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あの子に贈るもの
しおりを挟む翌日の朝食後。
「随分と機嫌が良いな」
「ん~、だって、アイリスさんとロイさんが大公領に行っても毎月会えるって、アールが…………ん?」
図書室で地図を眺めていると、隣から聞き覚えのある声がした。バッと顔を上げると。
「へっ!? ドラゴンさん!?」
「おじいちゃんが来たぞ」
「おじいちゃん!!」
しばらく姿を見せなかったドラゴンが、そこにいた。
「老体に鞭を打つものではないな。眠り過ぎてしまった」
「えっ……」
「人間が丸一日寝る程度の事だ」
「でも……」
以前の魔物討伐の際に、風真の代わりに戦ってくれたからだ。しゅんとする風真の髪を、ドラゴンがぽふぽふと撫でる。
「そのような顔をするでない。年老いていようとも、私の方がそなたより頑丈だ。私は千年を生きるドラゴンぞ?」
テーブル脇の椅子に座り、どうだとばかりにふんぞり返った。
「……うんっ、そうだよなっ。ドラゴンさ……おじいちゃんはすごい強いドラゴンだもんっ」
「ああ、そうだ。この世で最も強いのは私だ」
「おじいちゃん最強~っ!」
つい気分が盛り上がり、拍手をしてしまう。ドラゴンは満足げに口の端を上げ、ますます胸を張った。
「分かったようだな。だがどうしても労りたいと言うならば、その菓子を貰ってやっても良いぞ」
「うん、労りたいっ。今日は~、これが俺のオススメだよ」
皿をドラゴンの前に置き、オレンジのフィナンシェを指さす。するとドラゴンは、口を開けた。
(えっ、これは、食べさせろという?)
風真は戸惑いながらフィナンシェを摘み、ドラゴンの口元に近付ける。
「……うむ、美味いな」
一口かじり、もぐもぐと租借して飲み込むと、また口を開ける。風真は同じように食べさせながら、美形は口を閉じても開けても美形だなとドラゴンを見つめた。
(これって、ドラゴンの餌付けでは……)
人の姿をしていてもドラゴンはドラゴンだ。
(ドラゴンの姿で小さくなれるかな……って考えるのは失礼だよな)
ドラゴンを、それも祖父という立ち位置の相手をペット扱いするなど。
「期待に応えられず、すまぬな」
「んぇっ?」
「元の姿で小さくはなれぬ。大きいままで良いならばその手から食べてやれるが」
「……ドラゴンは心を」
「読めぬが、そなたは面白いほどに顔に出る」
「んんっ、そっかぁっ!」
「素直な子は愛しいな」
頭を抱える風真を、わしゃわしゃと撫で回す。この可愛い子のためならば、ペット扱いも喜んで受けたいと満面の笑みを浮かべた。
ドラゴンにとって風真は本当の孫のようだ。そしてそんな子の指に、見過ごせないものが輝いている。
「……王族の宝石か」
「!?」
「これはまた、重いものを贈られたな」
バッと顔を上げ頬を赤くする風真の反応から、宝石の意味は初代の王の頃から変わってはいないのだと察した。
「あの王太子から、無理矢理押し付けられたものではないのだな?」
「うんっ。俺、アールと恋人になったんだ」
「……本当に、あの王太子で良いのか?」
「うん。アールがいいよ」
「…………そうか」
眉間に皺を寄せ、何とか己を納得させようと額に手を当て俯いた。
「私の神子を襲ったあの男の末裔と思うと……。……いや、あの男の末裔にしては、あの子より遙かに隙だらけのそなた相手に、堪え忍んだのだったな。見上げた根性だ」
(俺、サラッとディスられたんだけど)
そう思いつつ、否定は出来ないので口を噤んだ。
「私の知る王太子には、不憫な想いをさせたのも事実であった。子孫が想いを遂げたならば、少しは供養になるだろう」
ふっと笑みを浮かべ、どこか遠くを見つめる。あの頃、共に生きた者たちは遥か昔にいなくなってしまった。それを、寂しいと、懐かしいと思う日が訪れた事に複雑な思いで視線を落とす。
だが寂しい顔をしては風真が心配をしてしまう。心配してくれる者に余生で出逢えた事に、ふっと頬を緩めた。
「幸せになるのだぞ」
