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*愛する人とこの世界で
しおりを挟む時は遡り、風真が元の世界から戻った日の、晩のこと。
(アールが、甘えている……)
ここはアールの部屋の、湯船の中。
かれこれ十数分ほど、背後からぎゅうぎゅうと抱きしめられていた。
すり……と頬を擦り寄せられ、抱きしめて撫で回したい気持ちを風真は必死に押し殺す。今はアールが自分を抱きしめていたい時間だから、と。
(こんな可愛いアール、抱きしめて甘やかしたい……)
また頬擦りされて内心で悶えた。
アールがこうなっている理由を考えれば、不謹慎だと分かってはいる。風真はそっと眉を下げた。
「フウマが……戻って来なかったらと……」
声はぽそりと零れる。
「不安にさせてごめんな……」
アールの腕をそっと撫でる。こうして言葉にするほどに、アールは不安だったのだ。
「お前がいないと、生きている意味がない……」
「うん……」
いつの間にか風真の存在は、王太子としての責務を超えていた。きっと風真がいなくなれば、本当に命すら……。
もし戻れなくなったら、もう一度召喚してほしい。絶対に戻ってくるから。
そう言葉を掛けるのは、今ではない。例え話でも、帰れないことを言葉にしてしまえばアールは傷ついてしまう。
(愛しい、な)
堂々としたアールは、こんなにも繊細で傷つきやすい。
(俺が守らないと)
腕を撫で、少しだけ緩んだその中で身体を反転させる。
今にも泣きそうなアールの唇に、大丈夫だと伝えるように、そっと唇を触れさせた。
「……すまない。姉君と再会した後に、このような……」
「我慢しないで教えてくれて、嬉しいよ」
もう一度キスをして、ぎゅうっとアールを抱きしめる。
「平気なふりして溜め込まないでくれて、嬉しい。不安にさせたのに、ごめんな」
「不甲斐ない夫で、申し訳ない……」
「それは可愛いって言うんだよ。俺の夫は可愛……」
夫。
自然に呼んでしまった。
カァ……と赤くなる風真に、アールはようやく表情を緩めた。
「私の妻……いや、夫の方が可愛い」
「う~……いつも通りに伴侶って呼んで~」
「ああ。私の伴侶はどの世界でも一番可愛い」
目元に唇が触れ、そっと頬を撫でられる。
「うぁ……」
顔も全身も熱くなる。たった一日離れていただけで、アールの美しさが増している。眩しい。目が痛い。心臓も痛くて、アールの肩に顔を埋めた。
「駄目だ……一日でも離れると、アールのキラキラに耐性がなくなる」
「そうか」
「うわっ! 待って! 顔っ、顔面偏差値~~っ!」
顔がいい。水に濡れて色気も増している。慌てて目を閉じると、瞼にキスをされた。
「いつまでも初々しいな」
「初心を忘れませんのでっ」
「良い心掛けだ」
「ありがとなっ」
額や頬にもキスされて、最後に唇を塞がれた。反射的に開いた唇から、舌が滑り込んでくる。
「んっ、んぅ……」
優しく舌を絡められ、褒めるように撫でられる。柔らかい熱が咥内を擦り、気持ちよさに思考が蕩けた。
「ふぁ……」
同じ初心者だったはずが、とうの昔にアールに翻弄される側になってしまった。アールに負けじと頑張れる時もある。それでも、今のように全て委ねて心地よさに酔う時の方が多くなった自覚もある。
(気持ちいいのが……愛されるのが、大好きだからな……)
されるがままの姿を幸せそうに見つめる瞳を、知ってしまったから。
与える愛情を全て受けとめて貰えることが嬉しい、その気持ちは風真にもよく分かる。
こんなにキラキラな王太子なのに。
(俺しか、知らないんだよな……)
胸がぎゅうっとなる。今までもこれからも、アールには自分だけだ。
「……子供は、五年後?」
「っ……」
「俺……今すぐでも、いいよ」
熱い咥内。触れる素肌。アールの体温を感じていると、言葉は自然と零れ落ちた。
アールとの子なら愛せる自信しかない。命を懸けて守る自信もある。
「お金の心配もないし、仕事中に見ててくれる人もいるし、勉強を教えてくれる人もいる。だから、後は」
「私の、覚悟か」
風真はもう覚悟が出来ている。アールは目元を緩め、風真を抱き上げてベッドへと移動した。
「……不甲斐ない私を許してくれ」
眉を下げて微笑み、ベッドサイドの引き出しから正方形の薄い包みを取り出す。
「幼いフウマに慣れるまで、待って欲しい」
水気を含み艶やかに光る黒髪を、愛しげに撫でた。
風真が子を望むことを、ずっと待っていた。それなのに、いざそうなると躊躇ってしまう。風真の手を取り、自分の胸へとそっと当てた。
「きっと私は……私たちの子をこの腕に抱いた瞬間、心臓が止まってしまう」
それはとても幸福で、不幸な最期。
「それは困ったなぁ。うん、もうちょっとだけ待ってあげる」
手を伸ばしてアールの頬を撫で、ニッと笑った。やはりこれだけは、二人一緒に望む時がいい。
「じゃあ今日は、……俺だけを愛して」
「っ、……煽るな」
「へへ。煽られてよ」
