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ご挨拶2
しおりを挟む「父上。フウマは既に知識としては八割ほど習得しています」
難しい顔をする王の意図を察し、アールが自慢げに主張した。
「我が国の歴史、文化、経済状況。交易相手国と、交流を断っている国、それぞれの内情も理解しています」
「他国の歴史や文化までか?」
「はい。継承権争いも含めてです」
「なんとっ……」
先入観からの落差で、驚愕する。
(異世界もの読んでるって思ったら覚えられたんだよな……)
毎日一話更新サイトの悪役令嬢や転生ものを同時進行で読んでいた身からすれば、複数の国の状況を覚えることは案外難しくなかった。風真自身も初めて知った特技だ。
「この国の貴族の名や、警戒すべき家門はユアンから教えられています。固有名詞を覚える事には苦労していましたが、今は一通り頭に入っているようです」
(この世界の人って名前長くて難しいんだよ~)
「他国の言語は神子の力で全て理解出来るようです。テーブルマナーは教えました。ダンスはこれから私が教えます」
マナーはまだぎこちない。ダンスは外で見せられるまでにどれほど掛かるか分からない。だが、運動神経の良い風真なら、マナーより先に仕上げられるだろう。と、それは言葉にしなかった。
王は驚愕し、ソファに戻った王妃はそっと肩を落とした。
「それでは、私のすることは殆どないのね……」
「いえ。数字に弱いので、予算管理や帳簿の付け方を教えられるのは母上でも苦慮されるかと」
(今からすみません……)
「数字に関連したもので、金銭感覚にも不安があります。良い物を見極める目はありますが、感覚があくまで平民です。王族に相応しい金銭感覚を身につけさせていただければと」
(どっちが高そうってのは分かるけど、値段がさっぱり……)
「人を使う事に関しても、トキと練習はしていたようですが、いつまでも慣れません。堂々と命令出来るようにしていただきたいです。まだ先の事ですが、王太子妃となれば、社交界で貴族夫人たちの管理もしなければなりません。今のフウマでは、好かれはしても侮られます」
(その通りですよ……!)
「世界一可愛く美しく愛嬌もあるフウマですが、客観的な顔立ちとしては平凡です。フウマの魅力を最大限に引き出し、磨き上げてください」
(ううんっ、今言われるとつらぁ……)
初対面では地味と言われ、悪いのは顔だけにしろとも言われた。
だが最近は可愛い可愛いと愛でられていただけに、つらい。
「私にはフウマの全てが愛しく、どんな姿でも可愛く見えて仕方ありませんので」
「ふふ、それでは、神子様を磨き上げる事が出来ないわね」
「はい。磨くまでもなくフウマは完璧です」
落として最大限に上げる。真っ赤になった風真を見つめ、アールは、ふっと愛しげに目を細めた。
「そうねぇ……お肌はもちもちしているけれど……」
どう磨くかしら、と風真を見据える。
「お肌と髪のお手入れからしたいのだけれど、私のメイドを二人ほど付けてもいいかしら?」
「…………既婚の女性で、子煩悩な者ならば」
「フウマさんを我が子のように思う者を選ぶわ」
「お願い致します」
ご迷惑をおかけします、と風真は心の中で深く頭を下げ、そっと言葉を挟んだ。
「あの、俺はどなたでも……」
「若い女が良いか?」
「えっ? 別に……」
「胸が大きい者が良いのか?」
「いや、別に俺、巨乳好きってわけじゃ……ってか、アール以上に顔がいい人がいた時にだけ心配してほしい」
「そうか。ならば、心配する必要はないか」
「そうそう。アールみたいな完璧大天使、この世にいるとは思えないしさ」
へらりと笑うと、アールは満足そうに風真の頭を愛犬のように撫でる。
「へへ。アールが好きでいてくれるのと同じで、俺にもアールだけだよ」
仲睦まじい姿を見せる二人に、王と王妃はそっと目頭を押さえた。
「母上。腕の良い者でお願い致します」
「ふふ、分かったわ」
「お手数おかけします……どうぞよろしくお願いいたします」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございますね」
王妃にふわふわの笑顔を向けられたこの時の風真は、さっそく今夜から予備の部屋のバスルームで王妃に見守られながら、文字通り全身ピカピカに磨き上げられるとは知る由もなかった。
「……何か、私のすることは」
「父上は、……特には」
「……そうか」
アールですら申し訳なさそうに答える。それほど王は期待した顔をしていた。そしてしょんぼりする。
「あなた。神子様は王ではなく、妃になられるのだから仕方ないわ」
「そうだな……」
(王様のしょんぼりした姿、アールに似てる……)
うずっと庇護欲が込み上げ、さすがに王様相手に可愛いは失礼、と視線を伏せて気持ちを落ち着けた。
「……大事な事を失念していました」
「アール?」
「フウマは、文字が大変個性的で、スペルミスも多いので、どうにか人並みの文字が書けるようにしていただけたらと。私では改善出来ませんでした……」
「挫折を味合わせてごめんなっ……」
図書室で初めて勉強を教わった日からしばらく。あの手この手で頑張ってくれたが、一向に改善しない文字に絶望したアールの顔を今でも鮮明に覚えている。
「神子様は、言語は全て理解出来るのでしょう?」
「読める事と書ける事は別のようです」
「そうなのですか……」
アールでも匙を投げるほどの。ふわふわした王妃が初めて深刻な顔をした。
「ご迷惑を、おかけします……」
「いえいえ、いいのよっ。一緒に頑張りましょうっ」
小さくなる風真に、王妃は慌てて声を掛ける。
「原因が見つかればきっとすぐに改善できるわ」
明るく微笑んでから、世紀の天才のアールに出来なかった事が出来るかしら、と笑顔のままで冷や汗を流した。
「そうだわっ、アールが以前話していた、地下通路の歌も」
「申し訳ありません。私が既に教えました」
「アールが……歌を……?」
「はい」
「とってもいい声で教えていただきましたっ」
「何度歌わされたか」
「ごめんって、いい声すぎて聞き入っちゃったんだよ」
また歌って、とねだる風真。くしゃくしゃと黒髪を掻き乱しながらも満更ではない顔のアール。
王と王妃は驚愕した。風真を独り占めしておきたいからと、歌まで歌った。あの、アールが。
神子様には感謝してもしきれない――。
二人は顔を見合わせ、そっと手を握り瞳を潤ませた。
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