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大切な人たちとこの世界で

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「姉ちゃん……」

 抱きしめていた姉は、もうここにはいない。
 ぽたぽたと床に涙が落ちる。もう、いない。もう会えない。……会えない。


「フウマ……」

 名を呼ばれて顔を上げると、アールとユアンとトキ、護衛もそばにいた。ゆるゆると横を見ると、神子の部屋の前だった。
 皆に笑ってみせようとして、上手く出来ずに顔を俯ける。

「っ……姉ちゃん、元気そうでした。良かっ、た……」

 ぼろぼろと泣き続ける風真ふうまを、アールがそっと抱きしめる。ユアンとトキが風真の頭を撫でた。
 姉とは違う、逞しい腕。固い筋肉。包み込まれる体温に、また涙が溢れる。
 抱きしめた時、自分の方が姉を包み込んでいた。皆が守ってくれるように、これから自分が姉を守っていけたはずなのに……。


(……姉ちゃんには、義兄にいさんがいる)

 そう納得しようとしても、次から次に涙が溢れる。
 姉に会えた奇跡に、心から歓喜と感謝をしている。それでも、会ってしまったから……もう二度と会えない悲しみに、これからまた耐えなければならない。

(姉ちゃん……、会いたいよ……)

 ぎゅっとアールの服を握り締める。愛する人がここにいて、大切にしてくれる人たちがいて、それなのに、全て欲しいと欲張ってしまう。
 ごめんなさい、と小さく声が零れる。この世界を選んだのに、元の世界への、姉への未練が断ち切れない。全てをこの世界に捧げることが……。


 その時、ピコンッと音がした。
 そっと顔を上げ、アールの肩越しに画面が……。



 ――一時帰宅待機時間:三年。



「うえっ!?」
「フウマっ?」
「またっ……また、三年後にっ……会えるぅっ……」

 嬉しい、ほんとに? ほんとだ。
 そう言って今度は安堵と歓喜に涙を流す風真に、皆、視線を合わせ眉を下げた。
 三年。それは風真と姉にとって、残酷なほどに長い。

「また会える……良かったぁ……」

 それでも風真には、救いでしかない。


 今度は安堵でひとしきり泣いた風真は、袖で目元を拭う。べしょべしょになったアールの服に顔を青くして、部屋に引っ張り込んで着替えを渡した。

「当然のようにアールの服を置いてるのか」

 みんなもどうぞ、と招かれた室内でユアンがぼそりと呟く。

「当然のように私の部屋にもフウマの服を置いている」
「フウマ。お父様の部屋にも着替えを置こうか」
「えっ」
「置く必要があるか?」
「あるよ。親子だからね」

 アールとユアンの言い合いに、風真はつい顔が緩んでしまう。


(俺、ちゃんと帰ってこれたんだ)

 時間も時空も同じ、一緒に過ごした皆の元へ。
 元の世界だけが帰る場所ではない。この世界も、帰る場所だ。

「ただいま。俺、ちゃんと帰ってきました」

 言い合うアールとユアンにぎゅっと抱きつく。ぎゅうぎゅうと抱きしめ、次はトキと、少し迷って護衛にもハグをした。
 おかえり。待っていたよ。皆もそう言って風真を抱きしめる。廊下に揃っていたのは、二十四時間後に帰る自分を待っていてくれたからだ。

(みんなのこと、不安にさせたら駄目だよな)

 大切にしてくれる人たちを、きちんと大切にしたい。風真は心からの笑顔を見せて、皆をソファに促した。


「手紙とプレゼント、姉ちゃ……姉はとっても喜んでました。ありがとうございましたっ。こちら、姉からのお礼の手紙です。俺が翻訳したのも入ってます」
「私にまで……。お気遣い痛み入ります」

 一人座らず扉の傍に控えていた護衛は、手紙を受け取ると国宝のように丁重に掲げた。

「それと、高価な物はお返し出来ないからお金で買えないものを、って預かったんですが」

 コンビニ袋の中身をテーブルの上に出し、某百貨店の包装紙で包まれたものを全員に配る。由茉が自ら包装したそれには、四人それぞれの名前が書かれていた。
 中身を知らない風真が、何が入ってるのかなと見つめているため、四人はその場でそっと梱包を解く。最初にアールが声を上げた。


「これはっ……」
「あっ、俺が子供の頃に使ってた勉強道具だぁ……」

 戦隊物のペンケースと、国語のノート二冊が出てきた。
 ペンケースには名前シールが貼られ、つたない字で、はやかわふうま、と書かれている。中の鉛筆にも名前が。

「別世界には、斬新な部族がいるのだな」
「それ、子供向けのテレ……演劇の登場人物だよ。正義の味方なんだ」
「正義の味方か。フウマらしくて、素晴らしいな」

 アールはそう言ってペンケースを撫でた。

「フウマの名が書かれている。冊子の中もフウマの世界の文字だ」
「アール、読めるのか?」

 ユアンがノートを覗き込んだ。

「文字も単語の並びもこの世界とは違うが、ひらがなとかたかなは覚えた」
「えっ、早っ」
「フウマの世界のことだからな。早く知りたかった」
「ンッ、……ありがとな」

 柔らかく微笑まれると頬が熱くなる。戦隊物のペンケースをそっと撫でる異世界イケメンに少しだけ何とも言えない気持ちになるが。


 名前シールの貼られたペンケースと鉛筆は全員に。
 ユアンには、風真が色分けして塗り、国名を書き込んだ世界地図と日本地図。空白部分に、ぱえりあ、なしごれん、など料理名も書かれていた。
 トキには、幼い頃にお絵かきした紙をまとめたファイルだ。謎の線画の下に、いぬ、ねこ、ばら、めがみさま、など書かれている。
 護衛には、テレビを見て作った記憶のある、金のおりがみ製の勲章とトロフィーだが……今見るとわりと良く出来ていた。

 確かにお金では買えないもの……。

(姉ちゃん、貰っても困るって~)

 小学生の頃に使っていたものなんて。でもよく保管していたなと感心する。
 異世界文字にアールは興味津々。だが、他の皆は……。

「幼いフウマが使用していたものか。国宝、いや、私の宝だ」
「フウマの世界を見られるなんて貴重だよ。それに、ちいさなフウマの、一生懸命で可愛い文字……」
「なんて愛らしい……。額縁に入れて飾りますね」
「恐悦至極です」

 あれっ?
 風真は目を瞬かせた。予想外に皆、とても嬉しそう。


「フウマの姉上には、見通す力があるのだろうか」
「だね。俺たちには一生得られなかったはずのものを選んでくれるなんて」

 それは、風真が生きてきた時間。幼い風真が触れてきたもの。

「今度はお礼のお手紙を届けていただかないとですね」

 トキの言葉に皆が頷いた。
 姉は、ここまで見通していたのだろう。新しいものではなく、風真の過ごしてきた時間を皆に届けたかったのだ。

「姉ちゃん、やっぱりすごいな……」

 自分には思いつかないもの。それも、四人に合った物を選んだ姉に、改めて感服した。


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