一見くんと壱村くん。

雪 いつき

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一見の秘密

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 その日から、一見いちみは言われた通りに他の生徒とも会話をするようになった。
 初めは壱村いちむらと仲の良い友人たちと。それから、他のクラスメイトと。

 男友達が増えれば自然と女子だけに囲まれる事はなくなり、休み時間にも壱村以外と話す事も多くなった。


 そんなある日。
 プリントを回す時に、一見から目を反らされた。
 一度目は気のせいかと思ったが、二度、三度となると気のせいではないと気付く。

 休み時間の度に教室を出るのは、他のクラスに仲の良い友人が出来たからだろうと思っていた。昼食に誘っても断るようになったのも、そのせいだと。
 もし誰かに脅されたり虐められていたなら、きっともっとオドオドして視線で助けを求めてきただろうから。

 少し寂しさはある。それでも、一見に友人が出来るのは喜ばしい事だと思っていた。
 もしかしたら彼女が出来たのかもしれない。それならそのうち教えてくれるだろう。……と、思っていたのに……。


 その数日後だった。
 購買に向かう途中、中庭の端で独りぽつんとパンを食べている一見の姿を見かけた。
 おかしいと思い次の休み時間に後をつけると、今度は屋上でぼんやりとして。その次も屋上で空を見上げていた。

 何か悩み事だろうか。心配する気持ちと、何度誘っても断っていた理由が分からず、憤りすら覚えた。

 何かした覚えはない。そもそも避けられていると気付く直前も、普段通りに話していたのに。


「一見。話がある」

 放課後、チャイムが鳴ると同時に帰ろうとする一見の腕を掴んだ。

「っ……ごめん。ちょっと、用事があって」
「じゃあ明日は」
「明日もちょっと……」
「じゃあ、明後日」

 腕を掴んだまま、視線を合わせない一見をジッと見据える。腕を引こうとすれば力を込め、逃がさないとばかりに一歩詰め寄る。
 何事かとヒソヒソと囁く声も気にせず見つめ続ければ、ついに根負けしたのか一見は諦めたように息を吐いた。

「分かったよ……」

 小さく了承の言葉が漏れても、一度も目を合わせようとはしなかった。


 引きずるように屋上へと連れて行き、ドアから離れた場所で手を離す。万が一様子を見に来た誰かに聞き耳を立てられても気分が悪い。

「で? なんで避けるんだよ」

 最初から本題を切り出せば、一見は視線を反らしたままでビクリと肩を震わせた。

「別に、避けては……」
「避けてるだろ。俺、なんかした?」
「壱村は何も……」
「じゃあ、なに?」

 反らした視線の先に回り込むと、慌てたように視線を別方向へ反らされる。右に左に、だが上へと反らされればこの身長では視界に入る事も出来なかった。

「こら! 下見ろ!」

 卑怯だ、と両手を伸ばし一見の頭をガシッと掴む。驚いているうちにグイッと下に向けた。

「っ……」
「よし。やっと顔見れた」

 久々に合った視線に満足げに笑う。どうだ、とばかりに胸を張ると、唖然としていた一見は突然眉間に皺を寄せ、低い声を出した。

「もう限界だ……」
「お、おお。やるか?」

 正直、腰が引けてしまった。反射的に離した手で、辛うじてファイティングポーズを取ってみる。
 そこまで怒らせる事をした記憶はない。理不尽に殴られてたまるか、と一見を睨み返してはみるが、……やばい。美形の顰めっ面と声、めちゃくちゃ怖い……。

 だが負けてたまるかと視線を逸らさずにいると。

「抱き締めたい」
「やれるもんなら、……………………は?」

 今、なんて……?

「ごめん、壱村」
「えっ、ちょっ、うわ!!」

 頭がついていかないうちに衝撃が襲い、目の前が真っ暗になる。固いものに押し付けられ呼吸も塞がれた。

 ――し、しぬっ……!!

 必死で暴れ顔を横向けると、何とか酸素が吸えるようになる。
 混乱する頭で理解したのは、目の前の“これ”は一見の胸板だという事と、意外と筋肉があるという事と……高身長爆発しろ! と叫びたいこの気持ち。こんなに身長差があってたまるか、と身を捩る。

「……かわいい」
「は? なに? なんて?」
「だから離れようとしたのに……」
「一見? って、馬鹿力かっ!」

 ぎゅうぎゅうと抱き締められ、身動きが取れない。腕も動かせない。やばい、これ、この前観た大蛇ものパニック映画だ。

「出るっ、中身出るっ……」
「あっ、ごめん」
「って、離さんかい!!」

 腕を緩めただけで抱き締めたままの一見に、ついツッコミを入れてしまった。

「駄目だ……無理、かわいい……」
「おいっ語彙力死んでるけど大丈夫か!? 目を覚ませ!」
「むり……」

 完全に語彙力の死を迎えた一見は、その後も大蛇のように巻き付いて離れなかった。

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