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跡取り

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 数日後、王宮にて――。


「この機に、側室も迎えられてはいかがでしょう?」
「何だと?」

 婚約の祝いを述べた後に、これか。アールの眉間に皺が寄る。
 会議後に発言した大臣は一瞬怯むが、今の王太子ならば即処罰という事もないだろうと、冷や汗をハンカチで拭いながら続ける。

「神子様をご寵愛されている事は重々承知しておりますが、周辺国との関係強化のためにもと申し上げております」

 その意見に、アールは重い溜め息をついた。

「確かお前の姉は、隣国の王族に嫁いだのだったな」
「ご存知でしたか……。ですが私は、この国の大臣として発言しております」
「では私も、この国の王太子として発言しよう」

 スッと瞳を細め、大臣を見据える。

「周辺三ヶ国のうち一国の者を側室に迎えれば、三ヶ国間の力関係が崩れる。全ての国から迎えれば、側室の間で争いが起きないとも限らない。この国の側室となれば、実質的に国の代表の発言となる。国家間の均整が取れている今、何故あえてそれを崩す必要がある?」

 以前なら、戦争でも起こす気かと、考えの結論だけ告げて追い出していた。
 だが今は風真ふうまに言われた通りに、考えの最初から順を追って丁寧に説明するようにしている。すると大半の者は理解を示し、中には頷いて同意を示す者もいた。


「ですが……」
「私が王位を継いだのちの事も考え、神子を伴侶とし、他に妃を迎えないという決断をした」

 相手に発言させない癖はまだ抜けないものの、他の大臣たちは今では不快感ではなく、次は何を言うのかと楽しみにすらしながら聞き入っている。

「神子は魔物を浄化し、結界を張る事の出来る、我が国最強の武器だ。側室が神子を害する事があれば、我が国としても対象国を罰しなければならない。それこそ、戦争という手段を用いる事もあるだろう」

 この国の軍事力は、他国との比ではない。戦争をする気のある国は今のところないが、それを王となった後も維持しなければならない。

「神より選ばれた神子を唯一の妃として迎える事は、他国への牽制にもなる。そして王太子妃、いずれは王妃になる神子は、国のものだ。……後は、言わずとも理解出来るな?」

 ただ寵愛から伴侶にしただけではなかった。大臣たちは感嘆の溜め息をついた。


 王太子としては、神子がこの国に在り続ける事がこの国のためになると、確かに考えている。
 だがアール個人としては、風真を王太子妃として迎える事に、最近になって何度も悩んでいる。
 もし神子としての役目を終えたとしても、王太子妃、そして王妃である限り国を離れられない。風真をこの国に縛り付ける事は自由を奪う事だと何度も葛藤した。

 それでも風真はアールを選び、王太子妃としての役割を誰にも渡したくないと望んだ。風真にとってはこの選択が自由なのだと、何度も思わされる。それでも、葛藤はまた何度も頭を擡げた。


「ですが……、お世継ぎは……」

 その一言で、他の者も表情を固くする。
 神子が子を産んだという記述はあっても、伝説のようなもの。神子の子孫を名乗る者もこの国にはいない。皆の考えが揺らぐのも無理はなかった。

「……まだ婚姻も結んでいないが」

 静かにざわつく大臣たちの中、ぽつりと呟く。

「子が出来ないようにする方が、難しいな」

 ふいにケイの言葉を思い出し、クスリと笑った。
 その発言と、何より笑顔に、全員が唖然として無意識に頬を染める。

「そうだな。結婚後、五年以内に出来なければ考えよう」

 ふっとまた笑みを見せる。
 五年後、風真が子を望まなければまた理由を問おう。側室を迎える事を検討するとは言っていない。



 しばらくして、アールは王の元へ向かった。
 先程の大臣と隣国の王族は、姫を側室に迎えさせ、いずれ正室にする腹かもしれない。そう進言するとすぐに調査させると返答があった。
 大臣相手では、独断で調査を指示出来ない。王太子といっても、まだやれる事に制限がある。
 力不足だと落ち込めば、またユアンとトキが励ましてくれるのだろう。王太子だから出来る事の方が多いのだからと。

 そっと息を吐き、窓の外を見つめる。

「……食事に、誘われていたな」

 第一部隊の騎士たちと食事をして親睦を深めるのも、王になった時に役に立つと風真に言われた。風真の本音のもう一つは、皆が仲良くしてくれたら嬉しい、という単純で無邪気なものだろうが。







「フウマ」
「ん、なに?」
「……子供が、欲しくはないか?」

 しばし迷ってから言葉にしたアールに、風真は目を瞬かせる。そして。

「も~、昨日もしたのに」

 一緒のベッドの中、背後から抱きしめられていれば、そういうお誘いだと勘違いもする。

「でも俺もしたいから、いいよ」

 アールからの可愛いおねだりだ。へらりと笑い、体を反転させて、風真の方からキスをした。







(昨日もしたのに~、じゃなかったわ)

