比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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小旅行2

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「今夜の宿は、あれにした」

 指さした先には、宝石のように輝く星々。その手前に小さく、丸太を組んだ建物が見えた。

「あれはっ……ハ●ジの家っ……」
「ハ●ジ……?」

 咄嗟に口を突いて出てしまい、ハッとする。この世界では通じない。

「アニメの、ええっと……ほぼ全国民が知ってる感動的な物語に出てくる主人公が住んでる山小屋で、なんていうか……憧れのログハウス……って通じるのかな……」

 どう言えば通じるだろう。ウンウン唸っていると、アールは宿に視線を向け、思案した。

「明日はこの周辺で一番良い宿を予約しているが、ここに連泊にも変更出来るぞ」
「んっ、ん~~…………一番いい宿も、気になる……」
「ならばここは、次に来る時に連泊しよう」
「うんっ。ワガママ言ってごめんな?」
「次の約束を取り付けられたのだから、私は嬉しい」
「ンッ、……イケメンが過ぎる……………………好き」
「お前は本当に、愛しいな」

 呻いてじわじわと顔を俯け、きゅっと服を握り好きだと言う。そんな可愛い事をされてはたまらない。髪に口付けただけでパッと頬を染め、イケメンが大渋滞、とぽそぽそと呟いた。


「このままでは互いの顔ばかり見てしまうな」

 ふっと微笑み、空を見上げる。だな、と風真ふうまも笑って視線を上に向けた。

「こんな綺麗な星空二人じめ、贅沢だなぁ」

 ゴロンと寝転がると、アールも迷いなく仰向けになった。

「これは……素晴らしいな」

 やはり風真のする事に間違いはない。感嘆の溜め息をつく。

「星空の中にいるようだ」
「うん。目の前いっぱいで……星が降ってきそう」

 この空の先が、自分のいた国に続いていれば。いつかアールに零してしまった弱音。そうであればと願う気持ちは、今も消えない。
 だがそれは、この世界と続いていれば。元の世界に帰るなど、もう少しも考えられない。


 星明かりの下で光を散らす金の髪と、淡く輝く白い肌。溶けて消えてしまいそうで、ぎゅっと手を握った。

「綺麗、だな」
「ああ」
「アールが、綺麗だ」
「っ……」

 ゆるゆると空色の瞳がこちらに向けられる。視線が重なると、ぶわっと白い肌が耳まで染まった。

「不意打ちはやめてくれ……」
「へへ。可愛いアールも綺麗だよ」
「どっちだ」
「可愛くて、綺麗」

 手を伸ばし、髪に触れる。頬を撫でるとどうして良いか分からないとばかりに長い睫毛が伏せられた。

(愛しい、な……)

 こんなにも愛しい存在を、手放せるはずがない。

(ずっと、俺だけのアールでいて……)

 言葉に出来ない願いを、そっと星に願う。アールの傍に居続けるには、アールを善い王にするには、これから先きっとずっと言葉にしてはいけない、その願いを。





 ログハウスに入る前から風真は目をキラキラと輝かせ、入ってからは嬉しそうにキョロキョロとしていた。

 小さな宿は貸し切りで、宿を営む老夫婦が作る素朴な家庭料理にホッとして、つい涙が零れそうになった。
 美味しい美味しいと嬉しそうに食べる風真を気に入った老夫婦は、おかわりも、あれもこれもと勧め、食事を終えた頃には風真の腹はぽっこりとしていた。それをアールが撫でたそうにウズウズしていた事に、護衛たちだけは気付いていたが声に出す事はなかった。


 夜には老夫婦は裏の自宅へ戻り、護衛たちは下の階の部屋に。風真とアールは二階の屋根裏風の部屋に移動する。
 木で作られた建物。壁。そこに空いた小さな窓から見える星空が、絵画のようで。

「私が引退したら、しばらく別荘で暮らすのはどうだろうか」
「ん……こういうとこの、別荘?」
「ああ。二人きりで、何をするでもなく」
「一緒に星を見て、ご飯食べて、ゴロゴロして……あ、俺、野菜作ってみたい」
「それも良いな。作った物を、フウマと一緒に料理したい」
「それいいなぁ、楽しみ」

 新婚みたい、とへらりと笑う。こうして何気ないところで風真の世界の文化を感じられ、アールは愛しげに瞳を細めた。
 遠い未来を、夢を語るのは、今でも少し不思議な気分だ。だがそれを愛しいと感じる事は、風真が教えてくれた。

「それまでに、私がいなくとも攻め込まれない国にしなければな」
「だよな。平和で、国中の人がいっぱいご飯食べて暮らせるように、俺も頑張るよ」

 授業を受けながら考えた事は、輸入で他国との関係を維持しながらも、自給率は増やしていくこと。痩せた土地でも育つ植物を探すこと。今の豊かさを維持しつつ、万が一の場合にも人々の栄養が損なわれることないように備えたい。
 それもアールと国王で叶えてしまえそうだが、自分にも出来る事がある限り頑張りたかった。



