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小旅行
しおりを挟むそれから数ヶ月――。
結界を強化し、魔物を討伐し、王太子妃教育を受け、騎士たちと鍛錬をして、定例飲み会やお茶会、ケイとジェイとの食事会……学んで遊んで、忙しくも充実した日々を過ごしていた。
アールの予想通り、ダンスはすぐに上達した。もう、ちょっとした夜会で披露出来るほどだという。
予算立てや帳簿の付け方は方法だけは覚えたものの、計算には唸り、金銭感覚はまだまだズレがある。
王妃は王宮内の装飾品を見せ、働く者たちの姿を見せ、基本的な金額や給金を教えていった。
風真は命令口調で話そうとするとどうしてもぎこちなくなるため、下の者と話す時も敬語のままで進める事にした。
代わりに、背筋を伸ばし、口元には常に微笑みをたたえ、真っ直ぐに相手を見据えることで威厳を出す方法を取ることにした。王妃がヒントを得ようと護衛に情報を求めたところ、以前に風真が大臣たちを咎めた際にそうだったと聞いたのだ。
元々度胸はある。人懐っこさを抑える事さえ出来れば、相手に軽んじられる事はないだろう。
文字に関しては、トキから貰ったペンで一部は綺麗になったのだが、王妃は未だに頭を悩ませている。
スペルミスは減った。だが、どうしても途中で読めないほどに崩れた……いや、個性的な文字がある。
「お勉強は、一度お休みにしましょう。旅行に行ってらっしゃい」
王妃はにっこりと笑った。
「っ……。……はい。お気遣いありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる風真はしょんぼりしていた。
王妃としての仕事もあるのに、週に何度も付きっきりで講師をしてくれた。それなのに、不出来な生徒で申し訳ない。
そんな風真の心中を察し、本当にいい子、と王妃は頬を緩める。
「フウマさんは、どのような時でも熱心に取り組んでくださる、教え甲斐のある生徒さんだわ」
先生として慕ってくれる素直な風真に、いつの間にか王妃も呼び方が変わっていた。そんな生徒を叱るはずもない。
「この短期間でとても上達しました。旅行は、ご褒美ですよ」
「! ありがとうございます!」
ご褒美、とパッと笑顔になる。
「アールが、あなたを連れて行きたい場所があるそうなの。婚前旅行に行ってらっし
ゃい」
「こんっ、ぜん……」
今度はじわじわと赤くなる。人前での感情の制御方法は学んでも、親しい者の前では素直なまま。二人の間にテーブルがなければ、王妃の手は風真の頭を撫でていた。
・
・
・
「ここだ」
数日後。アールに案内されたのは、小高い丘の上だった。
王宮から馬でゆっくりと数十分駆けた場所。
「わっ、いい景色~っ」
眼下に街が広がり、風真は目を輝かせた。
塔より高い場所から見る街は圧巻。心地よい風が頬を撫で、全身でこの世界を感じられた。
「フウマと初めて出掛けた日から、ずっとここに連れて来たかった」
隣に立ち、そっと手を握る。
「この場所で共に夕日と星を見る約束を、ようやく叶えられる」
愛しげに目を細め、目の前の景色を見つめた。
(綺麗、だな……)
街が、アールが、とても綺麗だ。
何度でも目を奪われる。
約束、守ってくれてありがとう。
こんないい場所に連れてきてくれて、ありがとう。
一緒に見られて嬉しいよ。
次々に込み上げる想い。その全てを言葉にしたくて。
「……俺、アールが見せてくれたこの景色、一生忘れないよ」
ぎゅっと手を握り、アールを見上げた。
「私も、この景色と……フウマのその顔を、一生忘れない」
頬を撫で、真っ直ぐに見つめる。
艶やかな黒の瞳を潤ませ、嬉しい、愛しい、と言葉以上に伝えてくる。想いに答えるように、そっと瞼へと唇を触れさせた。
眼下の街でただ楽しく過ごしたあの時は、こんな日がくるとは思いもしなかった。視界に移るこの景色を、そこに暮らす人々の命を、共に守っていく伴侶になるとは。
「問うまでもないだろうが……」
陽が落ち、紫の混ざる空に星がひとつ輝いた頃、アールはぽつりと言葉を零した。
「半年後には、結婚式だ。迷いはないか?」
「うん、もちろん。アールは、ない?」
「ああ。私も迷いなどない。お前を好きだと気付いたあの日から……」
そこで言葉を切る。
「……すまない。お前をこの国に縛り付けて良いものかと、婚約後からしばしば考えるようになった」
ぽつりと紡がれ言葉に、風真は目を瞬かせた。
「いいに決まってるじゃん。出てけって言われても居着いてやるからな」
アールの不安を一蹴するように、明るく笑う。
「それにさ、元々俺はアールの神子だし。ずっとアールのそばにいるよ。ロイさんと初めて話した時から、アールが国外追放されてもついてくって言ってたんだし」
「……そうか」
ふっと笑みを見せ、風真の両手を握った。
「いつ、ロイと話した?」
「へっ?」
「ロイが追放などと言うなら、まだ召喚されたばかりの頃だろうな」
「え、えーっとー……」
(あれ? 逃げられないな?)
両手をしっかりと掴まれているのは捕獲だった。そしてアールは過去に対して嫉妬している。
「まあ良い。ロイよりも、あの頃の私を選んだのか。お前は本当に……変わり者だな」
「言い方な~っ」
「冗談だ」
例えあの頃から自分が変わらなくとも、国外追放されたとしても、風真は本当についてきてくれたのだろう。
全てに見放されても傍にいてくれる人がいる。それは、何という幸福だろうか。
「フウマ。……私を好きになってくれて、ありがとう」
「っ……、うん、俺も、好きになってくれてありがとな」
その言葉に、たくさんの気持ちが込められている。互いの想いを感じ、これからも共に生きていくのだと、繋いだ手をしっかりと握りしめた。
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