比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
262 / 270

最終条件

しおりを挟む

 安定の酔い潰れからの、予備の部屋での起床。運んでくれたユアンとトキに礼を言うと、お礼ならこれで、と頭や頬を撫で回された。

 そんな穏やかな朝を迎えて、風真ふうまは昼食まで、自室で各家門を覚え直していた。するとピコンッと音がして、着信ボタンが点滅する。


「風真、おはよー!」
「姉ちゃんおはよう! 今日休み?」
「うん、日曜よ。あの人が出張先から犬の写真送ってきたから、風真どうしてるかなって」
「犬で思い出す~。柴かな」
「風真と言ったら柴でしょ」
「ポメラニアン説もあった」
「あー、あったあった。大型犬って言わないあたり風真ね」

 楽しげに笑う由茉ゆまに、欲張りませんので、と返すといい子いい子と褒められた。


「最近どう? 王太子妃の仕事って忙しい?」
「なんと俺は今、王太子妃としてガーデンパーティーの主催をしています」
「はっ!?」
「悪役令嬢ものの知識がめちゃくちゃ生きてる。平民は普通、貴族のパーティー会場を見たことないのにって言われて気付いた時には、あれこれ提案した後でした」
「はー、アイディアと企画力のずば抜けた天才みたいになったんだ」
「やってしまった。元の世界の知識を引用してるって言っても、俺がすごいみたいになっちゃって……」
「風真なりにアレンジしてるんでしょ? それなら風真の力よ」
「ううっ、姉ちゃん優しいっ」

 王太子妃になっても風真は風真だ。心配にもなるが、風真らしさが失われていなくて由茉は安堵した。

「王子は、いい旦那さんなのね」
「うん……自慢の、夫……、……俺も夫」

 言葉にすると顔が火照ってしまい、どっちも夫だ、とぽそぽそと言って誤魔化した。


 ――条件達成:スキルが使用可能になりました。


「条件? スキル?」
「っ、うそ……」

 ピコンッと電子音がして、通話ボタンの隣にもう一つのボタンが現れる。それと同時に由茉の画面上のNG項目から、とある一文が消えた。

「姉ちゃん?」

 由茉の震える声。自分の画面に変わったところはなく、どうしたのかと風真は緊張した。

「ずっと目の前の画面に、書いてたの……。最終条件をクリアしたら、私の願いを叶えてくれるって……」

 最終条件。今の会話の中の何かが、条件だったのだろうか。

「最終条件は、結婚式かなって予想してた。でも違って、私にも分からなかった。それを風真に相談したかったけど……風真に話したら願いは叶えられないし、もう話す事も出来なくなるって……」
「っ……」

 そんな秘密と不安を抱えていつも通話をしてくれていたと、初めて知った。


「姉ちゃんの、願いって……?」

 声が震える。もしかしたら、同じ願いかもしれない。もしかしたら……。

「風真に、また会いたい」
「っ……」

(帰れ、る……?)

 その願いが叶えられたなら、元の世界に帰れる。今までシステムが嘘をついた事はない。
 由茉の泣き声が聞こえる。本当に、願いが叶えられたのだ。

(じゃあ、この世界には……)

「風真に、会いたいの……」

 泣きじゃくりながら訴える由茉に、心が揺れる。
 両親の代わりに、守ってくれた。惜しみない愛情を注いでくれた。大切な、家族。
 どくどくと心臓の音が酷く大きく聞こえる。姉の願いを、他の誰でもない、自分が叶えないのかと。

(でも、俺は……)

 アールたちを、置いて行けない。
 もう、アールから離れて、生きていけない。

(俺、は……)

 それでも、姉の願いを叶えられるのは自分だけだと心が訴える。
 それでも……。


「泣いちゃって、ごめんね……」
「っ……」

 涙声で笑う由茉に、グッと胸が締め付けられた。

「私の願いは、風真を呼び戻すことじゃないの」
「え……?」
「風真が二つの世界を行き来できるようにして欲しい。……でも、そんなのが叶えて貰えるとは思ってなかった」

 行き来できるように……?

 言葉が理解出来ず、何度も脳内で反芻する。

(二つの世界を……?)

「じゃあ……このボタンって……」
「うん……きっと、そうよ」

 ボタンは、白い家の形をしている。その下には、待機時間ゼロを示す数字が。


 ――スキル:帰省。


 電子音がして、二人のメッセージウィンドウに文字が現れる。

「二つの世界でボタンを押す事により……世界を繋ぐ、通路が現れる……?」
「世界を渡れるのは、神子のみ……」
「滞在時間は、……二十四時間っ!」

 数分ではなく、丸一日、一緒に過ごせる。

「うっ……うえぇっ、姉ちゃんに、会えるっ……」
「風真っ、風真ぁっ」

 二人でぼろぼろと泣きじゃくる。声だけでなく、顔を見て、触れる事が出来る。その奇跡に、しばらく涙は止まらなかった。



 二人が泣き止んだ頃、画面のボタンがくるくると回り、アイコンの下に『帰省』の文字が現れる。だがすぐにまた回り、『一時帰宅』に変わった。


 ――結婚祝いが贈られました。


「んっ? コンビニの袋?」

 どこから出たのか、ヒラヒラと落ちてくる。片面には、この世界に召喚される前にいたコンビニのロゴが入っている。がっつりめの弁当を五、六個入れられるくらいの大きな袋だ。