 翌朝。すっきりした頭で、風真は天井を見つめた。

(お世継ぎ的なやつで、なんか言われたのかな)

 昨日は大臣たちと会議だと言っていた。きっと神子とはいえ男の体で子が望めるとは思えず、側室を迎えるように言われたのだろう。
 アールの子は、いずれ王になる。自分たちの子だとしても、欲しい欲しくないと自分たちの希望とタイミングだけで決められる事ではない。

(王太子、だもんな……)

 後継者として育てる時間も必要だ。友好のため、そして万が一のために、子は一人ではいけない。
 もし自分に産めなければ、健康な女性を側室に迎えるのだろう。その決断は、きっとアールにはとても難しい。

(その時は、俺が覚悟決めなきゃな……)

 王太子の伴侶になるというのは、そういうことだ。


 そっと目を閉じ、開く。隣を見ると、綺麗な空色の瞳がこちらを見つめていた。

「おはよう、フウマ」
「……おはよ。起きてたなら声かけてよ~」

 寝顔と寝起きをじっくり見られるのは初めてではないが、やはり気恥ずかしい。

 コロンと横になり、アールに抱きつく。
 アールと朝を迎えるのは、生涯自分だけであって欲しい。こんなアールを、誰にも見せたくない。
 この気持ちともいつか、折り合いをつけなければならない日がくる。いつか……。


「アールは、男の子と女の子、どっちがいい?」

 何も気付かないふりで、明るく笑った。

「そうだな……。フウマに似た、男が良い」

 しばし考え、そう答える。やはりアールなら、後継者となる男の子と答えると思っていた。

「女だと、どこぞの男に嫁がせなければならないだろう?」
「んっ、あっ、そういう理由っ。今から親馬鹿だぁ」

 想像だけなのに眉間の皺がすごい。楽しげに笑う風真の頬を撫で、アールは、ふっと笑みを浮かべた。

「お前は、私に似た子供を嫁にやれるか?」
「うっ、………………俺の出す試練を乗り越えられたら……。ってか、婿養子に来て貰う」
「その手があったか」

 その子の好きになる相手がどこかの後継者だと困った事になるが、何とかしよう。アールは既に心に決めた。

「迎えた婿か嫁は、この離れには住めないからな。隣に別邸を建てよう」
「うんっ」
「ついでにフウマの護衛が住む小屋も建て替えるか」
「お願いしますっ」

 護衛は大分前から離れに隣接した見張り小屋で暮らしている。小屋と呼ぶにはしっかりとしたワンルームだが、お世話になっている護衛には広々とした快適な場所で過ごしてほしい。
 気が早い、と止める者はこの場にはいない。子供が二人以上の時も対応出来るような造りに、と話は進んだ。


 ふと、風真は視線を伏せる。

「……もし、ユアンさんとトキさんが結婚したら、ここを出て行かなきゃいけないの?」
「トキは神官だ。恋人はともかく、婚姻は許可されていない。トキが望む限り……いや、フウマがここにいる限り、この離れで暮らすはずだ」

 結婚出来ない事も風真を諦めた理由だ。風真は、暖かな家族を望んでいたから。
 ぎゅっとアールに抱きつく風真の髪を、宥めるように撫でる。

「ユアンは、しないだろうな。私がユアンの立場でも、フウマ以外と結婚など考えられない」
「っ……」
「どこの馬の骨とも知れない女に、フウマの母親面をして欲しくはない。他の女との子など愛せもしない。邪魔なだけだ」

 ユアンの想いの強さを知っているから、そう言い切れる。

「愛せもしない妻子を持つより、フウマの傍で、触れられる距離で、フウマの笑顔を見ながら愛でて暮らす方が幸せだ」

 そう言葉にして、アールは視線を伏せる。ユアンの想いが分かるから、今は、苦しい。

「私たちは望んでフウマの傍にいる。この場所はこれからも何も変わらない。私たちと、フウマ。そこに加わる事を許されるとすれば、フウマの子だけだ」

 ユアンもトキも、これからも変わらず傍にいる。その事に安堵してしまい、風真は固く目を閉じた。


「……世継ぎって、早い方がいいんだよな」
「思い悩む事はない。元々私がフウマに選ばれなければ、私の後はロイの子に継いで貰うつもりだった。その取り決めは今も有効だ。もし子が成せずとも問題はない」
「そっか……」

 それでもやはり後継者は、王となるアールの嫡子の方が良いのだろう。
 ロイの子がこの国の王となれば、その兄弟、子供、孫の世代、どこかで欲による継承権争いが起きるかもしれない。

 王太子妃にしか出来ない仕事は、後継者を産む事だ。風真はようやく現実感を持って理解した。
 神子といっても、体は男。努力でどうにも出来ない壁に突き当たり、涙が溢れてきた。


 このままでは泣いてしまいそうで、風真はベッドから下りる。

「今日の朝ごはん、オムレツだった。ごめん、先にシャワー浴びてくる」

 昨日の夕食時にリクエストしたものだった。楽しみ、と明るい声を作り、バスルームへと駆け込んだ。

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