上 下
242 / 270

親子と友人

しおりを挟む

 三日が過ぎて両親への挨拶も済ませたからと、アールは快く風真ふうまを送り出した。
 あの日、自分の方が子供だと思い知らされ、己の行動を客観的に振り返った結果だ。

 そして両親の前でも風真は臆せず、王太子妃の仕事を渡したくないと主張した事で、今のアールは愛されている自信に満ちている。



 正午にとユアンから呼ばれていた風真は、談話室の扉を開けた。

「フウマ。おいで」
「はいっ」

 両手を広げるユアンにガバッと抱きつき、ごろごろと擦り寄る。

「今日のフウマさんは仔猫のようですね」
「にゃ~」
「ふふ、愛らしい」

 顎の下を擽られ、ふみゃあ、と擽ったさを鳴き真似で表すとますます擽られた。

「ふひゃ、はぅっ」
「猫さんはそんな声出しませんよ?」
「みっ、みゃあぁ~っ」

 つい言われるままに鳴いてしまう。するとユアンがそっとトキの手を離させた。

「親子と友人の時間、だからな」
「フウマさんの鳴き声が愛らしくてつい」

 ふふ、と微笑むトキにユアンは溜め息をつく。思わず蘇りかけた邪な心を、呼吸と共に吐き出した。


 そこでノックの音が響き、食事を乗せたワゴンが運ばれてくる。

「まだお昼ですが、飲みながらお話しましょうか」
「はいっ」

 風真はパッと顔を輝かせた。
 冷やされたデザートワインと、チーズとハム。焼き立てのウインナーとミートパイ。他にも美味しそうなものばかりがテーブルに並んだ。

「ささやかだけど、俺たちからの婚約祝いだよ」
「ありがとうございますっ、すっごく嬉しいですっ」

 ふさふさの尻尾を千切れんばかりに振る幻覚が見え、ユアンとトキは笑顔のまま強めに瞬きをした。


 乾杯をして、グラス一杯を飲み干したところで、ユアンが棚に何かを取りに行った。

「こっちはおまけ」
「へっ? ありがとうございますっ! 箱からもう、どう見てもおまけじゃないんですが!?」

 ベルベッドのような手触りの、紫色の固い箱。結ばれた白のリボンも高級な光沢を放っている。

「ほら、開けて?」
「……では、失礼します」

 慎重にリボンを解き、箱を開ける。
 中に入っていたのは、ブローチだった。虹色の光を放つ大きな透明の宝石を、金色の精巧な細工が縁取っている。

「っ……、やっぱりおまけのレベルじゃないですっ……ありがとうございますっ、宝物にしますっ」

 すごい高価なやつ、と箱を胸の高さまで丁寧に掲げた。
 婚約しても三日間愛され尽くしても、風真は変わらない。その純粋さにユアンは目元を緩めた。

「これから公務に出る事もあるだろうし、他国との謁見時に着けてもおかしくないものにしたんだ」
「っ……」
「王太子妃になるんだから、このくらいは当然の顔をして着けてないとね」
「……です、よね」

 ユアンの言う通りなのだが、今の風真には触れる事すら躊躇われてしまう。高価といえばアールからの指輪もそうだが、こちらには傷が付かない加工がされている。

「そんな顔すると思って、それにも傷が付かない加工を施してるよ」
「!! ありがとうございます!」

 心からありがたい。先程より少しだけ高く箱を掲げた。

「裏を見てごらん」

 そう言われ、やはりまだ震える手でそっとブローチを持ち上げる。落とさないように慎重に裏返せば。


『第一部隊一同、愛するフウマ様と、いつでも共に』


 金色の土台に彫られた、この世界の文字。神子ではなく、風真の名前で記されている。

「これっ……」
「いつでも俺たちが一緒にいるよ」
「っ……、ユアンさん大好きですっ。騎士のみなさん大好き~っ」

 たまらずにガバッとユアンに抱きつく。今度皆に会った時には愛を叫ぼうと決め、頬擦りをした。

「今日のフウマは本当に猫みたいだね」
「にゃあ~~」

 髪を撫でられて、感謝を込めて鳴き真似をする。

「素直に甘えてくださるところはわんちゃんみたいですね」
「わんわんっ」
「可愛いな……」
「ユアン様。本気のトーンは怖いですよ」
「キュ~ン……」

 鳴き真似で表現すると可愛い可愛いと愛でられ、揉みくちゃにされる。
 昔ならアールから、プライドはないのかと冷たい視線が飛んでくるところだ。そう思いながらも愛でられるのが嬉しくて、わんわんにゃーにゃーと大盤振る舞いで鳴いた。


 ひとしきり愛でられると、ブローチを服に付けられる。

「上手に鳴けたご褒美だよ」
「わんにゃーっ」
「婚約祝いでしたよね、と言っていますよ」

 トキが通訳をして、クスクスと笑う。風真は頷き、ユアンは愛犬のように風真を撫でた。

(プライドは息してないけど、撫でられるの嬉しい~)

