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皆さんご存知の

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「……」
「えっと、みなさんご存知の、アール殿下です!」
「……邪魔をする」
「こういう場は初めてですが、仲良くしてください!」
「全部フウマが言ってるね」
「ハッ、ほんとですねっ。アールも何か言う?」

 話を振られたアールは、風真ふうまを見て、皆の方を見て。

「…………私の事は気にせず、普段通りに楽しんでくれ」
「今日は無礼講ですので、緊張なさらず楽しんでくださいね」
「トキも通訳かぁ」

 ユアンは苦笑する。頼もしいが、アールがお世話される子供のようで部下たちも戸惑っていた。


「ではっ、今日は俺が乾杯の挨拶をしますっ」

 風真は木のジョッキを手に取り、コホンと咳払いをする。

「アールとの初めての飲み会を祝して~~、かんぱーい!!」
「かっ、かんぱーい!」
「乾杯~!!」
「……乾杯」

 ワイングラスを掲げて小さく乾杯をするアールに、風真はグッと胸を押さえた。初めての飲み会で戸惑うアールが可愛い。しっかりお世話をしてあげなければ。

「まずは~、これとこれ、俺のオススメだよ」

 ポテトのハム巻きとウインナーを皿に乗せる。まずは摘みやすそうなものからだ。
 アールは躊躇いながら、ウインナーを口に運ぶ。

「……味は濃いが、これはこれで美味いな」
「へへ、良かった。ビールにはこの濃い味が合うんだよ~」
「ビールは、飲んだ事がない」
「はっ!? そっか、いつもワインとかか。俺のだけど飲んでみる?」
「ああ」

 グラスを渡すと、今度は迷いなく口を付けた。

「っ、……苦いな」
「わかる~、最初はそうなるよなっ。そのうち、この苦さと喉ごしがクセになるんだよ」
「私の知らないフウマだ。少し面白くないな」

 ふっと目元を綻ばせ、もう一度ジョッキに口を付けた。

「王太子殿下が……笑った……」
「神子様の前でされるお顔と、知ってはいたが……」
「討伐時と婚約式で拝見していたが……」

 ざわ、とざわつく。
 ここは大部屋の個室。周辺の部屋の笑い声は届いても、内容までは把握出来ない造りになっている。
 アールは瞬時に判断し、グッと拳を握った。


「酔う前に、言っておきたい」

 ピリッと空気に緊張が走る。騎士たちは背筋を伸ばし、戦いに出る前のようになっていた。
 だがアールにはこちらの方が話しやすい。染み付いた王族感が口を軽くした。

「以前の私は、お前たちをただの捨て駒だと考えていた。だが今は、……それぞれに大切な者のいる一人の人間なのだと、誰かの大切な人なのだと、理解している。全てフウマのおかげだ」

 気持ちを伝えたつもりが偉そうになり、一度言葉を切る。そして。

「……今まで、すまなかった」
「!?」

 深く頭を下げたアールに、全員に戦慄が走った。
 唖然として、声も出ない。討伐や婚約式で穏やかなアールをその目で見て、知っているのに。

「驚くのも無理ないけど、何か言ってあげないとアールが顔を上げられないよ」
「!? 殿下! お顔をお上げください!」
「私どもにそのようなっ……」
「ですが、ありがとうございます!」
「殿下のお気持ち確かに受け取らせていただきました!」
「今日は飲みましょう!」

 動揺と焦りと歓喜で、騎士たちはジョッキを掴み、また乾杯の声を上げた。

「わー! みなさんとアールの未来に~、かんぱーい!」

 風真はにこにこと乾杯に加わり、アールにジョッキを持たせて一緒に上に掲げた。

「フウマ。……ありがとう」
「ンッ! 笑顔が優しい……もう酔った」
「神子様、真っ赤ですよ~!」
「ですよね~っ、酔ったんですよ~っ」

 そんなやり取りに、アールはまた目元を緩める。今度は空気を凍らせずに言えそうだ。


「私に言われるまでもないとは思うが、今後もこの国とフウマを護って欲しい。そして、フウマと適度な距離を保ちつつ仲良くして欲しい」

(あっ、アール~~、一部不要な~~)

「私はフウマを愛している。嫉妬しないという事は無理だ。スキンシップもある程度は構わないが、嫉妬はする」

(二回言った)

「フウマに選ばれた私の事が疎ましいだろう。だが私は、私の全てを懸けて、フウマをこの世の誰より幸せにすると誓った」

 一度風真に視線を向け、愛しげに頬を撫でる。そしてまた騎士たちを見据えた。

「フウマの幸せのためには、お前たちが必要不可欠だ。今後もフウマと、フウマの笑顔を護って欲しい」
「王太子殿下っ……」
「お約束します!」
「神子様の笑顔のため、この国と殿下を必ずお護りいたします!」
「お前たちも傷を負う事のないよう。フウマが悲しむからな」
「畏まりました!!」

 先程の緊迫感は何だったのか、すっかり打ち解けた雰囲気だ。ユアンは肩を竦め、トキは親戚の子の成長を見守る目をした。


(同担歓迎の人たちみたいになってる……)