今日はとても、アールを甘やかしたい気分だ。我慢なんていらないのだと、両手でアールの頬を包み、ちゅっと唇を啄んだ。
ふと視線を横向けると、輝く星空が映る。
この空の先に、元の世界はなかったけれど。もう二度と帰れない場所ではなくなった。ただそこは、三年先の、遠い遠い場所。
「フウマ、何を考えている?」
「んっ、ぁ……星が綺麗だな、って」
ゆる、と腰を揺らされて思考を戻された。
貪るように互いを求めても、まだ足りずに繋がったまま。ナカのアールを感じると、じわりと肌が汗ばんだ。
「私の方が、綺麗だろう?」
「ふはっ、そうだな。アールが世界で一番綺麗だよ」
薄明かりの中でも目映い光を散らす髪を、くしゃくしゃと撫でる。星空に張り合うアールもとても可愛い。
「そうだろう? と、言いたいところだが」
満足げに笑い、風真の頬を指先で撫でる。
「世界一は、フウマだ」
「ンッ」
「私のフウマが、世界一美しい」
「っ……、……ありがと、な」
否定の言葉は紡げない。アールが、あまりに蕩けそうな笑みを浮かべるから。
(アール、幸せそう……)
そして自分も、幸せだ。
この美しい人は、自分だけのもの。
この愛は、自分だけに向けられるものだから。
「アール、好きだよ」
「フウマっ……好きだ、愛している」
甘い声と共に腕を引かれて、シーツから背が浮いた。
「っ、あぁッ」
繋がったままで膝の上に乗せられ、深いところまで熱いものが押し込まれる。
「んぁ、あぅぅっ……今から、この体位ぃ……」
「すまない。抱きしめたかった」
ぎゅうっと抱きしめられる。甘えた声のアールに一瞬で絆されたものの。
「ひゃうッ」
擦られすぎて敏感になった内壁は、少しの刺激で過剰に快感を拾った。
風真を傷つけまいと、零れるほどに何度も足されたローション。乾きの遅いそれは今もぬるりとナカで滑る。
「うう~っ……でも、もういっかいだけ……、シよ……?」
「ああ、そのつもりだ」
ふっと目元を綻ばせ、涙に濡れた頬にキスをした。
触れ合った肌は離れないまま、緩く腰を揺らされる。激しさのないそれでも、今の二人には充分だった。
「ふぁ……あ、ん……きもちぃ……」
緩い快感は、アールの存在も熱も、たくさん感じられる。抱き合う体位は、キスがたくさん出来る。全身がアールでいっぱいになって、多幸感にいつも泣いてしまうけれど。
「フウマ、可愛い」
アールはいつも目元にキスをして、可愛い、愛していると囁いてくれる。たくさんの愛を与えてくれる。そんなアールを……。
「……愛してる、よ」
愛してる。言葉にして、唇を重ねた。
「んっ、んぅっ」
キスをしながら内壁を擦られる。全身が熱くて、愛しい。
「は……フウマ、愛している」
熱い吐息と共に囁かれ、また唇を塞がれた。
するりと背を滑った手が腰を掴む。指先が腰骨を撫でる刺激にすら身体が震える。
「ふ、ぅ……んっ、あ、あぁ――ッ」
唇が離れた途端に腰を下へ押さえ付けられ、目の前に星が散った。
ぐぷりと身体の中で音がして、一瞬意識が飛んだ。強烈な快感に震える身体を、アールは愛しげに抱きしめる。ここまで全てが私のものだ。恍惚とした声が、零れた。
「愛している……私の、フウマ……」
「ッ……、っ、ぅ」
身体の奥深くを抉られ、涙が零れる。
(おれのぜんぶ、アールのものだ……)
それは、充足感と、あまりの多幸感。
自分がアールのものなら、アールは自分のものだ。
あいしてる。
はく、と口を喘がせるしか出来なくても、アールは分かってくれる。望む通りにキスをされて、背を撫でられる。
優しい快楽と、強烈な快感。奥から込み上げる熱はあっという間に出口へと駆け上がった。
「フウマ……」
「ぁ、ッ――!!」
トン、と奥を突かれて目の前が真っ白になる。粘度も色もない体液が、風真自身から吹き出す。アールの熱が薄い膜に遮られたことに寂しさを覚えて、……そこで意識はぷつりと途切れた。
こういう日の朝は、目を覚ますと先にアールが起きている。叱られた犬のように眉を下げて、見つめているのだ。
「アール、おはよ」
「……おはよう。昨夜は」
「好きと幸せでいっぱいいっぱいになったアール、いつも嬉しいよ」
「だが……」
「またシような」
ニッと笑い、アールの頭をよしよしと撫でる。アールは毎回しょんぼりして反省しているが、風真の方は少しも嫌だと言っていないし思ってもいない。
「もっと俺に甘えてよ。全部受けとめるし、全部嬉しいしかないんだからさ。可愛いアール、もっと見せて」
「……お前は本当に、愛しいな」
花が綻ぶように笑うアールに、風真は目を細めた。
「大好きだよ、アール。ずっと俺のそばで笑ってて」
自然と零れた言葉。空色の瞳が瞬き、ふっと笑む。
「ああ。フウマが私のそばで笑っていてくれるなら、永遠に」
私の台詞だったのだが、と笑う声が心地よくて、風真も目元を緩めた。
こんな朝を、これからもきっと何度も迎える。この世界で愛した人と、ずっと、一緒に。
―本編END―
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