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婚約初夜

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 由茉ゆまと話せて不安がなくなった風真ふうまは、大の字ですやすやと眠った。

 そして数時間後。
 目を覚ました時には、夜に灯る鉱石の明かりが部屋を照らしていた。


「んぁ~……よく寝たぁ……」

 グッと伸びをしてベッドから下りる。そろそろ夕食の時間だろうか。
 下着一枚だったことに気付き、ソファに放っていた服を着る。そういえば護衛と話す時、下はパンツ一丁だった気がする。いや、下半身は扉の陰で見えていないはず。

(見苦しいものをお見せしてたら申し訳ない……)

 男物の白のトランクスなど見たくないだろう。ふう、と息を吐いたところで、ノックの音が響いた。扉を開けると、アールが。


「夕食を持って来た」
「えっ、俺そんなに寝てたっ?」
「いや、まだ夕食時だ。ユアンとトキが、二人で過ごしたいだろうからと……これを用意してくれていた」

 アールが振り向いた先で、料理の乗ったワゴンを押したメイドがにっこりと微笑んだ。

「わっ、ありがとうございますっ」
「後は私が」

 受け取りに行こうとする風真を部屋に押し戻し、アールがワゴンを受け取る。

「……王太子にワゴンを押させる俺」
「私の妃に押させるわけにはいかないだろう?」
「ンッ……、そ、っか……俺、妃ポジションだもんな……?」

 はは、と笑い、カァッと耳まで真っ赤になる。その様子をメイドはにこにこと見つめ、護衛は今後の事を考慮してそっと扉の向かい側に場所を移した。


 パタリと扉が閉まり、アールは風真をソファに座らせる。テーブルに料理を並べ、細身で背の高いグラスに飲み物を注ぎ、風真に渡した。

「ありがとう。……甲斐甲斐しく世話をされる俺」
「私の婚約者が、慣れない式を頑張った褒美だ」
「へへ、ご褒美嬉しい~」

 なでなでと頭まで撫でられ、ふにゃりと笑う。

「本当にお前は、……愛しいな」
「!」

 前髪を上げられ、額にキスをされる。驚いてグラスを落としそうに……なるだろうと予想したアールが、前もってグラスを風真の手から受け取っていた。

「全部予想されている」
「私の婚約者の事だからな」
「俺の婚約者が優秀すぎる」

 言ってから、風真は照れてしまう。アールも釣られてほんのりと目元を赤くした。


「あっ、ご飯っ、冷める前に食べようっ?」
「ああ、そうだな」

 以前のように二人きりだとギクシャクしてしまい、ぎこちなく乾杯をする。アールが食前酒を持参したのも、緊張しそうだと考えたからだ。
 同じく緊張した風真は、グラスの中でぱちぱちと泡を弾けさせる琥珀色を半分ほど飲み干した。


「んっ、これ、しゅわしゅわして美味しい~っ」
「口に合って良かった。シャンパンは飲んだ事なかったか」
「シャンパンっ、初めてっ」

 ホストがタワー作るやつ、高いやつ、とグラスを掲げて中身を見つめる。

「フウマの好みに合うものを選んだつもりだ」
「アールが選んでくれたんだ。ありがとなっ。すごい俺好みだよ~」
「その顔が私への褒美だな」

 美味しい、これ好き、と表情で訴える風真に、アールはふっと目元を緩めた。

「度数も低めのものにした」
「ありがたい~。さすがに今日は寝落ちるわけにいかないもんな」
「婚約初夜だからな」
「ンゥッ! ……デス、ネ」

 またぎこちなくなり、シャンパンをちびっと口に入れた。

(お酒で緊張解きたいけど、寝てしまうリスク……)

 さすがに今日だけは、跳ねて転がる自分の世話をさせるわけにはいかない。それなら、食べて緊張を解こう。


「オムレツ、チーズ入りだっ」
「肉はヒレか。オレンジを使用したソースが合っているな」
「俺とアールの好きなものばかりだ。ユアンさんとトキさんに、お礼言わなきゃな」

 最近、アールも食に好みが出てきた。食を楽しむという意識を持った事で自覚したものだが、その変化に三人は気付いていた。

「……私が二人の立場だとしたら、このように料理に気を遣う事も、笑顔で送り出す事も、出来なかった」

 幸せを願う事は出来ても、こんな場面でまだ心の余裕はなかっただろう。

「これは、貸しらしい。三日が過ぎた後は、フウマとの家族と友人の時間だと言われた」
「そっか……。俺たちが気にしないようにそう言ってくれたんだな」
「ああ。だから、……あの二人にだけは、フウマを愛でる事を許したい」

 そう言いながら、風真の頬を撫でる。そして自然な流れで唇を重ねた。

「ここを出た後に快くお前を送り出せるよう、これから三日は、私が愛でさせて貰う」
「っ、……うん」

 頷くと、またキスをされた。

(婚約して最初のキスが、オレンジ味)

 ファーストキスはレモン味、などというどこかの言葉を思い出し、くすぐったい気持ちになる。このキスも、きっとずっと忘れない。





 食事を終え、しばらく他愛ない話をしてから、風真はシャワーを浴びに行った。爆睡していて今夜の準備を何もしていない。

(えっちな下着とか用意した方が良かったのかな……)

 婚約後の作法など何も知らない。もしかしたら迎える部屋にも準備が必要だったかもしれない。下着も、香りも、行為中の行動も、何か特別なものがあったのかもしれない。
 急に不安になり、鏡の前で立ち尽くす。

(婚約、初夜……)

 どうしよう、と悩みに悩み、せめてもと下着を穿かずにバスローブだけを羽織ってアールの元へと戻った。


 ……そもそも婚約の段階では体を重ねない事を、溺愛に慣れてしまった風真は知るよしもなかった。





 バスルームを出てベッドに座ると水を渡され、飲み干すとシャンパンを差し出された。アールも優雅にシャンパンを煽る。

「……婚約式の後に部屋に帰したのも、休んでいろと言ったのも、お前を誰にも見せたくなかったからだ」

 突然そんな話を始め、風真の唇を指先で撫でる。

「まだ婚約だが、私のものになったフウマを、私だけのものにしておきたかった」
「っ……、そっか。そうだよな、俺、アールのものになったしな」

 そう言ってから、カァッと頬を染めた。
 アールと婚約して、アールのものになった。そして今から、身も心も、アールのものに……。

も私の形になるまで、抱いてやる」
「っ……」

 ぶわっと全身が熱くなり、あう、と口を喘がせる。ぎゅっと握ったグラスをするりと奪われ、残った琥珀色をアールが口に含んだ。
 口付けられ、流れ込む液体。仄かに甘いそれが咥内で静かに弾ける。

(シャンパンのキス、ぱちぱちする……)

 アールの熱い舌に溶かされ、次第に消えていく刺激。舌が触れ合う度に広がるアルコールの香り。

(もっと、ほしい……)

 酔いか、深く甘い口付けのせいか。とろりと蕩けた瞳でアールの背に腕を回し、風真からも強請るように舌を絡めた。

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