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ご挨拶

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 緩く波打つ、長い金糸の髪。澄んだ空色の瞳。白と淡い菫色のドレスが良く似合う、透明感のある美しい女性。

(美少女だ……)

 美女というより、印象が少女。髪も笑顔も雰囲気もふわふわで可愛らしい。
 つい見惚れていると、にっこりと微笑まれてパッと頬を赤くしてしまった。


「ようやく神子様とゆっくりお話が出来ますね」
「っ、すみません……」
「あら、あなたを責めているのではないのよ。アールに嫌味を言ったの」

 可憐な少女……と見紛うばかりの外見をした女性。アールの母である王妃は、ころころと笑った。

 以前、風真ふうま用の謁見服が完成した後に公式に謁見をした。その時は謁見の間で、距離が遠く、アールに急かされたためにしっかりと顔も見れていない。
 風真としても王と王妃と世間話をするために会う勇気はなく、アールと恋人になってからも、挨拶は日を改めてと言われていた。

「この子ったら、あなたを私たちと会わせるのを渋っていたのですよ」
「えっ……」
「母上」

 酷く多忙だったのではなく、アールが会えないようにしていた。風真が目を瞬かせると、アールは咎めるように母を呼んだ。

「私と神子様が仲良くなる事が、気に入らないのよね。駄々っ子のようだわ」
「母上っ」
「ふふ。アールのこんな顔、初めてだわ」

 愛しげに目を細めた。


「神子様」
「はいっ」
「この子は人を下に見るように育ってしまったけれど、誰かに手を上げる事だけはなかったの……と言って、信じていただけるかしら?」

 王妃は窺うように風真を見る。だが風真は言葉通りに受け取り、パッと笑顔を見せた。

「はいっ。アールは言葉で勝てるので、手を出すまでもないですよね」
「……そうね。そう、ふふ……」

 目を丸くした後でクスクスと笑い出す王妃に、何か間違えたかな? と風真はアールを見る。

「母上は、私が手を上げた事があるかもしれないとお前が疑わないか、探っていたのだ」
「えっ、普通に答えちゃったよ……」
「疑いもせずに私を信じている事が嬉しかったのだろう。……私も嬉しい」

 そっと風真の手を握る。その手を握り返し、ニッと笑った。


「アールが優しいこと、知ってるからな。まあ、脚癖は悪かったけど、ドアしか蹴ってないし」

 冗談混じりに言い、そこでふと、自分は恋人になる前に踏まれたなと思い出す。それも、あらぬところを。

「お前に関するもの以外に脚は出していない」
「うん、出してたらお相手に謝りに行かせたよ」

 小声で話し、ほんのりと赤くなる風真の顔を両親から隠すように抱きしめる。

「あらあら」
「アールっ、ご両親の前っ……」
「構うか。お前のその顔を見せるのが惜しい」
「どんな顔してんだよ、俺~っ」

 王と王妃の手前、小声で訴える。だが二人にはしっかりと聞こえていた。


「普段からこんなにも仲が良いのね。安心したわ」
「神子殿には完全に気を許しているからな。神子殿も、アールを大事に想ってくれているよ」
「そうなのね。私、泣いてしまいそうだわ」
「ご安心いただけたようで何よりです。では、私たちはこれで失礼します」
「はっ!? 待って待って、まだ話したいことあるっ」

 手を取り立ち上がるアールに、風真は慌てて訴えた。

「アール。神子様の意思を無視してはいけませんよ?」
「………………はい」

(ものすごい不服そう)

 母親に咎められた事より、この場から立ち去れない事が不満なようだ。眉間の皺が深い。

「……私のフウマだ。私以外に見せたくない」
「アール可愛っ……じゃなくて……そんな顔しなくても、ご両親なんだからさ」
「見られた分、フウマが減る」
「減らないよっ?」
「減る。ただでさえ貧弱だというのに」
「人種の違いなっ。俺の国では普通体型なんだってばっ」

 駄々を捏ねるアールと、宥めようとする風真。予想と違う姿に王妃は笑いを堪える。
 それに二人はずっと手を繋いだままだ。仲睦まじい姿に、ほろりと涙が零れた。


(しまった……いつも通りに騒いじゃった……)

「アール。俺、お二人に真面目な話があるんだ」

 このままではいけないと、表情を引き締めてアールを見つめる。

「…………分かった」

 アールも渋々ながら頷き、だが、手は繋いだままで少しだけ座る距離を空けた。
 風真は王と王妃へと視線を向け、姿勢を正す。

「この度は、アール殿下との婚約をお認めいただき、ありがとうございました。婚約者として、神子として、この国とアール殿下のために全身全霊で尽くします。ふつつか者ではございますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします」

