比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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大切な人たちとこの世界で2

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 テーブルの上に残った分厚い茶封筒。風真ふうまはそれを手に取り、中を探る。

「では、紹介します。由茉ゆま姉ちゃんです」

 これは風真が選んだ。結婚式で撮った、世界一綺麗な花嫁姿の由茉の写真だ。

「ユマちゃん……。やっと会えたね」

 まるで目の前にいるように、ユアンが甘く微笑む。

(実物の姉ちゃんじゃなくて良かった……)

 姉がこの場にいたなら、落とされていたかもしれない。それほどに甘く優しい笑顔だった。


「偉大な姉上の御尊顔を拝見出来るとは……」

 アールが敬語を、と驚くが、言葉には出来ない。まるで聖母か女神を崇めるような視線だった。

(姉ちゃん、アールの女神様になったよ)

 今度の通話で伝えよう。

「綺麗なお方ですね。笑顔がフウマさんに似ています」
「っ、ありがとうございます」

 幸せそうな姉の笑顔。大好きな姉に似ていると言われると、嬉しくてふにゃりと笑った。
 両親の写真も持ってきたが……、それは今度にしよう。今両親の顔まで見ると、泣いてしまいそうだ。


「それと~、俺の子供の頃の写真……肖像画も持って来たんです」
「フウマの……」
「あっ、今以上に平凡だから期待しないで」

 由茉が選んだ、可愛い風真ベスト5を持って来た。姉のセンスに間違いはないが、肝心の被写体がなので不安しかない。

「それでは、まず……お菓子食べたい俺です」

 母が写真を撮ろうとしたら、お菓子を持って隣に来た父にハッとして一生懸命に手を伸ばす自分の写真を披露した。

「っ!」
「うっ……」

 アールとユアンは口元を押さえて悶える。トキだけが笑顔のまま固まり、そっと写真の中の小さな手のひらに指を差し出した。

(握ってあげられなくてすみません……)

「天使じゃないか……」

 ユアンは呟くが、アールはまだ俯いたままだ。「天……」と小さく絞り出したが直視出来ないらしい。


「ありがとうございます! では次です!」

 褒められて上機嫌になった風真は、二枚目を取り出す。

「愛犬の花ちゃんに包まれてお昼寝中の俺です!」
「っ……!」
「ぅッ……」

 ふわふわとほわほわのコラボ。護衛でさえ口元を押さえながら、目だけは写真を凝視していた。

「次は~」
「フウマさん、残りは明日にしましょう」
「えっ、でもあと三枚ですし」
「このように愛らしい小さなフウマさんを、……私たちの子として産んでくださるのですか……?」
「ひぇっ!」

 初めて聞く低い声に、背筋が凍る。

「愛らしさに悶える気持ちが大半ですが、フウマさんのお子が欲しいという気持ちも芽生えました」
「!?」

 隣でユアンも小さく頷いていた。


「待て……私は違う……」

 アールが何とか声を絞り出す。

「私は、胸が苦しくて、まだ無理だ……」

 胸を押さえ、息も絶え絶えに言う。

「このような、天使の……父となる覚悟が、まだ……」
「天使はアールなんだわ……」

 ぼそりとツッコミにもならないツッコミを入れる。だがアールはまた俯いて無言になってしまった。

(悪いのは顔だけにしろ、とか言ってたのが懐かしいな)

 今はそれだけアールに愛されているということ。思わずにこにこしてしまう。

「フウマ。俺が血迷う前に、孫を見せてくれないか」
「ユアンさん……。その孫の父親がですけど……」
「ユアン……五十年は血迷うな……」
「長いよ」

 本気のアールに苦笑すると、息を吹き返しかけた恋心は静かに眠りについた。


「そっか……。俺の子は、ユアンさんの孫になるんですね」
「そうだよ。じいじ、って呼んでくれるかな」
「はい、きっと」

 若いのにじいじ呼びでいいのかな、と思ったがユアンは心から幸せそうに微笑んでいる。

「……五年以内には、覚悟を決める」
「十分の一に短縮か。頼むぞ、アール」
「ああ。……あまり自信はない、が」

 弱気なアールに、ユアンは吹き出す。あの自信しかなかったアールが、日々人間らしくなっていく。それはとても好ましい変化だ。

「……天使に、慣れなければ」
「そうだな。……この天使の姿絵は、個人的にも欲しいな」
「へへ。そう言うと思って~、って姉ちゃんが事前に人数分用意してくれてました」

 風真を含めた五人それぞれの名前と用途が書かれた分厚い封筒。

「一枚につき、部屋に飾る用、持ち歩き用、保存用がそれぞれ二枚ずつ入ってるそうです」
「ユマちゃんはよく分かってるね」

 封筒にキスするユアンに、本当に姉本人がいなくて良かったと胸を撫で下ろす。


「一枚はやっぱり、ベッドの横だよね」
「ああ。天使の笑顔から始まる一日……。至福の極みだ」
「そうですね。殿下は本物の天使がお隣にいますけど」
「すまない、幸せだ」
「ふふ、嫉妬しては馬に蹴られてしまいますね」

 蕩けるような笑顔のアールに、トキは柔らかく微笑んだ。

(まさかこんなに喜んで貰えるなんて)

 幼い自分の写真が、皆の部屋に飾られる。恥ずかしいけれど、そんなにも大切に想ってくれることが嬉しかった。


 由茉の用意した封筒。風真用には、家族での写真がたくさん詰まっていた。それを翌日に一人で見た風真はまた泣いてしまった。
 もう戻らない時間。悲しみはいつまでも消えない。だがそれでいいのだと、いつか愛しい時間として見つめられる日が来るのだと……そう思えた。この世界で、大切な人たちと過ごす時の中で、いつかきっと。







 翌日の夕食前。
 トキの部屋がすごい事になってる。
 ユアンはそう言って、風真とアールを呼びに来た。

「これは……」
「祭壇じゃん……」

 祭壇は祭壇でも、推しの祭壇。
 白い布の掛けられた広々としたテーブルの上には、黄色やオレンジの花びら。色とりどりの風船。そして大量のお菓子。輝きを足すためか、キラキラと目映く輝く本物の宝石も散りばめられている。そこに……金の額縁で飾られた、風真の写真たちがあった。

「フウマさんのご健康とご多幸を、毎日神に祈りたいと思いまして」
「そうか。この国一番の神官が祈るならば効果がありそうだ」
「そうだけど、やば、腹痛いっ……」

 いつもよりラフな口調のユアンが、腹を抱えて笑う。奉りたい気持ちは分かるけどこれをトキが、規模すごい、仕事早い、と言いながら。







「姉ちゃん、俺、トキさんの祭壇に飾られた」
「は? 祭壇??」

 次の通話で、推されて祭壇になったと説明する風真に、「人生何が起こるか分からないよね」と由茉は笑う。異世界の推し活、規模すごい、トキ様仕事早い、お腹痛い、とユアンと同じことを言いながら。






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