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神子とドラゴン

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「王太子よ。西と南の欠片も迎えに行きたいのだが、誰か人を貸して貰えないだろうか。独りで掘っていては不審者と間違われ兼ねんからな」
「あっ、じゃあ、俺が一緒に」
「そなたは帰って寝るのだ」
「まだ昼だよ?」
「昼だが、目を開けているのもやっとであろう?」

 そう言うが早いか、ユアンが風真ふうまを仔犬のように持ち上げて馬に乗せる。

「アール。フウマを」
「ああ」

 言わんとする事を察し、アールも馬に乗り、風真を前にしっかりと抱えた。


「フウマよ、安心して眠れ。は明日改めて挨拶に行くからな」
「うんっ。でもその呼び方は小さい子がするんじゃないかなっ」
「千年を過ごした我らからすれば、そなたは生まれたばかりの赤子だ」
「っ、確かにっ……」
「さあ、良い子は寝る時間だ。今日もよく頑張ったな」
「うん……俺、頑張ったよ……」
「後は王太子に任せて、ゆっくり休むのだぞ」
「ん……おやすみ……なさい、また明日……」

 ドラゴンに褒められてふにゃりと笑い、アールに頭を撫でられると、途端に眠気が襲ってくる。本当は、力を根刮ぎ持って行かれて倒れそうだったのだ。

「ユアン……さん……、おじいちゃ……おねが、します……ありが……と……」

 きっとユアンがドラゴンに同行してくれるのだろう。お礼を言わなければと唇に力を込め、むにゃむにゃになりながら言葉を紡ぐ。

「私からも、喧嘩をしないよう言っておこう」
「私も同行しますので大丈夫ですよ」
「こらこら、喧嘩なんてしないよ。……おやすみ、フウマ」

 三人の優しい声を聞くと、安堵と共に意識はふわふわと溶けていった。



 風真が起きないよう慎重に馬を歩かせながら、アールはすうすうと寝息を立てる風真の髪にそっと唇を触れさせる。

 先程は結界を張り終えた風真に駆け寄り、抱きしめたい気持ちを、ずっと我慢していた。
 神子の使いであっても自分たちには何も見えず、聞こえない。風真が神と話していても、建国の神子の力を感じていても。
 自分に出来る事といえば、風真の意思を尊重し、役目を終えた風真をこうして抱きしめることだけ。

 無力だと、何度も思う。
 だが風真やドラゴンに出来ない事が、自分には出来る。王太子だからこそ出来るその全てで風真を護るのだと、真っ直ぐに前を向いた。







 丸一日眠り続け、目を開けた時にはアールたち三人と、ドラゴンがいた。久しぶりの予備の部屋。窓から射し込む太陽に照らされ、風真は体を起こして大きく伸びをした。

「昨夜、この子と話していたのだが」

 安堵した三人が声を掛けるより先に、ドラゴンがズイッと身を乗り出す。
 だがそれに負けず、アールはベッドに乗り上げて風真をぬいぐるみのように前に抱えた。

「アール、心配かけてごめんな」

 人前で、などと言う気にはならない。腹に回った手を風真はそっと包み込み、背後を振り返る。

「お前は、神子として立派に務めを果たした」
「アール……」
「当然心配もした。目が覚めるのかと不安もあった。だが今は、フウマを盛大に褒め讃えたい」
「えっ、あ、ありがとっ……褒め方がとっても俺向き~」

 なでなでと頭を撫でられ、よくやった、偉いぞ、と言葉でも褒められる。

(愛犬褒め、恋人になっても嬉しいや~)

 図書室で褒められた時と変わらない。嬉しくてへらへらしてしまう。思わず目を閉じてアールに擦り寄ると、頬や顎の下も撫でられた。


 ひとしきり褒められた風真に、「そろそろ良いか?」とドラゴンは苦笑する。あまりに幸せそうな風真に、アールと張り合う気にもなれなかった。

「うあっ、ごめんおじいちゃんっ」
「いや、良い。仲睦まじい姿を見られてむしろ安堵したぞ」

 じゃれ合う仔犬たちのようで、風真の身を案じる必要など全くないと理解できた。

「私の神子も、そなたの神子としての頑張りを直接褒めたかったと言っていた。直接話が出来ればと、ずっと残念がっていたぞ」
「神子様……」
「ばあば、と」
「えっ、あっ、……ばあば。俺も、話したかったです。でも、すぐそばにいること、今ならきちんと感じられます」