 翌日。
 街を回り、食も景色も買い物も楽しんだ二人は、日暮れ前に宿に入った。
 一番良い宿は、風真の想像を超えていた。もはやちょっとした城だ。
 普段から王宮に出入りしているというのに、風真は緊張した面持ちでロビーを通り、部屋に案内され二人きりになるまで、ガチガチになっていた。王太子妃教育の賜物で、微笑みだけは常にたたえていたが。

「部屋の向こうに部屋でその向こうに部屋で……」
「ここが寝室でここがバスルームだ」
「バスルームひっろぉ……」
「色々と出来るな」
「何する気だよ、って訊くのがこわい」
「何をされたい?」
「こらこら、まだ着いたばっかだからな」

 腰に回る手をぺちぺちと叩き、バスルームを出る。


「まずは、部屋とこの宿の探検をしたいです」
「ふ、探険か。楽しそうだ」
「目立たない服に着替えて、……駄目だ、布被らないと目立つ……」
「ああ。フウマは視線を集めて困る」
「アールだよ、アールがキラッキラに輝いて目立つんだよ……」

 昨日より眩しい。きっと明日はもっと眩しい。

「フウマの愛情の賜物だな」
「ンンッ、私が育てました……じゃなくて、顔と台詞がぴったりでつらい……」

 生産者の声が漏れてしまうが、アールは嬉しそうに微笑む。

「私は、フウマ好みに育っただろうか」
「育ちましたよっ、てかどんなアールでも好……」
「続きは、言ってくれないのか?」
「ううっ……もうやだ、すきぃ……」

 めそ、と涙が出てくるほど眩しい。胸が苦しい。好きなのが顔だけならこうはならないのに。

「昨日のあのロケーションでも大丈夫だったのにぃ……」

 アールから離れて荷物を漁り、街で使用したマントを取り出す。

「昨日よりも私を好きになってくれているのなら、嬉しいな」
「ンッ、ううっ……」

 アールに渡そうとした布を被り、その場に蹲る。だがすぐに立ち上がった。


「宿の探検してくるっ」

 そう言って走り出す風真を、アールは難なく捕まえる。

「婚約者を置いて行くなど、酷い男だ」
「ひっ……、耳元でしゃべるな~っ!」
「布越しでは聞こえないだろう?」
「ひゃっ、聞こえるからっ」

 腰に回る腕を掴みジタバタと暴れるが、背後からがっちりと捕獲されていて逃げられない。

「ではこのまま行くか」
「はっ? 待て待てっ、王太子丸出しは目立つ~!」
「お前が隠れていれば問題ない」
「俺よりキラッキラなアールなっ!」

 そこでノックの音が響き、風真はビクリと跳ねた。

「入れ」
「!?」

 この状態で許可するとは思わず、慌ててアールを見る。

(あっ、いや、護衛さん……じゃなかった!)

 ウェルカムドリンクと軽いデザートを運んできた店員は、二人を見るなり目を見開いた。
 だがさすが高級店の店員。笑顔で入室許可を求め、テーブルに料理を並べてグラスにシャンパンを注ぎ、自然な動作で部屋を出て行った。


「隠れていて良かった。その顔を見られたら、惚れさせていたな」
「それはないけど、変な婚約者と思われたんじゃ……」

 宿の者には王太子とその婚約者が宿泊していると伝わっているはず。それなのに部屋で布を被り羽交い締めにされている婚約者とは。

「安心しろ。高確率で情事の最中と思われている」
「ふあ!?」
「部屋の中で婚約者だけが布を被せられていれば、その下は半裸か裸だ」
「んっ、うあ~~っ……てか、そう思わせたのアールだよなっ!?」

 布の上から頭にキスをされたり、腹を撫でたりされた。相手が情事の最中だと思うように仕向けたのだ。

「ああ。私が部屋に入るなりフウマを抱くほどに寵愛している、フウマは私のものだと、この街に牽制した」
「規模~~!」
「ケーキと焼き菓子か。どれも小さくて食べやすそうだな。食べ終えてから探検しよう」
「この心理状態ですけどっ……」

 ソファに座らされ、両手で顔を覆う。


「だがこれで、私を狙っても無駄だとこの地域にも伝わるだろう」

 人前であえて風真を愛でたのも、周囲に話して欲しいという意思表示だ。優秀な者ならその通りにする。
 高い宿には裕福な家の者が多く働いている。そこから貴族に噂が伝わるのにそう時間は掛からないだろう。

「お前は、王太子は自分のものだと胸を張っていれば良い」
「……そんな考えがあったんだ。怒ってごめんな」
「かまわない。半分以上は、フウマとの仲を見せつけたかったという私情だ」

 ふっと笑み、マカロンを摘んで風真の口元に近付けた。


 食べ終えてからは、広い宿の中を見て回った。
 二人で布を被っていれば王太子と婚約者だと言っているようなものだが、顔が見えないだけでもありがたい。
 風真は周囲の視線を気にせずに広い空間や調度品を眺め、アールはそんな風真を優しい瞳で見つめていた。

 手を繋ぎ、時には寄り添い、楽しげに歩く二人を、人々はそっと見守る。
 声を掛けて二人の雰囲気を壊したくない。そう思うほどに、優しい空気が二人を包んでいた。

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