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婚約式
しおりを挟む「フウマの父親であることを、今以上に感謝した事はないよ」
風真の控え室に入ったユアンは、ぽそりと言葉を零す。
伴侶になるアールより先に、着飾った風真を見る事が出来たのだ。家族が先という慣習を、断腸の思いで受け入れたアールにも感謝しかない。
風真はウェディングドレス……ではなく、袖や裾や襟元に金刺繍の施された、白の礼服を着ている。
そこに白のマントを羽織り、ベールを被っていた。神子が祭事に使用するベールだが、婚約式らしく、そして太陽のような風真に似合うように、暖かな光を散らす宝石がひとつひとつ丁寧に縫い付けられていた。
髪にも耳朶にも柔らかな光を放つ宝石が輝き、目映くも上品な輝きに包まれた風真に、ユアンはそっと目を細める。
「綺麗だよ、フウマ」
恥ずかしそうに笑う風真の頬に触れ、愛しげに撫でる。
「俺の息子になってくれて、ありがとう」
「こちらこそ、俺の父様になってくださってありがとうございます」
パッと笑顔になり礼儀正しく頭を下げる風真を、服が乱れないようにそっと抱きしめた。
その背に、風真も腕を回して抱きしめる。暖かな体温と頼りがいのある背中に、ホッと息を吐いた。
「……こんな時に言う事じゃないけど」
「はい?」
「まだ、……婚約式だから」
「ぷはっ、そうですね。まだ婚約式です」
「そうだよ、まだ結婚するには早いんだ」
ユアンは拗ねた声を出す。
(父親だなぁ……)
心がじんわりと暖かくなる。元の世界の父親も、生きていたらこんな顔をしただろうか。そう考え、嫁を迎えるのと婿に行くのは違うかなとクスリと笑った。
「もう良いか? 入るぞ」
「……どうぞ」
ノックの音と共に聞こえたアールの声。ユアンが渋々といった声で答えるものだから、風真はまた小さく笑ってしまった。
カチャリと音がして扉が開く。
部屋に入ったアールは、風真を目にした途端ぴたりと動きを止めた。そしてそんなアールを前に、風真も固まる。
「殿下」
「フウマ」
入り口で固まるアールの背をトキが押し、風真の背はユアンがポンと叩いた。
「っ、ぁ……、……フウマ、綺麗だ」
「うぁ……あ、あり、がと……。アールも、かっこよくて、綺麗だよ」
二人してぎこちなく笑い、同時にそっと視線を逸らす。
「これを言うのはまだちょっと癪だけど、お似合いだな」
「少し悔しいですが、お似合いですね」
ユアンとトキは同じようなことを言い、顔を見合わせた。
「二人とも初々しくて」
「少年のようですね」
そっと囁き合い、くすりと笑う。
「あのっ、アールっ」
「っ、ああ」
「そのっ、婚約式、よろしくお願いしますっ」
「私こそ、……頼む」
微笑ましく見つめる二人の前で、直角にお辞儀をしてバッと差し出された風真の手を、ほんのりと頬を染めたアールがぎゅっと握る。
「告白でしょうか」
「甘酸っぱいってこういうことかぁ」
今日は婚約式だというのに、今からお付き合いを始める両片想いの少年のようだ。養父になったユアンだけでなく、トキもまるで親になった気持ちで二人を見つめた。
そこでまたノックの音が響き、今日の主役二人はビクッと跳ねる。大袈裟に反応してしまったアールは恥ずかしそうに咳払いをし、風真は苦笑して「どうぞ」と扉に声を掛けた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
綺麗なお辞儀をして入ってきたのは、ケイだった。
「王太子殿下、神子様、ご婚約おめでとうございます」
恭しく祝いの言葉を述べるケイは、黒の礼服に白のネクタイをしている。目立つ装飾もないシンプルな服装はケイの美しさを際立たせ、風真はつい見惚れてしまった。
ケイの方も風真を見つめ、ほんのりと頬を染める。
「風真さん、とても綺麗です」
「っ、ありがとう、ケイ君」
綺麗なケイに褒められ、パッと明るい笑みを見せた。だがすぐに俯き、しゅんとしてしまう。
「風真さん?」
「ごめん。なんか……この服は、…………ごめん、何でもないよ」