 昨夜は感じられなかった暖かな気配が、ドラゴンの傍にある。体力と共に力が回復したからだろうか。

「俺を神子として認めていただけて、とっても嬉しいです。これからもこの国とみんなのために、頑張ります」
「ああ、良い子の見本のようだろう? 私もこの子が可愛くてたまらん」

 ドラゴンは傍に向かいクスリと笑った。

「フウマに強制的に結界を張らせたのはこの子の意思ではないが、この子の力が限界だったせいだと謝っておる。フウマにならこの国を任せられると考えた途端に、力がフウマに移ったのだと」
「そんな、謝らないでください。俺、認めていただけて本当に嬉しかったので」

 にぱっと明るく笑う風真の頬を、暖かな風が撫でる。


「それに……俺には、見えましたから。間に合って良かったです」

 結界が壊れる前に、継承出来て良かった。
 体力と知力の強化が間に合って良かった。
 認めて貰えて、本当に良かった。
 そっと瞳を伏せると、暖かなものは頭にも触れた。

「この子が、礼と……この国をお願いしますと、言っている」
「! はいっ、全力で護ります!」
「身体には気を付けて、だそうだ」
「うっ、はい、気を付けます……」

 今までの前科も全て知られているのだろうか。ついぎこちない返事になってしまった。

「まあ、この子が言える事ではないのだがな」

 ドラゴンはニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。そして、私よりそなたが、と宙に向かい楽しげに笑みを見せた。

(おじいちゃんたち、嬉しそう……本当に良かった……)

 継承するまで感じられなかった神子の気配。役目から解放されなければきっと、ドラゴンがあの場所に行ったとしても話をする事は出来なかっただろう。
 また目の奥が痛み、アールの手をぎゅっと握った。


「フウマよ」
「っ、うんっ」

 ドラゴンの優しい声に、風真は顔を上げる。

「この子の唯一無二の美しさを、そなたに見せたかった。そこの王太子より美しい顔をしているぞ」
「っ……、アール、より……?」
「フウマ、惑わされるな。私の方が美しいに決まっている」

 顔を覗き込まれ、さあ見ろとばかりに顔を近付けられる。

「寝起きに美形がつらいっ……」
「目を閉じるな。私を見ろ」
「眩しいっ、目と心臓が痛い~っ」

 ぎゅっと目を閉じる風真と、開けろと必死に言うアール。くすくすと笑う気配に、ドラゴンもそっと頬を緩めた。

 千年見守ってきた国はこうも平和になり、共に戦った同志の子孫は、幸せそうにじゃれ合っている。永い時も、全てが報われた。二人はそっと寄り添い、愛しげに風真たちを見つめた。


「あのな、アール。神子様はケイ君系統の儚げ美人だと思うんだよ。アールとは美人の種類が違うと思う」

 風真は助けを求めるように、ちらりとドラゴンを見た。

「ああ、そうだな。顔のみならば、あの者の方が子孫らしい」
「ほら~。アールとは違うタイプの美形だから、比べらんないって」
「フウマがケイより劣っているとでも?」

 違う不機嫌スイッチ入った。風真は笑顔のまま固まる。

「そうではない。顔立ち自体は平凡ではあるが、私にもこの子にも、フウマがこの国の誰より可愛く見えるぞ」
「ンッ……」
「それこそ王太子より美しいと、この子は言っている」
「それはないです……」
「建国の神子とは気が合いそうだ」

 同意とばかりにアールはニヤリと笑った。実体があったなら固い握手を交わしていたことだろう。

「アールもおじいちゃんもおばあちゃんも、過保護すぎ……」

 ぽそりと呟くと、パッと雰囲気が華やいだ気がした。自然におばあちゃんと呼ばれ喜んだ神子の気配だ。

(本当に俺のおばあちゃんみたい……)

 頭を撫でる暖かなものを感じ、ほわりと心が暖かくなった。


 その後も話は弾み、しばらくしてドラゴンは帰って行った。

 風真はベッドの上で消化に良いものを食べ、また寝かされ、また食べて、夜に自室に戻った時にはすっかり目が冴えていた。回復した状態で昼寝をすれば、当然夜は眠れなくなる。
 眠くなるまでと、ベッドに寝転がり本を開いた。子供が読むような童話だが、この世界の伝説を知るのは楽しかった。

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