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婚約式2
しおりを挟む「結婚式と同じ形式を採用されるのですね」
「王族が慣習を破られるのは……」
「あら、良いのではなくて? 新しい風は常に必要ですもの」
会場内で配られた用紙には、国王の先導でアールが入場し、それから風真と養父であるユアンが入場すると記されている。
「号外で拝見していましたが……ユアン様は本当に、神子様の養父になられたのですね……」
「お気持ちお察ししますわ。それでも、ユアン様は独身ではありますので……」
「ええ、……いえ、それでは神子様と王太子殿下の義母に……」
ユアンを狙っていた女性たちは、養父の文字に改めて衝撃を受ける。
風真がユアンと共に宝石商を訪れた翌週に、号外が配られた。ユアンがアールたちの許可を得て配らせたものだが、そこには王太子と神子が婚約する事と、神子がユアンの養子になる事が記されていた。
「ユアン様が、お父上に……」
「想像出来ませんわ……」
あのユアン様が、父親を出来るのだろうか。
父として受け入れた神子様とは一体、どのようなお方だろう。
それぞれに想像を巡らせ、皆揃って溜め息をついた。
「ううっ、緊張する……」
その頃。会場内のざわめきに、風真は初めて緊張で胃が痛いという体験をしていた。
少し離れた前方に、扉の前に立つアールと国王がいる。堂々としてオーラのある二人を見て、ますます胃が痛くなった。
アールは白の上下に、右肩から斜めに赤いサッシュを掛け、白のマントを羽織っている。胸には勲章や宝石がキラキラと輝いているのだが。
(アールの方が眩しい……)
風真の目には、宝石すら霞んで見えた。それもこれも、今日のアールは前髪を上げているからだ。
(世界の宝が全開に晒されている……)
今すぐ髪をぐしゃぐしゃと崩しに行きたい。アールの美しさを全世界に自慢したいが、見せるのが勿体ない。自分だけのものにしていたい。相反する気持ちに唸り、床を見据えた。
(てか今回のベール、ほんのり顔見えるし……いたたまれないよ……)
席からはそこまで見えないかもしれない。それでも、試着で確認した時は、普通に会話をする距離なら顔立ちがわりと分かってしまった。
もし見えてしまい、あれが王太子殿下の選んだ婚約者? と幻滅されたら……。
「フウマ、大丈夫だよ。俺を見て」
ユアンは風真の顎を掴み、ぐっと上を向かせる。緊張と不安で歪んだ顔に、優しく微笑んでみせた。
「君は、この国一番の騎士の息子で、俺が世界一愛してる人だよ」
「っ……」
「神子としても立派に務めを果たしてるフウマは、俺の誇りだ」
顎から手を離し、そっと頬を撫でる。
「この世界に来た頃の君とは違う。君は気付いてないかもしれないけど、今のフウマには眩しい輝きがあるんだ。魔物と戦い、この国を護るために覚悟を決めた君は、顔付きも雰囲気もあの頃とは変わったよ。芯の強さから滲み出る、凛とした美しさがあるんだ」
どこにでもいる平凡な少年は、こんなにも目を離せないほどに美しく成長した。きっとこれから、父親になった自分を頼る事もないほどに、頼もしく成長していくのだろう。
そう考えると寂しさを感じ、同時に自分の言葉で風真の表情が柔らかくなっていく事に、不謹慎ながら喜びを覚えた。
「緊張も不安も、しなくて大丈夫だよ。隣には俺がいて、進む先にはアールがいる。司式者もトキだしね」
「っ、そうでした」
「招待客の最前列にはロイ殿下とご令嬢もいるし、警備は第一部隊だから、彼らの顔を見たらきっと緊張も薄れるよ。真面目な顔してるけど、さっきまで感極まって泣いてたんだから」
「えっ、そうなんですかっ?」
「息子や孫みたいなフウマがもう婚約式だから、泣きもするよね」
俺も泣きそう、と風真の肩をポンポンと叩く。
「フウマを愛する人たちが、フウマの幸せを見届けに来てるんだ。みんなに幸せな顔を見せてあげないとね」
「っ……、はいっ」
ぱちんとウインクをするユアンに、風真は嬉しそうに頬を染めて笑った。
「フウマ」
「アールっ?」
もう入場だというのにツカツカと近付いてきたアールが、風真の肩を掴み、真っ直ぐに黒の瞳を見据えた。
「お前は太陽だ」
「へっ? うん、……うん??」
「その眩しい笑顔で、私を照らしてくれ」
「ンッ……!」
キラキラした姿でそんな台詞。大ダメージを受けた風真は呻いて胸を押さえた。
アールにしか許されない台詞だな、とユアンは苦笑する。
「せっかく俺が緊張を解したところなのに」
「私もそう伝えた。緊張などする必要はない。普段通り笑っていろと」
「そっちを言葉にしなよ。フウマが大変なことになってるじゃないか」
「心拍数が……えぐいことに……」
この人と今から婚約? と実感してしまい、脚まで震えた。
「ほらフウマ、俺を見て。親鳥だよ」
「親鳥……お父様……、……緊張解けてからだと正装ユアンさんもとんでもイケメンじゃないですか……」
ううっと呻いて両手で顔を覆う。
「このまま拐ってしまおうかな」
「ユアン」
「冗談だよ。俺も父親としてフウマの隣を歩きたいからね」
ユアンはくすりと笑い、アールに戻るよう促した。
「フウマ。余計な事は考えるな。私だけを見ていろ」
「ンッ……」
「私が愛するのは、後にも先にもフウマだけだ。……私の、世界一美しい花嫁」
蕩けるように甘い瞳と微笑みで囁き、風真の額にキスを贈る。
そしてそっと唇を撫で、扉の前へと戻って行った。
「…………花、嫁……」
「まだ花婿じゃないよ。まだ婚約式だからね?」
「はい……。でも今、……心が花婿にされました……」
「アール……フウマをとろとろにしてどうするんだよ」
おかげで緊張も不安も吹き飛んだようだが、表情が蕩けて色気すら放っている。こんな状態の風真を誰にも見せたくなくて、入場までに少しでも落ち着かせようとユアンはポンポンと背を叩いた。
アールが花嫁と言ったのは、風真が以前、花嫁さんは世界一綺麗だと言ったからだろう。そして風真にはもう、言葉は意味を成さない。心が伴侶にされてしまっている。
それでもまだ、婚約式。
その言葉を逆の意味で考えてしまい、ユアンはそっと苦笑してしまった。
「申し訳ありません」
「いや、良い。神子殿も緊張しておられるようだからな」
王はそう言って微笑ましく風真と、アールを見つめた。
「アール」
「はい」
「この先には、お前を悪く思う者などおらぬ」
「……はい」
「先程のように、ただ伴侶が愛しいのだと示せば良いのだ」
ふっと笑んで、扉へと視線を向ける。
「……ありがとうございます、父上」
素直な言葉で礼を述べると、王は顔を綻ばせた。
ユアンですら気付かなかったが、アールも風真とは違う理由で、初めて緊張というものをしていた。
王太子としての評価が、婚約者となる風真にも影響する。
自分のせいで風真が傷付く事を、恐れていた。
だがそれはないのだと、緊張せずとも良いと王は言う。その言葉でふっと心が解れ、父親とは不思議なものだと、アールもそっと笑みを零した。
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