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潔白
しおりを挟む「護衛から聞いた。私に後ろ暗い事はない」
「うん、分かってるよ」
疑う余地もなくて、へらりと笑った。
「アールが薬盛られて襲われた可能性は考えちゃったけど、護衛さんが、もしそんな可能性があるならご令嬢は今もう生きてないだろうって」
「優秀な護衛だな」
「わあ、否定しない」
「しないな。お前以外との子など存在を許しはしない」
清々しいほどにきっぱりと言い切る。それも、護衛の言った通りだ。
「堂々として王太子妃の風格があったと、護衛が褒めていた」
「へへ。嬉しい~。あれで良かったのか、えらそうになりすぎてないか、何が正解かまだ分からないんだけど、ね」
身近な王族をしっかりと見て学んでいるが、相手や場面で対応が変わる。護衛が褒めてくれて安堵したものの、令嬢側からの反応が心配でもあった。
「私の子は、男ならば未来の王となる。国の根幹を揺るがすような陰謀を企てる相手に、慈悲など必要ない」
天使のような微笑で、風真の頭を撫でる。
「護衛からは、嘘と決定付ける問いが秀逸だったと聞いた。フウマでなければ許されない問いだったと」
「えっ……」
「私の伴侶としての問いだ。何と言った?」
「え、えーっとぉ……」
さすが護衛。繊細な部分は話していない。情報共有のために風真の口から話すべき内容だと判断したところもさすがだ。
風真はどう言うべきかと迷いに迷い、結局会話の一部始終を洗いざらい話した。
「くっ……、ふ、ははっ……」
「わあ、初めての大爆笑~」
「すまない、っ……ふっ」
「もう好きなだけ笑ってくれ~」
そう言うと、アールは風真を抱きしめてひとしきり笑った。
(笑うアールとかレアだけど、違う状況で笑ってほしかったぁ)
サイズの誤解で機嫌を損ねなくて良かったが、出来れば最初の大爆笑は、下の話以外でさせたかった。
「異性に対して猥雑な印象を与えない純粋無垢なフウマだからこそ許された問いだな。真面目な顔で言われれば、羞恥を感じる自分が卑猥なのかと錯覚する。他の者が問えば令嬢はわざと悲鳴を上げていただろう。王太子と妃の間に付け入る隙はないと示す事も出来たのだから、完璧だ」
笑い終わり、目元にうっすらと涙を浮かべたままでアールはそう言った。
「フウマの清廉な中に漂う色気が、異性に通じなくて良かった」
「この世界でも男扱いされないのつらぁ。でもアールいるのに、今更モテても困るもんな」
俺にはアールだけだし、とぎゅっぎゅっとアールの手を握った。
「私もフウマ以外に好意を寄せられても困る」
風真を抱きしめ、額にキスをした。
「以前、たまには女を抱いてはどうかと言われ、その者の思考回路を理解するために考えた事がある」
風呂上がりのふわふわの黒髪を撫でながら、ぽつりと零す。
「たまには……という意味が、私には理解出来なかった。私はフウマが愛しいから抱きたい。フウマが愛しいと示すために抱いている。フウマ以外を抱く意味が、私には少しも理解出来なかった」
柔らかな声で言い切り、じわじわと赤くなる風真の頬に愛しげに触れた。
「フウマに出逢えなければ、誰かを抱きたいと思う気持ちを、一生知らないままだったのだろうな」
ふっと笑みを浮かべ、両手で頬を包み込んだ。
風真はその手の上から手を重ね、ふにゃりと笑う。
「そんなこと言われたら、甘やかしたくなっちゃうな」
「甘やかしてくれ。私をベッドの上で甘やかせるのはフウマだけだ」
「ベッド強調してきた~。それならなおさら、俺だけだな」
アールの背をポンポンと叩き、促すように引っ張ってベッドに押し倒す。
「私は潔白だと、別の角度からも証明したのだが伝わったか?」
「うん、伝わったよ」
「もう一つ付け加えるならば、フウマ以上に元気に鳴く者はこの世に存在しない」
「ンッ、元気さでは負けないっ……」
「今日も元気に鳴いてくれるか?」
頬を撫でられ、風真はにやりと意地悪な笑みを作る。
「それは、アール次第かなぁ」
挑発する表情と台詞に応えるように、アールも口の端を上げ、風真の頭を引き寄せた。
・
・
・
行為後の心地よい気怠さの中、アールは風真の髪を指先で摘みながら、口を開く。
「三十分ほど、夢現の状態があったのは確かだ」
「んっ?」
「伯爵領までそう遠くない。馬車で移動する時間が勿体なく、馬にしたからな。疲労もあって落馬しては洒落にならないと、用意された控え室で仮眠を取っていた」
昼までの仕事も疲労の溜まるもので、夜会の人混みにも疲れていたのだ。
「……その時に、令嬢がアールに近付いたってこと?」
「私もその可能性を考えたが、当日は護衛の一人が室内にいた。扉の外に置いていた護衛を見て、室内は私一人だと思い込んだのだろう」
