一見くんと壱村くん。

雪 いつき

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デート?4

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 クレープを食べ終え立ち上がったところで、近付いてくる男がいた。

「お前、一見いちみか?」
「え? っ……」
「やっぱ一見じゃん」

 親しげに肩を叩く男とは反対に、一見は視線を揺らした。

「またカッコよくなってんなぁ。でも、中身そのまんま」
「そう……?」
「てか、その子、彼女? まさか、違うよなぁ」
「……彼女、だけど」
「は? マジで言ってんの?」
「言って、る」

 一見の顔色が変わる。視線を伏せ、拳をぐっと握る。

 ――もしかして、こいつ……。

 ハッとして男を見た。顔には出さず、だあれ? ときちんと演技をした顔を作る。すると男はニヤリと笑った。

「ねえ君、知ってる? コイツさ、ホモなんだよ。可愛い男が好きなんだって」

 ケラケラと笑う男に対して、一見はグッと唇を引き結び、俯いた。
 それだけで、壱村いちむらには分かった。
 それが嘘だろうが本当だろうが、彼らにはどうでも良かったのだ。ただ攻撃出来る対象が欲しかっただけ。否定しようにも、周りも誰も聞く耳を持たなかったのだろう。

 ――少しは言い返せ、……ってのも無理なんだろうな。

 トラウマだと言っていた。彼らから離れたとしても、傷が癒えたわけではない。

 だが、自分の事になると俯いてしまうのに、他人の事ではあんなに怒る事が出来るのだ。
 今も普通に会話をしようとしていた。今までのように壱村に助けを求める事もせずに。
 だから一見は、優しくて、とても、とても強い。


 壱村は上目遣いに男を見上げ、にっこりと笑った。

「え~? そうなんですか~?」

 甘えた声を出せば、男は一瞬目を瞬かせる。そして。

 ――……落ちた。

 内心でニヤリと笑った。
 自分が優位に立っていると勘違いした男ほど、面白いくらいにコロリと落ちる。鬼のような姉仕込みの演技はこの程度の男には見抜けないだろう。

 わたしはアイドル、不動のセンター、と自己暗示を掛けながら見つめていると、男の顔がデレッと緩んだ。

「そうそう。って、君、声も可愛いね」
「そうですかぁ?」

 きゃっ、と手を口元に当てながら、羞恥心と戦う。まさか引いてないよなと一見を横目で見れば、俯いたその顔は見えなかった。

「そんな奴より俺とさ……」
「ん~、でもわたし、一見くんがいいなぁ」
「は?」
「一見くん、人の悪口ぜったい言わないし、優しくて真面目で頑張りやだし、わたしのことすっごく大事にしてくれるんだもん。さっきも守ってくれたんだよ?」

 こてん、と首を傾げてみせる。

「一見くん以上に素敵な人、わたし会ったことないよ?」

 唖然として固まる男を前に、一見の腕に腕を絡めてにっこりと笑ってみせた。

「わたしと遊びたいなら、一見くんよりいい男になって出直してきてね」

 語尾にハートを飛ばし、一見を引きずるようにしてその場を離れた。


 施設の外のひと気のない場所まで歩き、コンクリート壁に一見を立て掛けるように背を付けさせて、壱村は顔を覆いしゃがみ込んだ。

「あー……緊張したぁ……」
「え? 今ので?」

 キョトンとする一見を、じっとりと見上げる。もう普通に話せてるじゃないか。

 ……何だか、どついてやりたい。そのマイペースさ、さっき見せろよ。いや、無理しろとは言わないが。
 隣にしゃがみ込みキョトンとする顔を見ると、こう……。はぁ、と溜め息をついた。

「男ってバレたら、お前が女装した男とデートしてたって更にヤバい誤解されるだろうが」

 もしかしたら、尾ひれが付いて今の学校にも噂が回ってくるかもしれない。今の一見なら大丈夫だとは思うが、それでまた傷付くのは見ていられなかった。
 だが一見は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「壱村が分かってくれてれば、いいよ」
「またお前は……」
「俺は、壱村が一番大事だから」
「それは……まあ、なんか、そうかなと思ってた」

 そう言うと、一見はまたキョトンとしてから、嬉しそうに笑った。
 その幸せそうな顔、さっき見せてやれ。あの男に幸せいっぱいです、って見せつけてやりたかった。

「壱村。ごめん」
「ん? なにが?」
「助けてくれて。俺、言い返せなくて……ごめん」

 グッと唇を噛み、拳を握る。
 悔しい。情けない。ぽつりぽつりと言葉を零しながら地面を睨み付ける一見に、ふ、と壱村は笑った。

 ――なんだ、ちゃんと克服出来てんじゃん。

 怖い、ではなく、逃げるでもなく戦おうとしている。やっぱり一見は、ちゃんと強い。
 ポンポンと一見の頭を撫で、ニッと笑ってみせた。

「まあ、助けたっていうか、普通にあいつムカついたしな。一見のこと馬鹿にされんのもめちゃくちゃ腹立ったし。お前の中身知ろうともしないで勝手に見下して馬鹿にしやがって」
「壱村……」

 思い出したらまたムカついてきた。眉を顰める壱村に、一見はそっと目を細めた。

「俺のために怒ってくれて、ありがとう」
「お、……おお」

 あまりに甘く綺麗な笑顔を向けられ、おかしな返答になってしまった。これはやばい。男も殺す笑顔だ。

「あいつの前で俺を褒めてくれたのも、嘘でも嬉しかったよ」
「え、いや、嘘は言ってないけど」
「え?」
「今のとこ総合的に見てお前に勝てる奴知らないけど」

 言った事は全て本心だ。

「お前ってめちゃくちゃいい奴だし、すごい頑張るし」
「え……、そんなの……」
「誰でも出来ることじゃないし、小さいもの好きなのをマイナスだと思ってるならまず顔でチャラだな。それでもすごいプラスだと思ってる」

 良い友人に囲まれている壱村でさえ、一見は特別だと思えるほどに。

「強いて言えば、中身出そうなくらい抱き締めてくるのやめて欲しいってか、俺の内臓も大事にしろよ?」
「壱村……」

 じわじわと顔を赤くしていた一見は、ついにうずくまり顔を隠してしまった。

「絡まれてた俺を助けてくれた時も、あいつに彼女かって訊かれてそうだって答えたお前も、かっこよかったよ」

 ちゃんと彼女を守れる男だ。よしよし、と褒めるように頭を撫でる。

「っ……壱村っ」
「って、こら!! 言ったそばからっ……!!」

 ぎゅうううっと抱き締められ、内臓……!! と叫ぶも感極まった一見には届かなかった。


 しばらくして。
 解放された壱村はゼーハーしながら胸を揉みスポーツブラの中の詰め物を直す。
 その姿を見つめる冷めた申し訳なさそうな視線に、やっぱり一見だな、と妙な感心をしてしまう。あれだけ大蛇のごとく絞めたくせに。

 総合的にはプラスの中で、待ても出来ずに暴走するのは、唯一のマイナスかもしれなかった。

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