 この感動的な場面で不謹慎だと思いながら、姉に連れられてコラボカフェに行った日を思い出してしまう。


 この笑顔を護りたい。
 彼の笑顔を護るため、共に頑張りましょう。


 同じ推しの人とそう言いながらグッズを買い、コラボ料理を大量注文していた。
 ちなみに二人は初対面である。

 それがもし推しの恋人だったなら大炎上の大惨事だが、今のアールと騎士たちの間に同担拒否の思想はない。

「俺たちは、フウマがアールを選んで幸せなら、それを護りたいからね」
「うぇっ!? 声に出てました!?」
「顔に出てたよ」
「うあーっ、またーっ」

 あちらこちらで賑やかになり、トキはそれを肴にウイスキーを飲み干した。楽しい場で飲む強い酒は格別だ。


「しかし……これが、緊張か」
「緊張してたんすか!?」
「したことないんですか!?」
「ない。……いや、あるな。婚約式と求婚前と、フウマが誰を恋人に選ぶか答えを出した日……いや、あれは恐怖か……?」
「殿下にも怖いものがあるんすねっ」

 王太子相手でなくても失礼な発言だが、アールは気にもせずにくすりと笑った。

「フウマに関するものでは多いな。恐怖も喜びも愛しさも、全てフウマが教えてくれた」
「さすが神子様!」
「神子様の笑顔は身も心も溶けますよね~っ」
「神子様のためなら死ねますけど神子様のために生きます」
「良い心掛けだ」

(仲良くなってくれて嬉しいけど、話題が俺な~)

 そう思いながらも盛り上がっているところで水は差せない。その後も風真の話題で話は弾み、酒も進んだ。


「俺もみなさんに、言いたいことがありますっ」

 ほろ酔いになった頃、風真はスッと立ち上がった。騎士たちは風真に注目し、室内は静かになる。

「ブローチとメッセージ、ありがとうございましたっ。俺にはこれから先、どうしても緊張して震えたり、泣きたくなったり、逃げ出したくなる時も出てくるんだと思います。でもそんな時も、みなさんの想いが傍にあると思うと、とても、とても心強いです」

 普段の風真とは違う、柔らかな笑み。ふわりと広がる暖かな光のようで、皆、目を奪われる。
 だが、風真はすぐに深く頭を下げた。

「すっっっごく嬉しかったですっ。宝物にしますっ。本当にありがとうございましたっ」

 顔を上げた時にはいつもの太陽のような笑顔に戻っていた。そして、バッと両手を広げる。


「みなさん! 大好きですーー!!」
「うっ……うおおー!! 神子様ーー!!」
「神子様もういっかーい!!」
「みなさん、大好きーー!!」
「フウマ様ーー!!」
「だあ~いすき~~!!」

 突然ライブ会場になり、騎士たちの神子様コールが始まる。

「……何だ、これは」
「気分が上がった時の恒例行事みたいなものかな」
「………………そうか」

 何一つ理解出来ないまま、無理矢理己を納得させる。ひとまず、風真と騎士たちが、自分が思っている以上に親しい事だけは理解した。

「皆様とフウマさんの絆は固いですね」
「フウマがその気になれば、この国は半日でフウマの物だな」
「アール、そんな嬉しそうな顔で言う事じゃないぞ?」

 自慢気な顔をするアールに、ユアンは楽しげに笑う。その部隊を率いるユアンへの褒め言葉でもあった。

 騎士たちにお礼を言えて想いも伝えられた風真は、上機嫌で果実酒を飲み干す。
 これでアールが王位を継いだ後も安心だ。そして、大好きな人たちがみんな仲良しになってくれて嬉しい。



「へへ……しぁ~せぇ~……」

 それから小一時間。
 すっかり酔った風真は、ふにゃふにゃの笑顔でアールに寄り掛かり、すうすうと寝息を立て始めた。
 風真が倒れないよう抱きしめたところで、アールも瞼を閉じてしまう。

「ふふ、仔犬の兄弟みたいですね」

 寄り添って眠る二人に、トキは頬を緩める。こうしているとアールも年相応で可愛らしい。

「アールが酔い潰れるところは初めて見たな」
「嬉しいですね。私たちと皆様をそれほど信用されているのでしょう」
「殿下っ……」

 騎士たちは感激のあまり目頭を押さえた。


「さて。俺は転がるフウマを押さえるから、トキはアールと」
「こちらには、トリプルのお部屋がありましたね」
「取ってきますっ」

 騎士の一人が瞬時に駆けて行った。
 トキが王太子のアールと添い寝をするのも、ユアンとトキが風真を押さえてアールが一人になるのも、どちらも可哀想だ。
 優秀な騎士は無事トリプルの部屋を取り戻ってきた。

 結局上の宿まではトキが風真を、ユアンがアールを抱えた。
 朝になり、状況を察したアールは頭を抱える事になる。騎士たちの前で寝落ちた事よりも……どちらかが自分を運んだのか、と。

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