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救いのある世界で

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 翌朝。誰にも見えない画面のボタンを押すと、目映い光に包まれた。
 見守る三人と護衛の姿が見えなくなり、光が収まると、そこには……。


風真ふうま!」
「っ……、姉ちゃんっ……」
「ふうまぁっ……」
「姉ちゃんだっ……、本物の姉ちゃんだっ」
「風真、本当にここにいるんだね……」

 抱き合い、互いに涙を流す。
 暖かな体温。力強い鼓動。生きている。姉は、風真は、今、ここいる。
 長い時間泣き続けても、二人の涙は止まらなかった。


 由茉ゆまが事前に準備していたタオルを渡され、さすが姉ちゃん、とふわふわのタオルで顔を覆う。べちゃべちゃになるかも。そう思っても風真の涙は止まらず、その間に水分補給と落ち着くためにと暖かな白湯がテーブルの上に置かれた。

(白湯がこんなに美味しいなんて)

 冷たい水より体に染み込む感覚。ゆっくり飲み干して、はふ、と息を吐いた。


「風真、なんか……美人になったね」
「へっ?」
「泣いた後なのに。愛されてるのね~ってからかえないくらいガチ」
「ええっ、自分じゃ気付かなかったけど……そういえば、用意された化粧水とか毎日使ってるし、定期的にメイドさんたちに全身ぴかぴかにされてる……」
「王族の手入れハンパない……。って、メイドさん」
「うん、メイドさん。女性だけど、多分みんな俺のことを犬だと思ってる」
「王太子妃を」
「愛犬洗ってるみたいな顔してる」

 実際は風真が気持ち良さそうにして微笑ましいからだが、愛犬というのもあながち間違いではなかった。

「メイドさんにも風真の魅力が伝わって良かったわ」
「威厳は全く伝わらない。切ない」
「それは旦那さんに任せればいいのよ」
「旦っ、…………うん」

 真っ赤な目で、頬まで真っ赤になる。由茉は安堵したように頬を緩めた。


「これが豪邸が買える婚約指輪と結婚指輪ね」

 風真の薬指には、二つの指輪が重ね付けされていた。宝石の付いた婚約指輪と、シンプルな結婚指輪だ。風真はバッと左手を掲げた。

「へへ~。俺、結婚しましたっ」
「わーっ、おめでとーっ!!」
「ありがとーっ!!」

 拍手をする由茉に、手を振って答える。由茉が婚約指輪を貰った時にしていた仕草だ。

「俺もこれやりたかったんだ~」
「風真って実は私のこと大好きよねぇ」
「やめてよ~、事実」
「ぷはっ、照れるっ」

 二人で笑い合う。お互いのその顔を、見られる距離で。

「私ね、風真の笑顔、大好きよ」
「ありがと、俺も姉ちゃんの笑顔大好き~」

 へへ、と笑って、照れ隠しにゴソゴソと持参した袋を漁った。


「姉ちゃん。これ、プレゼントです」
「そんな、いいのに~……これ、って……」
「あっちには写真がないから、結婚式の時の服で描いて貰ったんだ」

 由茉へのプレゼントに選んだのは、肖像画だった。
 風真とアールがソファの中央に座り、両隣にユアンとトキが座っている。プライベートな物として描いて貰ったそれは、皆明るい笑顔だ。

「アールが認めた画家さんで、すごく上手ですごくいい人なんだ」

 アールが見つけた、風真を描いても良いと思える画家。風真の太陽のような笑顔も明るさも、今その場にいるように表現出来ている。
 風真用として部屋に飾っていたノートサイズのこれを姉にプレゼントしてもいいかと問うと、アールは快諾した。むしろ姉君のそばに置いて欲しいと。


「うっ、うえぇっ……」
「姉ちゃんっ?」
「風真が幸せで良かったっ……」

 ぼろぼろと泣く由茉に、テーブルの上にもう一枚あったタオルを渡す。ぽんぽんと背を撫でると、ますます涙は止まらなくなった。

「うぇぇっ……、風真が頼もしくなってるぅ……」
「俺ももう大人だからね。って、あっちでは子供扱いなんだけど」
「ううっ、みんな、風真を大事にしてくれてありがとぉっ」

 感情が昂ぶった時の姉は、自分に似ているかもしれない。風真はいつも皆が世話を焼いてくれる気持ちが何となく分かった。


 しばらくして泣きやんだ由茉は、ぐしぐしとタオルで目元を拭う。

「肖像画……壁掛けサイズとかもあるの?」
「うん。今描いて貰ってるけど、離れの玄関と談話室に飾るんだって」
「歴代王の間とかは……?」
「それはアールが王様になってからだけど……王太子と妃のが、完成したら王族の間に飾られてしまう……」
「そっか。風真はもう、すっかり王族ね」

