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動じない心2

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 パタリと閉じる扉。護衛が風真ふうまの傍に歩み寄る。

「……本当にお腹ふっくらしてましたし、子供に罪はないので……転ばないようにしてね、元気な子が産まれて欲しいなって、本当に思ったんですが」
「暗殺者を送られると思われたのではと」
「ですよね……」
「王太子殿下のご伴侶に相応しい、大変素晴らしいご対応でした」
「褒められてるのに複雑です……」

 アールは、国の害なる言動をする相手には冷酷だ。それはもう、昔のように冷たく切り捨てる。最近では笑顔でそれをする。つまり、笑顔が逆に怖いということだ。


「俺はアールを信じてますし、感情論以外でも、あのご令嬢の反応は嘘言ってるなって判断しました。護衛さんはどう思いました?」
「私も同意見です」
「ですか……ですよね……。俺、簡単に騙せそうって思われてるんですよね……」

 王太子妃として頑張っているが、まだまだ足りないのだと思い知らされた。
 肩を落とす風真に、護衛は何事かを思案する。

「あの者は挑発するような言動でしたので、神子様が声を荒げれば、暴言を吐かれたと訴え、立ち上がれば悲鳴を上げて暴力を振るわれたと訴える腹積もりだったのではと」
「う、うわぁ……」
「よくぞ冷静に対処なされました。さすが神子様です」
「ありがとうございます……。冷静になれて良かったです……」

 罠は別のところに張られていた。今頃ヒヤリとした。


「真相はこれから調査しますが、衛兵を呼ぶ手を考えていたのでしたら、あの者単独の行動か、もしくは父親である伯爵の関与が濃厚と私は考えます」
「父親……確か、王都にタウンハウスを置いてない地方領主でしたよね」

 披露宴の日に、親族である子爵と一緒に挨拶に来たのを覚えている。タウンハウスを置いていないのは、王家から与えられた領地を必ず守るという強い意思だと言っていた。
 記憶を手繰り寄せる風真に、「さすが神子様です」と護衛は目を細めた。

(伯爵か……。あれが嘘だとしたら、悲しいな……)

 もし、娘を王太子の側室にしたいという野心があったとしても、領地を守るという言葉は嘘であって欲しくない。
 下を向きかけて、風真はグッと顔を上げた。


「えっと、理由を聞いてもいいですか?」
「伯爵は、王都の社交界にほぼ顔を出しておりません。王宮内全ての騎士と衛兵が神子様に忠誠を誓っている事を、知らないのでしょう」
「あっ、あー……」

 畏れ多い事だが、納得してしまった。
 元々、第一部隊の騎士づてに王宮内に噂は届いていた。その噂は街にも伝わり、騎士団に志願した者が大勢いるくらいだ。

 それを噂だけでなく目の当たりにさせるため、ユアンの提案で、第二、第三部隊の騎士たちにも神子の討伐の様子を見学させた。
 久々に襲ってきたのは、ワイバーン。火を吐き、毒を吐き、結界がそれを防いだところでユアンは浄化の許可を出した。
 魔物を浄化した後に、心配だったので結界も強化した。北は忌避効果が付帯されないため、ついでに全体を覆っておこうと。

(魔物久々だし、力余ってるかもって強化しすぎたんだよな)

 光が天まで広がり、ワイバーンを前にして腰を抜かしていた騎士たちも、その光に魅入っていた。
 フラついた風真はユアンに支えられ、「(調子に乗りました)すみません……」と眉を下げて謝ったところ、騎士相手にも謙虚な神子様! いつも倒れるまで力を使って我らを護ってくださっている! と良い方に誤解、ともいえない誤解をされて忠誠を誓われたのだ。


 その話が、衛兵にも伝わった。
 だがその前に衛兵には、アールとの初めての夜の日に、お見苦しい声を聞かせてごめんねの意味で慰謝料を送っていた。表向きは、大切な日にしっかりと警備をした褒賞金として。

 更には王宮内でも、衛兵と擦れ違う際には感謝を込めて笑顔を向けるようにしている。
 下の者には極力頭を下げないように、気軽に声をかけないように、とトキにも王妃にも何度も注意され、理由を理解したうえで考え出した行動だ。

 その結果、王太子妃に認識されることで仕事に対しての責任感が出た。
 更にはアールに堂々とした威厳がある分、親しみやすい王太子妃は衛兵たちの間で人気となった。もし何かあったら守らなければという、庇護欲もしっかりと擽って。

 ……と、平和な話題は社交界では面白味に欠けるため、地方まで届くことなく消えてしまった。


「神子様が暴力は勿論、暴言を吐くなど決してないと、皆が理解しています」
「へへ、嬉しいです」

 人柄を信じて貰えて、ふにゃりと心からの笑みを浮かべる。

「あの者が殿下の御子だなどと吹聴しようと、信じる者は……、……殿下への不信感を抱く者が現れる懸念は、ありますが」
「一大事!!」
「女に誘われれば男は過ちを犯す、と考える男もいますので」
「……俺も男なので、理解だけは出来ます」

 風真は難しい顔をして両手で顔を覆った。
 アールと恋人になる前、ユアンとトキから与えられる快楽に散々流された。もし今も貞操観念が瀕死で、判断力の極端に鈍った状態でどちらかに快楽を与えられたら、流されてしまうかもしれない。


「判断力か……」

(アール、薬を盛られて襲われた可能性は、考えられるよな……)

「有り得ません」
「っ……」
「殿下の外出時には常に護衛騎士が二名控えております。彼らの目を盗み二人きりになるなど不可能です」
「です、よね……。それでもなんだか、あれだけ自信があれば何か」
「あの者の訴える可能性があるとすれば、既に生きてはいないかと」
「えっ」
「殿下が、神子様のお子以外の存在を許すはずがありません」
「そっ、…………否定出来なくてしんどいです」

 アールならやりかねない。いや、そもそもの法でも、王太子に薬を盛ったり襲った時点で投獄か処刑だ。


「あの者は、王太子妃殿下に虚偽を語り、心的外傷を与え、執務中の貴重な時間を奪い、更には王太子殿下の尊厳を傷付けました。処罰は、私に一任していただいてもよろしいでしょうか」
「えっ、駄目ですよっ?」
「速やかに処理いたします」
「駄目ですよっ、あんなことした理由があるかもですし、法に則った処罰でお願いしますっ」
「……調査が終わり次第、罪に相応しい罰を与えます」
「っ……、法に則った処罰を、お願いします」

 護衛はお辞儀をするが、言い方からしてどうにも怪しい。

「……俺のせいで人が死ぬのは、駄目なので」
「……法に則った処罰を致します」

 風真の言葉の意味は、胸が痛いほどに理解している。だが、そう言葉を変える護衛の顔が不服と訴えていた。
 慕ってくれるのは嬉しいものの、やり過ぎはいけない。風真は眉を下げ、お願いします、と笑ってみせた。

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