない感が凄い。

 少しなら撫でていいかな、と思っていると、リビングのドアが開いた。


「姉貴、これ、……」
「何よ?」

 ドアの前で脚を止め、ジッとこちらを見つめる弟に首を傾げた。

「あ、いや、見た目だけだとすっごいお似合いだなと。服サンキュ」
「どういたしまして。見た目だけって何よ」
「一見の彼女は姉貴くらい身長ある方が映えるな」
「おいこらスルーするな。まあアンタはロリっこアイドルだからね」
「ロリ言うな」

 テンポ良く言い合う二人を前に、一見は曖昧に笑った。肯定しても否定してもどちらにも失礼で、何も言えない。
 ただ、端から見て誰が似合っていても、俺はやっぱり壱村がいいな、と……そんな本心を言うとまたややこしい事になりそうで、一見は口を噤んだまま二人を見守った。

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