 ――中に収められた物は、神子と共に世界を渡れます。


「はっ!?」


 ――対象外:危険物、動植物、土、食品、金貨五枚分以上の物品。


「入国審査みたいね……」
「金貨五枚分までなら、金貨そのものとか、宝石とかもいいの?」


 ――可能です。


 それならと風真は思案する。せっかくなら、元の世界でプレゼント出来なかったものを持って行きたかった。
 そこでふと気付く。

「俺がいない間、魔物は?」


 ――魔物の襲撃はありません。


「近付けないでくれるの?」


 ――帰省スキルには、魔物忌避:強 が付帯されます。


「良かったぁ……」

 安堵してベッドに倒れ込んだ。


 由茉と相談し、明後日の朝に帰ることにした。
 今すぐにでも帰りたかったが、今日は夕方からアールと一緒に侯爵家の人たちに会う予定がある。明日は丸一日王太子妃としての予定が。申し訳なさげに伝える風真に、由茉は「しっかり王太子妃してるじゃない」と優しい声で返した。
 それから大事なことをシステムに何度も質問し、二人は通話を終えた。







「帰れる……」

 静まり帰った部屋で、風真はぽつりと呟く。帰れる。本当に。何度も呟くとようやく現実感を帯びてきて、居ても立ってもいられず部屋の扉を開けた。

「神子様?」
「護衛さんっ……俺っ、帰れます!」

 帰れる? 一瞬理解が追い付かず、護衛は風真を見つめる。

「元の世界に帰れるんです!」
「っ……」
「あっ、帰れるんじゃなくてっ、いえ、帰れるんですけどっ」

 護衛の表情が固くなり、風真はハッとして訂正する。だが興奮していて上手く言葉に出来ない。

「どうした?」
「アールっ、俺、帰れるっ……姉ちゃんに会えるっ……」

 昼食に合わせて戻ってきたアールにも、勢いのままに告げてしまった。みるみる青醒めるアールの顔。

「うぁっ、ごめっ……、帰るんじゃなくてっ、俺っ……、一時帰宅っ!」
「一時帰宅、ですか?」

 風真の声を聞き、何事かと駆けつけたトキが問い掛ける。

「はい! あのっ、俺っ」
「フウマさん。一度落ち着きましょうか」
「っ……はい、すみません」

 トキに抱きしめられ、赤子を宥めるように背をトントンと叩かれる。

「私の役目が……」

 ぽつりと寂しげに呟くアールの肩を、ユアンがポンと叩いた。


「すみません、取り乱しました。神様が言うには、一日だけ、元の世界に帰れるんです。二十四時間経ったら戻ってきます」

 落ち着いた風真は、冷静に、端的に説明する。

「……戻って、……」
「来るよっ」
「もしも……」
「大丈夫だよ。神様に何度も確認したから」

 この世界の同じ時間軸に、今まで皆と過ごしてきた時間を失わず、自分のままで帰って来られるか。
 すると、ただのトンネルのように二つの世界が繋がるだけだという回答が返ってきた。

「帰って来れるって確信がなかったら、帰省しようと思わなかったよ」
「帰省、か」

 アールがぽつりと呟く。

「フウマは……姉君に、会えるのか……」

 ぼろ、と空色の瞳から涙が零れる。

「良かった……」

 ぼろぼろと涙を零すアールを、ぎゅっと抱きしめる。そんな風真を、ユアンとトキがそっと抱きしめた。


 アールは涙が止まると、袖でゴシゴシと目元を拭った。風真はその手を離させ、ハンカチ……を持っていない事に気付いて自分の袖でぽんぽんと優しくアールの頬を拭う。

「ユアンさん。丸一日留守にしますけど、その間は結界が一時的に強化されて、魔物が近付かなくなるそうです」
「それはありがたいな」
「その分、気付かれたら盗賊とかが来るかもしれないんですが……。無茶はしないでくださいね」
「大丈夫だよ。俺はフウマの腕の中で死ぬと決め、……ベッドの上でフウマに看取られて老衰、だったな」

 言い直すと、トキが満足げに頷いた。

「こっちは大丈夫だから、ゆっくりしておいで」
「ありがとうございます」

 ふにゃりと笑うと、ユアンに頭を撫でられる。横からトキに頬を撫でられた。

「それで、あっちに持って行く物の相談をしたいんですけど」
「別世界に持参出来るのか?」
「このくらいの袋に入るだけならって神様が。金貨五枚分までの値段ならいいんだって」
「金貨五枚分か……」
「そんな小さな袋に、ね……」

 アールは突然難しい顔をする。見ればユアンとトキも同じように、そして護衛も深刻な顔をしていた。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。 路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。 「――僕を見てほしいんです」 奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。 愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。 金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。

にのまえ
BL
 バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。  オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。  獣人?  ウサギ族?   性別がオメガ?  訳のわからない異世界。  いきなり森に落とされ、さまよった。  はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。  この異世界でオレは。  熊クマ食堂のシンギとマヤ。  調合屋のサロンナばあさん。  公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。  運命の番、フォルテに出会えた。  お読みいただきありがとうございます。  タイトル変更いたしまして。  改稿した物語に変更いたしました。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

処理中です...