 時折見せる顔が自分の知らない風真で、寂しさを押し殺して視線を伏せた。そして肖像画を見つめる。

「……ねえ。アクスタと同じ人物なはずなのに、同じに見えない……なにこれ……」

 由茉は何度も目を閉じて開いてを繰り返す。そして三人とジェイのアクリルスタンドを部屋から持ってきた。

「ほんとだ……。なんだろ……頭が違う人間って認識する……」

 もし義兄に見られても、きっとゲームのキャラクターだとは思われない。

「生きてる人間、だものね」
「うん。みんな、俺の生きてる世界の人間だもんね」
「……今更なんだけど、三人とも世界の美しい顔ランキング上位常連って感じ」
「ほんとそれ」
「そこに風真の可愛さエッセンス」
「顔面偏差値の格差がつらい」
「風真も綺麗よ。それにここにいるのは風真じゃなきゃ駄目なんだって、絵から伝わってくるよ」

 そっと額縁を撫でる。この四人でひとつなのだと、そんな感覚だ。ありがと、と風真は頬を緩めた。


「アールたちからもプレゼント預かってきたよ」
「えっ、そんな気遣いまでしてくれて……ふあっ!?」

 風真と同じ驚き方をする。それもそのはず。アールからは、目映い宝石の付いた髪留めとピアスのセットだ。

「まって、まってっ……この宝石、見たことない輝きしてるっ……」
「ルビティアライトっていう宝石なんだって。アールが、滅多に採れない宝石だって言ってたよ」
「異世界の稀少鉱物!!」
「ルビーみたいで、青っぽいキラキラもあって、光りすぎないのにちゃんとキラキラしてて、姉ちゃんに似合うよね」
「風真がユアンみたいなこと言ってるっ……でもありがとうっ」
「姉ちゃんの特徴伝えたら、アールが選んでくれたんだ。すごい真剣に考えてくれて、俺も嬉しかったよ」

 風真を護り育ててくれた偉大な姉君への贈り物だ。そう言って宝石店をいくつも回り、眉間に皺を寄せて選んでいた。外出出来る時間は限られていたが、その中で納得のいくものを見つけたのだ。

「それと、手紙。俺が翻訳したのも一緒に入ってるよ」
「っ……、王太子殿下からの、直筆の手紙を……手に入れた……」

 以前の風真のような事を言って、封筒を恭しく掲げた。

「……なんか、分厚いね」
「うん。アールのだけで二十五枚ある」
「二十五枚」

 だから封筒がA4サイズなのか。由茉はずっしりとした封筒をもう一度掲げてからテーブルの上に置いた。


 次の箱を開け、「ひえっ!!」とまた悲鳴を上げる。
 ユアンからは由茉の特徴を聞いた上での口紅が二色。こちらも装飾に小さな宝石があしらわれ、土台はそれぞれ本物の金とプラチナだ。

「……金と、銀?」
「プラチナだよ。白っぽい方が姉ちゃんには似合うんじゃないかって。俺もそう思うし、この赤紫っぽい宝石にはプラチナの方が合うよね」
「風真が王族になってる!」
「へへ。王妃様に教えて貰って色々勉強してるんだ~」

 王妃様と普通に一緒に過ごしている。姑になる人と仲良くて何よりだが、風真の成長に若干めまいがした。

「……どうしてユアンは私に似合う色を知っているのか」

 由茉自身もプロの診断を受けてようやく理解した色だ。

「姉ちゃんの外見とか雰囲気とか性格伝えたら、これって」
「会ってもないのに大正解。モテるはずだわぁ」

 さすがユアン。この世界でホストをしていたら際限なく貢いでいたかもしれない。由茉は苦笑しながらも、ありがたくプレゼントを見つめてそっとテーブルに置いた。


 トキからは記念硬貨だ。アールが生まれた年と成人した年、立太子した年、そして風真たちの婚約、結婚、合わせて五枚を用意した。

「ツボを押さえていらっしゃる。てか、プレゼント絶対全部高いやつ……」
「姉ちゃん、俺と同じ反応してる」

 由茉は手に持っていた箱を目線の高さまで掲げて崇めた。

 持参出来る価格と、由茉の興味のある事を聞き、三人の中でトキが最初に記念硬貨に決めた。所有しているものならば価格に含まれないかという問いを、システムは肯定した。
 複数枚所有している中でも、風真たちの婚約と結婚時の物は、五十枚購入という恐ろしい数字を聞いた。それでも控えた方だとトキは言う。

 一番高価な物はアールの髪留めだが、「フウマの姉君に贈るものをこの低予算で……」と唸っていた。しかも時間がなくオーダーメイド出来ないことにも悔しげな顔をしていた。それでも、二つで金貨三枚分以上だ。
 そして金貨一枚以上がユアン。コンビニ袋にはとんでもない価格の物を入れてきていた事実に、風真は改めて震えた。


「それと、みんなからも手紙を預かったよ」
「ユアンのはいいにおいするし、トキ様のは絶対意識して選んでくれた異世界っぽい紙だし、……護衛殿からも手紙を貰えるとは予想もしてなかった」

 封筒に見た事のない文字が書かれている。これが異世界文字、とまじまじと見つめた。

「護衛さんは、俺がいる間に読んでほしいって」
「そうなの? じゃあ開けるわね」

 全員分読んで風真に返事を持って帰って貰うつもりだったが、先に護衛の封筒を開ける。しっかりとした筆圧と、きっちりと正確に並んだ文字。だがやはり読めずに、風真の翻訳の紙に目を通した。



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