 風真なりに一生懸命に挨拶をし、膝を揃えて深々と頭を下げる。
 まさか真面目な話が両親への挨拶とは思わず、アールは目を見開いた。だがすぐに隣で頭を下げる。

「神子殿」
「はい」
「よくぞ……よくぞ、アールの婚約者となってくださった……」
「この国とアールのことを、よろしくお願いしますね」
「はいっ」

 感極まる王と、王の背を撫でながら優しい笑みを浮かべる王妃。
 認めて貰えたよ、と風真は褒められ待ちの顔でアールの方を振り向いた。

「フウマより、私の方が子供のようだな……」

 自分だけのものにしたいからと風真を隠して、駄々を捏ねて。ばつの悪い顔をしながら風真の頭を撫でるアールに、王妃はクスクスと笑った。


 褒められて嬉しい、と尻尾を振っていた風真はハッとする。真面目な話はこれだけではなかった。

「あの、王妃様」
「はい、どうしました?」
「差し出がましいお願い、ですが……俺に、王太子妃としての仕事を、教えていただけないでしょうか」

 繋いでいない方の手をグッと膝の上で握り、真っ直ぐに王妃を見つめる。

「私は構いませんけれど、神子様は討伐という大変なお仕事があられますから……」

 緊張した面持ちの風真に反し、のんびりした声音で言い、心配そうな顔をした。

「先日、建国の神子様のお力を受け継ぎました。魔物を退ける力です。結界を重ねて張り続ければ、魔物の襲撃自体が減っていくと考えています」

 姉との通話の条件だと思い、無我夢中で結界を強化した。それでも魔物忌避の力はまだ弱く、全ての魔物を退けられる訳ではない。
 強い魔物が襲ってきていないのは単なる偶然。今はまだ、中級を退ける事すら出来ない。


「一年……いえ、半年後には、中級までの魔物を近付けさせない結界を張ります」
「フウマ。焦るな」
「大丈夫、出来るよ」
「急ぐ事はないと言っている」

 風真の肩を抱き寄せ、視線を合わせた。

「今すぐに王太子妃の仕事をする訳ではないのだからな。討伐と平行して、王太子妃教育を受ければ良い」
「でも……」
「無理をするな。身体を第一に考えてくれ。……身体を壊しては、もとも子もないだろう?」

 私の恋人は、お前しかいないのだから。

 そう言いかけた言葉を呑み込む。これでは、王太子妃は風真でなくても良いのだと誤解させかねない。

「私たちとしては、息子の伴侶でいて貰う以上の仕事はないと思っているが……」

 いまいち納得していない風真に、王はどう言うべきかと思案する。

「俺、この国が好きです。この国の人たちのために何かしたいんです。税金で養って貰っている分も、ちゃんと働いて還元していきたいんです。アールの役に立てるようにもなりたくて……アールを、いい王様にしたいです。平民として生きてきた俺だから、出来ることもあるんじゃないかと……」

 幼い頃から王太子妃教育を受けたアイリスのように出来るようになるには、どれだけかかるか分からない。それでも、最初から出来ないと諦めたくない。


「それに……、……アールの妃としての立場と仕事を、他の人に渡したくない、です……」

 まあ、と王妃が口元に手を当てる。

「俺、一生懸命頑張って、ちゃんと出来るようになります。なので、王太子妃教育を……」
「ええ、ええっ、私が手取り足取り教えてあげますねっ」

 王妃は立ち上がり、空いている方の風真の手をガシッと握った。
 アールの一方的な独占欲ではなく、風真も同じだけアールを独占したいと思ってくれている。これほど嬉しい事があるだろうか。

「ねえ、アール。授業と神子様のお仕事の配分を、無理のないようにしたいの。予定表作りを手伝ってくれるかしら?」
「勿論です」

 予定表があれば、風真も無理はしないだろう。それに、風真には遊びの時間も必要だ。のびのびと育てなければ。
 至極真面目な顔の裏で考えていることは、風真にほんのりと伝わっていた。


 その遣り取りを見守る王としても、国と民の事を考え、伴侶の支えとなる覚悟のある風真には、何も言う事はない。

 敢えて言うならば、……学力だ。
 地頭は良いのだろうと、以前二人で話した時から感じてはいた。だが、昔アールの飼っていた犬を思わせる底無しの愛嬌があり、人を惹き付ける雰囲気と、太陽のような笑顔。……愛らしい犬の印象が強く出て、どうにも心配してしまう。
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