「風真さん、まだそんなことを考えてるんですか?」
言おうとした事を察し、ケイはわざと呆れた顔をしてみせた。
「殿下が風真さんのためだけに作られた衣装ですよ? 風真さんに似合うように綿密に計算されてます。風真さんのための、風真さんへの愛が溢れるほどに詰まった、風真さんだけが着るべきものです」
堂々としたケイの言葉にその場の皆は、きっと風真がケイに似合うような服だとでも言ったのだろうと、当たらずも遠からずの解釈をする。
アールも、もう風真が婚約に迷っているとは思わない。この日を迎えたのは互いの想いがあってこそだと、あの日を経て揺るぎなく信じられた。
「婚約衣装、本当に全然デザインが違うんです。設定資料集では銀刺繍でしたし、ここもレースで作った花でしたけど、風真さんのはふわふわの毛皮ですし」
今度は声を潜め、マントを留める装飾を指さす。そこには丸まった愛らしい子犬を思わせる、白い毛玉が付いていた。
「こんなとこでも犬イメージつよい……」
「優しくて暖かくて親しみのある風真さんのイメージにぴったりですね」
「ありがとう……、……アールがこのモチーフを選んだことが可愛い」
「美味しい惚気、ごちそうさまです」
ケイはにっこりと笑って、風真の足先から頭までを見やる。
「綺麗なデザインながら格好良い風真さんの魅力を引き出す衣装で、本当によく似合っています」
張りのある生地も、全体のデザインも、資料集とは全く違う。今日という日はゲームの影響が一切及んでいない、風真のためのハッピーエンドだ。
「胸を張ってください。そうすれば、あわよくばと殿下を狙う令嬢たちの心とフラグを、ベキベキにへし折れますよ」
「う、うん、ありがとうっ。ケイ君、ほんとに強くなったよね」
「ジェイと風真さんのおかげです。強くあることは、風真さんから学びました。風真さんは、僕の憧れです」
「ケイ君……」
感動してケイの手を握ったところで、ノックの音が響いた。
「失礼致します。王太子殿下、神子様。ご婚約おめでとうございます」
トキが扉を開けると、ジェイがアールと風真に向かって深く頭を下げる。それを見たケイはピンと背筋を伸ばし、ポポッと顔を赤くした。
「ケイ、そろそろ」
「っ……、はいっ」
(あー、礼服のジェイさん、かっこいいもんな)
ここまで一緒に来たはずなのに、それどころか一緒に住んでいるというのに、ケイはジェイの顔を見られずもじもじしている。いつまでも付き合いたてのカップルのようで、風真の頬は自然と緩んでいた。
「ケイ君の結婚式、楽しみだなぁ」
「えっ、あっ、あのっ……」
「からかってるわけじゃなくて、本気で楽しみ」
「神子様。その際は招待状をお送りしてもよろしいでしょうか?」
「ぜひともお願いします」
風真は首が千切れんばかりに頷いた。
「風真さんっ、ジェイっ……」
顔を真っ赤にして慌てるケイにジェイは何も言わず、ただ優しく笑い、そっと背を撫でる。
(あえて何も言わない、すごいテクニック~)
あうあうと口をパクパクさせているケイがあまりに可愛くて、風真は満面の笑みになる。
見ているだけで幸せな気持ちになれる。守りたい、二人の笑顔。
笑顔で見守る風真にジェイは一礼して、今にも腰砕けになりそうなケイを支えて部屋を出て行った。
「ほんとに楽しみ。ケイ君の花婿姿、絶対世界一綺麗」
「世界一綺麗なのはフウマだ」
「ンッ……」
「綺麗だ」
「あ、ぅ……」
真っ直ぐに見つめられ、頬を撫でられ、今度は風真があうあうと呻く。
「良い雰囲気のところ申し訳ありませんが、そろそろ殿下もご準備を」
「…………そうだな」
スッと手袋を外し、直に風真の頬をするすると撫でてから、アールは部屋を出て行った。
「んっ、んも~~っ!!」
「牛君かな?」
「可愛い牛さんですね」
真っ赤になり、も~!! も~!! と繰り返す。衣装の装飾が落ちそうで、自由になるのが声だけの風真がまた可愛い。
ユアンとトキは微笑ましく笑い、汗だくになってしまいそうな風真をパタパタと扇いだ。
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