 ゴロゴロと懐いていると、今度はトキが箱を差し出す。


「ユアン様の後にお渡しするのは気が引けますが、私からはこちらを」
「! 羽根ペンだっ。綺麗な羽根~!」

 白い羽根の先が、黄色からオレンジのグラデーションになっている。春と夏の太陽のようで、心が明るくなる色だ。

「こちら実は、羽根ペン型の万年筆です」
「ほんとだっ、すごいですっ。異世界体験と機能性のコラボ最強~!」

 万年筆はこの世界に来た頃から使用している。これなら自分でも使いこなせそうだ。

「書類にサインをする事もあるでしょうから、紙に引っかかりづらく、文字が綺麗に見えるペン先を選びました」
「俺の必需品をっ……、ありがとうございますっ」

 箱を掲げ、ありがたい、ありがたい、と崇めた。

 トキは以前、風真の文字を見た時から理想のペンを探していた。
 デザインと持ちやすさと重さとバランス、そして線の太さを何十本も吟味し、風真の筆圧とペン運びでも綺麗に見えるものをようやく見つけられたのだ。

 王妃から文字の授業を受けるとアールから聞いたが、少しでも役に立てれば……少しでも、と笑顔で願った。


「私にも懐いてくれますか?」
「はいっ。トキさんありがとうございます、大好きですっ」

 隣に座ったトキに抱きつくと、すぐに膝に乗せられる。

「素直で可愛い猫さんですね」
「にゃ~、にゃう~」
「ふふ、本当に愛らしい」
「ひゃっ!? ひゃうっ」
「猫さんなのにおかしな声が出ていますね?」
「あぅんっ! みゃっ、みゃあ~んっ!」

 顎の下や脇腹を擽られ、イヤイヤと頭を振りながら悶える。猫鳴きで答えてしまったのは無意識のノリの良さだ。
 だがすぐにユアンがトキの腕を掴む。

「トキ。頼むからやめてくれ。勃つ」
「ユアン様も大変素直でよろしいですね」

 トキはにっこりと笑い、ぬいぐるみのように風真を抱きしめた。

「まったく、油断も隙もない」
「は……はぅ……すみません、調子に乗りました……」
「フウマは可愛い以外には罪はないよ。全面的にトキが悪い」
「息も絶え絶えのフウマさんも可愛くて困ってしまいますね」

 悪びれないトキに、ユアンはわざと大きな溜め息をついた。


(なんか、しれっと可愛いのは罪って言われた)

 可愛いは正義。この世界に来てからその類いの称賛をよく浴びている。何とも言えないが、褒められるのは嬉しい。

「プレゼントもお渡し出来ましたし、食事を続けましょうか」

 トキが果物を摘み、風真の口元に近付ける。反射的に食べてしまい、ハッとしてユアンを見ると、ユアンも果物を摘むところだった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛
BL
ハピエン約束! 義兄にしか興味がない弟 × 無自覚に翻弄する優しい義兄  番外編は11月末までまだまだ続きます~  <あらすじ> 「柚希、あの人じゃなく、僕を選んで」   過剰な愛情を兄に注ぐ和哉と、そんな和哉が可愛くて仕方がない柚希。 二人は親の再婚で義兄弟になった。 ある日ヒートのショックで意識を失った柚希が覚めると項に覚えのない噛み跡が……。 アルファの恋人と番になる決心がつかず、弟の和哉と宿泊施設に逃げたはずだったのに。なぜ? 柚希の首を噛んだのは追いかけてきた恋人か、それともベータのはずの義弟なのか。 果たして……。 <登場人物> 一ノ瀬 柚希 成人するまでβ(判定不能のため)だと思っていたが、突然ヒートを起こしてΩになり 戸惑う。和哉とは元々友人同士だったが、番であった夫を亡くした母が和哉の父と再婚。 義理の兄弟に。家族が何より大切だったがあることがきっかけで距離を置くことに……。 弟大好きのブラコンで、推しに弱い優柔不断な面もある。 一ノ瀬 和哉 幼い頃オメガだった母を亡くし、失意のどん底にいたところを柚希の愛情に救われ 以来彼を一途に愛する。とある理由からバース性を隠している。 佐々木 晶  柚希の恋人。柚希とは高校のバスケ部の先輩後輩。アルファ性を持つ。 柚希は彼が同情で付き合い始めたと思っているが、実際は……。 この度、以前に投稿していた物語をBL大賞用に改稿・加筆してお届けします。 第一部・第二部が本篇 番外編を含めて秋金木犀が香るころ、ハロウィン、クリスマスと物語も季節と共に 進行していきます。どうぞよろしくお願いいたします♡ ☆エブリスタにて2021年、年末年始日間トレンド2位、昨年夏にはBL特集に取り上げて 頂きました。根強く愛していただいております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

処理中です...