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婚約初夜4

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「ひとつ、気になった事がある」
「ん? なに?」
「下着を、着けていなかったな」
「あっ、それっ、そのっ……婚約初夜の作法とか、知らないから……」

 作法? とアールは首を傾げる。

「えっちな下着とかいるのかなってシャワー浴びた時に思ったけど、用意してないし……指輪のお返しにも意味あるし、それならって、アールの全部を受け入れますって意味で、してみたんだけど……」
「私を煽る天才か」

 ぽろっと零したアールは咄嗟に口を噤む。だが引かれていないと分かった風真ふうまは、安堵した様子を見せた。

「……フウマの想いが嬉しくて、泣きそうだ。だが同時に、理性が飛びそうだ」

 風真の反応から、心の内の喜びだけでなく情欲も言葉にする。アールの予想通り、風真はパッと笑顔になった。

「へへ。喜んで貰えて良かったぁ。理性飛ばしていいけど、もうちょっと後でシよ」

 作法が分からずガッカリさせたかと心配したが、どうやら婚約者としての最初の夜の役目は果たせたようだ。
 この後も頑張りたい。だがまだもう少し体を休めたい。脚も腰もガクガクだ。


 嬉しい言葉を受けたアールは、抱き潰したい衝動を抑え、労るように風真の背を撫でる。そして、思案した。
 王侯貴族の婚約は、一般的に幼い頃に結ばれる。つまり、婚約初夜など存在しない。年頃になろうと婚約段階で体は重ねず、婚前交渉ははしたないとされている。

 だがそれは男女の場合で、風真も自分も男だ。……と言い訳出来ないほどのあれこれをしてきたと思い返し、アールは頭を抱えたくなった。
 これほど大切な存在になるなら、手や脚を出さなかった。そう後悔しても後の祭り。だがあの日々があったからこそ、今があるとも思えた。
 そして同時に、脚を出されても好きになってくれた風真の懐の深さと明るさに、改めて感謝する。必ず風真を歴代一幸福な妃にすると、固く心に誓った。


 風真は、婚約者の役目を果たそうと頑張ってくれている。それなら今、自分のする事は、知りたい情報を教える事だ。

「作法など気にしなくて良いが、結婚後の初夜の慣習ならある」
「えっ、教えてっ」

 風真は食い気味に返した。

「男を煽る下着を身に着け、下着が僅かに透けるローブを羽織り、ベッドで男を待つ」
「なにそれ!? えっち!!」
「部屋には誘淫効果のある香を焚く」
「異世界のえっちじゃんっ……」
「古い慣習では夫に服従の意を示すため、脱がされるのも抱かれるのも全て男に任せる。いつまで抱かれるかも男任せだ」
「それは時代錯誤っ……でも俺にはしていいよっ」

 アールがしたいだけして欲しい。
 ただ、自分がおとなしくしていられるかが心配だ。最近では気持ちが昂ると、アールの上に乗り上げてしまう事があるから。


「だがフウマは男だ。慣習に従う必要はない」
「アール……」
「全裸で転がって待っていれば良い」
「下着すら着せてくれないー!」
「着たいなら私が用意しよう」
「着ないよ! でもアールがどんなの選ぶか気になるっ!」

 好きなものは風真の好きなものだ、と言い切るアールが、自分の好みで選ぶもの。それも、えっちな下着だ。

「結婚後のフウマに似合い、かつ、私を煽る下着を贈ろう」
「~~っ……、好奇心に負けた……。アールがどんなのに煽られるか気になる」
「結婚まで待たずに贈っても良いが?」
「結婚の時でいいよっ、何回も着る勇気ないっ」

 そんなにいやらしいものを想像したのか、と言いかけて呑み込む。実際にいやらしい下着を贈る話をしているのだ。

 何が似合うかと思案するが、男物の下着だろうと、むしろ穿かなくとも煽られる。その上で着せるならばどんなものにしようか。
 何を選んでも、恥ずかしがり悶えて呻いて騒いで、それでも最後には着てくれるだろう風真を想像し、愛されている事にくすりと笑みが零れた。

「なに笑ってんだよ~」
「私は愛されているなと、嬉しくなった」
「あ、そ……。まあ、そうだけどさ……」

 照れ隠しに文句を言うつもりが微笑まれ、肯定してしまう。するとますます綺麗な笑みが返ってきた。


(えっちな下着とか、美人なアールの方が似合うじゃん)

 アールに似合うようなものを自分が着たところで、滑稽なだけでは。

(アールに、えっちな下着……)

 ふと、着るのは自分だけでなくて良いのではと考える。抱かれるのは自分だが、自分も男だ。アールに下着を贈っても良いのではないか。

(…………やめとこ。最終兵器生み出しちゃう)

 想像したのは、男性用だがレース生地のビキニタイプの下着と、ボクサータイプの二種類。色は白。ぴったりとして色々と透けてしまう。

(こんなの似合う奴いるのかよ~とか笑ってたけど、……いる)

 友人と雑誌を見ていた頃には、信じられなかった。だが今、目の前にいる。しかも、それを着せてしまえる恋人という立場で。

 好奇心に負けそうだが、ぷるぷると頭を振った。いけない。アールにそんな下着、世界最強の武器だ。


「私にも着せてみるか?」
「ふあっ!?」
「フウマが煽られる下着を、着ても良いが?」
「はっ、え、あっ……駄目です!!」

 ぶんぶんと頭を振った。

「えっちすぎて俺が死ぬ!」
「それは困るな」
「だよな!?」
「そんなものを着た私を、想像していたのか」
「ふぁ!?」
「いやらしいな、フウマは」
「ふぇ……あ、あ、うああぁ~~!!」

 初めて見る妖艶な微笑を向けられ、ポポポンッと勝手に妄想が脳内を駆け巡る。

「ふっ、何を想像した?」
「ごめんなさいっ、ごめんっ、ごめん~~っ!」
「……意地悪をしたつもりだが、気になるな」
「ごめんっ!」
「今想像したものをテイラーに伝えろ。奴なら作れる」
「地獄の罰ゲームか!!」

 顔を覆って悶え転がろうとした風真を、アールががっちりと捕まえた。
 逃げようとしても腰から下にまだ力が入らず、慌てているうちに顔を隠す手も引き剥がされてしまう。


「うあ……あ、あ」

 ベッドに腕を押さえ付けられ、見下ろされる。ゾクリとするほど美しい、意地悪な笑み。

「うぇ……う、うう~~っ……未来の俺に、期待ぃ……」
「期待していよう。来月のフウマに」
「!?」
「この私が、来月まで待ってやる」
「新たなアールが出たっ……」

 横暴のようで違う、これは、俺様属性だ。
 顔に良く似合う不遜な態度に、ゾクリと震える……と同時に、腹の奥がきゅうっとなった。

(駄目……どんなアールも好きで、駄目にされる……)

 こんなアール、どんなにえっちな命令をされても服従してしまう。駄目だとぷるぷると頭を振るが、アールが喜ぶなら駄目じゃない、駄目だ、恥ずかしい、自尊心、でも、と悶々と葛藤する。

「フウマ。……私の言う事を聞けるな?」

 肯定以外許さない声。するりと頬を撫でられると、「ひゃい……」と降伏を告げる、情けない声が零れた。

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