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文字
しおりを挟む「フウマさん、原因が分かりましたよ」
旅行から戻り、最初の授業の日。王妃は清々しい表情で用紙を風真の前に広げた。
「赤丸を付けた箇所は、フウマさんの世界の文字ではないかしら?」
「えっ!」
バッと紙を持ち上げる。目を凝らしてじっくり見ると、じわじわと文字が変化して。
(と……で、も、そ、れ、と……)
「んあーっ、日本語ー!!」
他にも接続詞が軒並み日本語だ。走り書きのメモ部分は、丸々三行日本語のところもあった。
「すみません……俺には、どれも読める文字なので……」
まさかこんな落とし穴があるとは。項垂れると、同行していたアールが紙を覗き込む。
「私の名はどう書く?」
「えっ? えっと、アール・フォン・サフィール」
紙の端にカタカナで書く。するとアールは「これがにほんごの、私の名か」と嬉しそうに文字を見つめた。
「この線は?」
「音を伸ばす時に使うんだ。これが、あ。伸ばして。る」
説明すると、今度は王妃が紙を覗き込む。
「便利ね……。この国では、どちらの文字を使用するか迷う時があるもの」
英字で言う、RやLの違いだ。
「フウマ」
「ん?」
「字が個性的だと言って、すまなかった」
「えっ、いいよっ、……この世界の文字も、正直汚いし……」
文字が読めて書けても、綺麗に補正がかかるわけではない。そのあたりはシビアだった。トキから貰ったペンでかなり綺麗になったものの、まだまだ努力が必要だ。
「しかし、興味深い文字だな。この世界と違い、文字の系統が統一されていない」
画数の差もこの世界では有り得ないほど大きく、形も傾きもバラバラだ。
「俺の国には、ひらがなとカタカナと漢字って言う三つの文字があって、組み合わせて使うんだ」
「三つ、だと?」
「うん。例えば……今日の朝食はオムレツでした。これが漢字、ひらがな、カタカナだよ」
「そうか……こう分ければ、それぞれで統一感はあるな」
「別の国の、英語っていう文字が混ざる時もあるよ。この国の文字に少し似てるかな」
ハッピーバースデー、と思いついた文字をアルファベットで書く。アールはそれを見るなり、理解出来ないとばかりに眉間に皺を寄せた。
「それほど複雑な文字を操れているのに、何故……」
「スペルミスは注意力不足です! ごめんな!」
サッと紙を裏向きに伏せた。
「でも、日本語かぁ……。めちゃくちゃ集中したら混ざらなくなるかな……」
この世界の文字を書くんだ、と意識すれば出来るだろうか。パソコンのように変換ボタンで簡単に変えられればいいのに。
はあ、と溜め息をつくと、いつの間にか王妃が何かを持っていた。
「フウマさん。ここにフウマさんの世界の文字で、お名前を書いてくださる?」
「はい。……ん? 名前ですか?」
「母上。最初は私が」
「もう、仕方ないわね」
二人はそんな遣り取りをする。風真は首を傾げたものの、渡された少し固めの紙を見つめた。
(日本語を書きます~)
これで上手くいけばと、宣言する。
「早川風真、っと」
書き終えてジッと見ると、きちんと日本語として認識出来た。
「ここに、アールへ、と書いてあげて?」
「はい。……えっ、これって、芸能人が書くやつっ……」
少し考え、大好きなアールへ、と書いた。その隣に、愛してる、と言葉に出来ない想いを書き足す。
「これは何と読む?」
「内緒~」
「そうか。私への愛の言葉か」
「ふあっ!?」
変な反応をしたことで肯定してしまった。悔しがって良いのか恥ずかしがって良いのか複雑な顔をすると、王妃がスッと別の紙を風真の前に置いた。
もう一度名前を書き、隣にメッセージを添える。
「私には何と書いてくれたの?」
「優しくてきれいな王妃様へ、大好きです、と書きました」
「あらっ嬉しいわっ。私もフウマさんが大好きよ。家宝にしなくちゃ~」
王妃は紙を持ち上げる……かと思いきや、風真の頬を両手で包み、子犬のように撫で回した。
(たぶん俺の犬力300くらいになってる~)
猫力も追加されたかも、とユアンとトキの事を思い出しながら愛でられるままになる。
そんな中、アールは二つの色紙を見比べ、そっと口の端を上げた。
同じ文字の形。それなら、大好きなアールへ、と書かれているのだろう。その隣はきっと、……愛している。
「私も、愛している」
風真に聞こえないよう紡ぎ、紙をそっと撫でる。
例え母に愛でられていようと、風真が愛しているのは自分だけだと思えば嫉妬心も抑えられるというもの。
「フウマ。来い」
「っ、そんな犬みたいなっ」
と言いながら王妃にお辞儀をして、アールが中途半端に広げた手の上に顎を乗せた。
「あらあら、可愛い嫉妬ね」
王妃に撫でられた場所を撫で回すアールに、くすくすと楽しげに笑う。
アールも風真を撫でながら、満足げに口の端を上げた。嫉妬心が抑えられても、嫉妬していないとは言っていない。
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