三十分仮眠を取るから誰も通すなと、外の護衛に告げた事もきっと聞かれていた。
「そもそも私は、人が近付けば目が覚める」
この部屋で風真といる時と、ユアンとトキのいる場所で泥酔をした時以外は、だが。
「その日は、護衛騎士の一人が高熱で帰宅していた。代わりに室内にいた護衛は、第一部隊の副隊長だった」
「あっ、じゃあ絶対アールから目を離してないっ」
「ああ。仮眠の間もずっと視線を感じていた。真面目が服を着て歩いているような男だな」
「そうなんだよ。信頼感がすごい」
何度か王宮内で護衛をして貰った時も、一言も発さずに周囲を警戒していた。それも、風真から一度も目を離さずに。とてつもなく視野の広い人物でもある。
「それなら、アールのいた部屋に忍び込んで状況証拠を残すとかも出来ないよな」
「ああ。仮眠していたという情報のみを証拠として、今回の事を起こすとは思えない。あまりに滑稽だ」
それには風真も同意だ。
「護衛が言うように、フウマを動揺させ、王太子妃としては人格が問われるとして罠に嵌めようとした可能性はある」
「うん……」
「だが、フウマの人格は国母に相応しいと、騎士と衛兵の全てが、王宮勤めの貴族たちは七割が、揺るぎなく信じている」
後の一割は、娘を王太子の妃にしようと目論む者、二割は風真と直接対話した事がない者だとアールは言った。
(俺が認められたのは、伴侶がアールだからってとこが大きいんだよな……)
アールが世紀の天才で、欠点といえば威厳と威圧感があり過ぎるところ。平民の気持ちや生活をまだ充分には理解出来ていないところだ。
だからこそ風真は、頭脳はそこそこでも許された。平民出身で、愛嬌があり人の心に寄り添える、アールの威圧感も和らげる存在として受け入れられた。
(俺だけの力で、認めて貰えるようにならなきゃな)
神子としての力を認めて貰えたように、王太子妃としても。
「フウマが私の執務室で仕事をするようになり、大臣たちがフウマをどう呼んでいるか知っているか?」
「っ、なにそれ知らないっ」
突然の話題に、血の気が引く。今は悪い想像しか出来なかった。
「フウマは、戦地に咲く一輪の花だそうだ」
「……へっ?」
「雰囲気が和らぎ、発言がしやすくなったと廊下で話していた。一生懸命に仕事をする姿にやる気を貰えた、いない時は落胆する、ともな」
「そ……えっ、……嬉しい」
悪い意見どころか、予想もしない嬉しい言葉ばかりだ。
「フウマの頑張りを、皆がその目で見て、認めている」
アールの手が、褒めるように風真の頬を撫でる。
「私とフウマは、互いの欠点を補い合える貴重な存在だ。フウマは一人一人に目を向け、自分事として自然に寄り添える。フウマの笑顔は、人々を幸せにする。私には出来ない事だ。あまり焦って、自分の良さを見失わないでくれ」
穏やかな声。優しい指先。
心の内を見透かされ、同時に溶かされていく。
「うん……。ごめん、俺、自分一人で認めて貰わなきゃって焦ってた。認めてもらうのに、助けを借りてもいいんだよな……」
「当然だ。私が王太子として認められたのも、フウマの助けがあってこそだ。今度は、私がフウマを支える番だな」
ふっと微笑み、額に口付けた。
「王族であろうと、私たちは伴侶だ。そうだろう?」
「っ、うんっ、伴侶だもんなっ」
そう返してから、じわじわと頬を赤くする。未だに照れる風真に、ふっと愛しげに瞳を細めた。
「伴侶である私の妃が機転を利かせて令嬢に外出禁止を命じてくれたおかげで、伯爵共々王都に足留めする事が出来た。解決まで二日も掛からないだろう」
「んっ!? 早くないっ?」
「子供の父親を第一部隊が調査している間に、ユアンが伯爵の元に直接出向くと言っていたからな」
「あっ、なんか出来そう……」
ユアンなら単身でも即解決出来そうだ。
「今回の件に関して、ユアンもトキも激怒している」
トキは既に投獄の準備を終えたと言っていたが、風真に伝えるのは投獄してからにしようと三人で相談していた。
「国と軍事と司法のトップに喧嘩を売って、何故上手くいくと思ったのか……理解出来ないな」
(それは俺も思う……)
改めて、神子の使いの人選すごいな、としみじみと思った。
「真面目な話をしたら、抱きたくなった」
「んっ!?」
「もう一度だけ、いいか?」
「いいけど、突然だなぁ」
「そうでもない。話している間ずっと、フウマの体力を考えていた」
「もしかして、体力回復するか見てた感じ?」
「……ああ」
「労ってくれてありがとな。いっぱいしよ」
体力はまだ平気だとクスリと笑い、アールの背に腕を回した。
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