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親子と友人
しおりを挟む三日が過ぎて両親への挨拶も済ませたからと、アールは快く風真を送り出した。
あの日、自分の方が子供だと思い知らされ、己の行動を客観的に振り返った結果だ。
そして両親の前でも風真は臆せず、王太子妃の仕事を渡したくないと主張した事で、今のアールは愛されている自信に満ちている。
正午にとユアンから呼ばれていた風真は、談話室の扉を開けた。
「フウマ。おいで」
「はいっ」
両手を広げるユアンにガバッと抱きつき、ごろごろと擦り寄る。
「今日のフウマさんは仔猫のようですね」
「にゃ~」
「ふふ、愛らしい」
顎の下を擽られ、ふみゃあ、と擽ったさを鳴き真似で表すとますます擽られた。
「ふひゃ、はぅっ」
「猫さんはそんな声出しませんよ?」
「みっ、みゃあぁ~っ」
つい言われるままに鳴いてしまう。するとユアンがそっとトキの手を離させた。
「親子と友人の時間、だからな」
「フウマさんの鳴き声が愛らしくてつい」
ふふ、と微笑むトキにユアンは溜め息をつく。思わず蘇りかけた邪な心を、呼吸と共に吐き出した。
そこでノックの音が響き、食事を乗せたワゴンが運ばれてくる。
「まだお昼ですが、飲みながらお話しましょうか」
「はいっ」
風真はパッと顔を輝かせた。
冷やされたデザートワインと、チーズとハム。焼き立てのウインナーとミートパイ。他にも美味しそうなものばかりがテーブルに並んだ。
「ささやかだけど、俺たちからの婚約祝いだよ」
「ありがとうございますっ、すっごく嬉しいですっ」
ふさふさの尻尾を千切れんばかりに振る幻覚が見え、ユアンとトキは笑顔のまま強めに瞬きをした。
乾杯をして、グラス一杯を飲み干したところで、ユアンが棚に何かを取りに行った。
「こっちはおまけ」
「へっ? ありがとうございますっ! 箱からもう、どう見てもおまけじゃないんですが!?」
ベルベッドのような手触りの、紫色の固い箱。結ばれた白のリボンも高級な光沢を放っている。
「ほら、開けて?」
「……では、失礼します」
慎重にリボンを解き、箱を開ける。
中に入っていたのは、ブローチだった。虹色の光を放つ大きな透明の宝石を、金色の精巧な細工が縁取っている。
「っ……、やっぱりおまけのレベルじゃないですっ……ありがとうございますっ、宝物にしますっ」
すごい高価なやつ、と箱を胸の高さまで丁寧に掲げた。
婚約しても三日間愛され尽くしても、風真は変わらない。その純粋さにユアンは目元を緩めた。
「これから公務に出る事もあるだろうし、他国との謁見時に着けてもおかしくないものにしたんだ」
「っ……」
「王太子妃になるんだから、このくらいは当然の顔をして着けてないとね」
「……です、よね」
ユアンの言う通りなのだが、今の風真には触れる事すら躊躇われてしまう。高価といえばアールからの指輪もそうだが、こちらには傷が付かない加工がされている。
「そんな顔すると思って、それにも傷が付かない加工を施してるよ」
「!! ありがとうございます!」
心からありがたい。先程より少しだけ高く箱を掲げた。
「裏を見てごらん」
そう言われ、やはりまだ震える手でそっとブローチを持ち上げる。落とさないように慎重に裏返せば。
『第一部隊一同、愛するフウマ様と、いつでも共に』
金色の土台に彫られた、この世界の文字。神子ではなく、風真の名前で記されている。
「これっ……」
「いつでも俺たちが一緒にいるよ」
「っ……、ユアンさん大好きですっ。騎士のみなさん大好き~っ」
たまらずにガバッとユアンに抱きつく。今度皆に会った時には愛を叫ぼうと決め、頬擦りをした。
「今日のフウマは本当に猫みたいだね」
「にゃあ~~」
髪を撫でられて、感謝を込めて鳴き真似をする。
「素直に甘えてくださるところはわんちゃんみたいですね」
「わんわんっ」
「可愛いな……」
「ユアン様。本気のトーンは怖いですよ」
「キュ~ン……」
鳴き真似で表現すると可愛い可愛いと愛でられ、揉みくちゃにされる。
昔ならアールから、プライドはないのかと冷たい視線が飛んでくるところだ。そう思いながらも愛でられるのが嬉しくて、わんわんにゃーにゃーと大盤振る舞いで鳴いた。
ひとしきり愛でられると、ブローチを服に付けられる。
「上手に鳴けたご褒美だよ」
「わんにゃーっ」
「婚約祝いでしたよね、と言っていますよ」
トキが通訳をして、クスクスと笑う。風真は頷き、ユアンは愛犬のように風真を撫でた。
(プライドは息してないけど、撫でられるの嬉しい~)
ゴロゴロと懐いていると、今度はトキが箱を差し出す。
「ユアン様の後にお渡しするのは気が引けますが、私からはこちらを」
「! 羽根ペンだっ。綺麗な羽根~!」
白い羽根の先が、黄色からオレンジのグラデーションになっている。春と夏の太陽のようで、心が明るくなる色だ。
「こちら実は、羽根ペン型の万年筆です」
「ほんとだっ、すごいですっ。異世界体験と機能性のコラボ最強~!」
万年筆はこの世界に来た頃から使用している。これなら自分でも使いこなせそうだ。
「書類にサインをする事もあるでしょうから、紙に引っかかりづらく、文字が綺麗に見えるペン先を選びました」
「俺の必需品をっ……、ありがとうございますっ」
箱を掲げ、ありがたい、ありがたい、と崇めた。
トキは以前、風真の文字を見た時から理想のペンを探していた。
デザインと持ちやすさと重さとバランス、そして線の太さを何十本も吟味し、風真の筆圧とペン運びでも綺麗に見えるものをようやく見つけられたのだ。
王妃から文字の授業を受けるとアールから聞いたが、少しでも役に立てれば……少しでも、と笑顔で願った。
「私にも懐いてくれますか?」
「はいっ。トキさんありがとうございます、大好きですっ」
隣に座ったトキに抱きつくと、すぐに膝に乗せられる。
「素直で可愛い猫さんですね」
「にゃ~、にゃう~」
「ふふ、本当に愛らしい」
「ひゃっ!? ひゃうっ」
「猫さんなのにおかしな声が出ていますね?」
「あぅんっ! みゃっ、みゃあ~んっ!」
顎の下や脇腹を擽られ、イヤイヤと頭を振りながら悶える。猫鳴きで答えてしまったのは無意識のノリの良さだ。
だがすぐにユアンがトキの腕を掴む。
「トキ。頼むからやめてくれ。勃つ」
「ユアン様も大変素直でよろしいですね」
トキはにっこりと笑い、ぬいぐるみのように風真を抱きしめた。
「まったく、油断も隙もない」
「は……はぅ……すみません、調子に乗りました……」
「フウマは可愛い以外には罪はないよ。全面的にトキが悪い」
「息も絶え絶えのフウマさんも可愛くて困ってしまいますね」
悪びれないトキに、ユアンはわざと大きな溜め息をついた。
(なんか、しれっと可愛いのは罪って言われた)
可愛いは正義。この世界に来てからその類いの称賛をよく浴びている。何とも言えないが、褒められるのは嬉しい。
「プレゼントもお渡し出来ましたし、食事を続けましょうか」
トキが果物を摘み、風真の口元に近付ける。反射的に食べてしまい、ハッとしてユアンを見ると、ユアンも果物を摘むところだった。
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