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寝る前のひととき

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 一冊読み終えたところで、ふいにノックの音が響く。

「フウマ、起きてる?」
「ユアンさん?」

 まだ良い子の寝る時間帯とはいえ、最近のユアンが訪ねてくるには遅い時間だ。どうしたのだろうと扉に駆け寄る。

「元気そうで良かった」
「あっ、体調確認ですね。大丈夫ですよ、めちゃくちゃ元気です」

 顔を見るなり安堵した表情をされ、元気だと示すように明るく笑ってみせた。眩しい笑みにユアンは目を細め、自然と風真ふうまの頭を撫でる。

「たくさんお昼寝したから眠れないだろうと思って、体調確認も兼ねて話をしに来たんだ。入ってもいい?」
「お昼寝って、赤ちゃんじゃないんですから~。どうぞ」

 苦笑しながらユアンを入れ、ソファへと向かった。


「フウマ、おいで」
「……はい」

 両手を広げられ、しばし迷う。だが親子のスキンシップでハグは可能だった。これは合法だ。
 座る向きは後ろか前かと迷い、抱きしめ返す体勢が良いかなと一歩踏み出し、いや待て向かい合うと脚を曲げるし痺れそう、と考える。結局、ちょこんとユアンに背を預ける体勢で、脚の間に収まった。

「はぁ……可愛いな……」

 ぴんと背筋を伸ばしている風真を抱きしめ、そのままソファに背を預ける。
 呼んでから座るまでに、風真は何事か思案しながらピタリピタリと一歩ずつ動きを止めていた。前を向くか、後ろかと、迷っていたのだろう。
 向かい合う体勢を選ばなかったのは、アールに遠慮して……ではなく、風真のことだから、脚が痺れるとかそんなこと。
 痺れるまで抱きしめられてくれようとした事が嬉しくて、ふわふわの黒髪に顔を埋めた。


「どうして俺のじゃないんだろ……」

 つい本音が零れてしまう。
 もう邪な気持ちで触れるつもりはない。少しも残っていないとは言えないが、今はただひたすらに愛でたい気持ちが上回っている。

 今度は髪に頬を擦り寄せ、はあ、と溜め息をつく。風真はその意図を正しく理解し、腹に回った逞しい腕をきゅっと握った。

「俺はユアンさんの息子で家族ですし、ユアンさんのですよ」
「俺のだったか」

 そっか、と呟く声と共に、きつく抱きしめられる。風真もそれに応えるように全身を預け、息を吐いた。


「フウマは建国の神子様にも認められて、ますます立派になっていくね。もう俺より頼もしいんじゃないかな」

 こんなに可愛いのにと頬を撫でる。

「でも、まだ可愛がっていたい。まだ子離れしたくないよ」

 神子としてあれだけの力を見せつけられて、もう子供扱いもないのではないか。
 理性で理解しながらも、これからもずっと可愛がりたい衝動が拭えない。ユアンにとっては、可愛くて愛しい子に変わりはないのだ。

「子離れされたら、困ります」

 ユアンの寂しげな声に、風真はぽそりと呟いた。

「俺、ユアンさんの息子になってまだゼロ歳ですもん。まだまだ甘えたい盛りなんです」

 えいっとユアンの腕を引き剥がし、体を反転して向かい合わせで抱きつく。

「前に言ってたじゃないですか。今の俺はもうほんとに、親鳥に守られる雛の気持ちなんです」
「雛……可愛いな」

 もふもふと髪や背を撫でられ、可愛いな、とまた呟かれた。


「でも、神子の力がめちゃくちゃ強くなったのは嬉しいです。これでユアンさんのことも堂々と護れますし」
「それは……」
「前にユアンさんが無茶した時も言いましたけど、もう一度。魔物に関しては、俺に任せてください。ユアンさんは俺の後ろにいてくださいね」

 風真を護るために、力を使わせないように、最近もユアンが大抵の魔物を一人で倒していた事を聞いた。討伐要請が全く来ないと思ったらそういう事だったのだ。

「その……今まで魔物と戦って命懸けで国を護ってくださったユアンさんと騎士のみなさんに、ぽっと出の俺がえらそうに言うのは申し訳ないですが……それでも、俺は神子として喚ばれた、魔物のスペシャリストです。魔物は俺に任せてください」
「ぽっと出って、……笑ってる場合じゃないや。でもね、フウマ」
「でもじゃないです。魔物討伐は俺の仕事です。給料を貰ってるという面でも、しっかり働きたいんです」

 衣食住も、アールに指輪を買った破格の給料……と風真が信じているものも、元は国民の税金だ。
 税金で養って貰っている分、しっかりとお返ししたい。神子としてそれが出来るのだから、自分の仕事を全うしたいと主張した。


「いつの間に、こんなに立派に……」

 すっかり国政を担う者の思考だ。ユアンは本当に親のように感動してしまう。

(庶民だからこそ分かる感覚というか……)

 姉と二人暮らしだったからこそ、色々な税は把握していた。出来ることなら払いたくない税金も、自分たちの生活に還元されるとしたら良いかと思える感覚。されない事への憤りも理解出来る。
 この国と人々を護りたい気持ちと使命に上乗せして、税金分も頑張ろうという責任感が生まれていた。

「でも魔物以外では俺はイマイチなんで、ユアンさんに護って貰いたいです」

 ぎゅっと抱きつき、甘えるように頬を擦り寄せる。

「フウマ……。俺の扱い方まで上手になって」
「へへ。親子なら甘えてワガママ言っても許されるかなって。魔物は俺で、魔物以外はユアンさんでお願いしますっ」
「仕方ないなあ。もっと甘えてわがまま言ってくれたら許してあげようかな」
「ん~、俺得しかないですねっ」

 ぽんぽんと背を撫でられ、肉まん? ピザまん? 焼き鳥? と囁かれる。調子に乗って全部と答えると、あんまんとプリンも付けよう、と褒めるように頭を撫でられた。


(あったかすぎて、幼児にされてしまう……)

 いつの間にかユアンの父親レベルが上がっている。それも、対幼児用に。
 撫でる手の優しさに、体温の暖かさに、いなかったはずの睡魔に囲まれて、ふわふわと意識は溶けていった。

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