「うんっ、ありがとうおじいちゃんっ」
ぱっと太陽のような笑みを浮かべる。眩しい笑顔に目を細め、ドラゴンは風真の髪を撫でた。
「騎士と神父は、王太子を選んだ事に納得したのか?」
「うん。してくれたよ。それにユアンさんは、俺を養子にして家族になりたいって言ってくれたんだ」
「男同士の婚姻がない時代に使われていた手法だな」
「えっ」
「養子になれば、合法的に同じ屋根の下で暮らせる。同じ姓を持ち、財産の相続も出来る。騎士はそなたと夫婦になったつもりでは?」
「う、う~ん……。そう思うには、息子、というか小さな子みたいに可愛がられてて……ほんとに親子みたいなんだ」
「……そうか。随分と殊勝な奴だ」
初代神子の騎士とは大違いだ。
「トキさんも納得してくれて、一番仲良しの友達って言ってくれたんだ」
「神父を信用してはならぬぞ」
「トキさんはいい人だよ?」
「上面が良くとも、腹の底は闇を溶かしたヘドロより真っ黒だ」
「おじいちゃん、神父の人と何があったの……」
不快感たっぷりの表情が尋常ではない。
「……そなたがそれで良いのなら、良しとするか」
ドラゴンは苦々しく溜め息をつき、風真の頭を撫でた。
「ここへ来る際に目にしたが、結界の強化も続けているようだな」
「おじいちゃんに言われた通り、少しずつ重ねてるよ」
「無理はしておらぬか?」
「うんっ。てか……出来ない。連れて行ってくれるの、毎回ユアンさんだから」
「そうか。無理をすれば、穏やかに意識を落とされるか。ならば安心だ」
「おじいちゃん、笑顔で言うには物騒だよ……」
風真は苦笑する。
「そなたは無理をしている事に気付かぬからな。元気に遊ぶ幼子が、突然寝落ちるようなものだ。己の限界に前もって気付けるようにならねば。出逢ったばかりの私でも……」
「あっ、そうだっ。おじいちゃん、神子様のとこにはいつ行けそう?」
心配してくれるのは嬉しいが、小言が長くなりそうだと風真は話題を変えた。するとドラゴンは、ぴたりと動きを止める。
「…………花を、見つけ次第」
「花?」
「……あの子に、花を……贈りたい」
照れたようにぽそりと言うドラゴンに、風真はパッと笑顔になる。きっと、建国の神子の好きな花を探しているのだ。
「どんな花? 俺も探すの手伝うよっ」
「……ならば、頼むとしよう。今もあるかは分からぬが、艶のある花弁の外側が濃紺、中央が鮮やかな黄色の、薔薇に似た形をした花だ」
「濃紺と、黄色……」
「神子が好んで育てていた花は淡い色ばかりだったが、最も好きな花はそれだと言っていた。服も持ち物も淡い色を好んでいたが……不思議なものだ」
淡い色の中に、唯一の鮮やかな色。その花を愛しげに見つめる神子は、今でも思い出せるほどに美しかった。
遠くを見つめるドラゴンに、風真はふと既視感の正体に気付く。
「ドラゴンさんの髪と目と、同じ色だからだ」
最も好きな花。それは、ドラゴンと同じ色。
「艶があるなら、ドラゴンさんの鱗にも似てるよね」
花を想像し、だから建国の神子はその花が好きだったのだろうと頬を緩めた。
「そのように、単純な理由だったのか……」
ドラゴンは唖然として呟く。
「好きだからとしか答えてくれなかったが……。気付かなかった私は、愚かだな」
しつこく問うと怒られたのも、照れて言えなかったのだ。妙なところで恥ずかしがり、妙なところで大胆だった神子を思い出し、くすりと笑う。
「あの花を見つけ、私の色だからだろうとあの子に言わなければな」
楽しげに笑みを深める。
話そうと考えていた事が、ますます増えていく。あの花を贈り語りかければ、声は、想いは届く。そう思えた。
・
・
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花屋を探し回ろうと考えた風真は、ふと思い出す。結界を強化しに行く途中、遠目に見た気がしたのだ。
そして記憶通り、花は森の中にあった。馬に乗っていなければ見えない、道から遠い木々の間。好奇心旺盛でいつも周囲を見回していた風真だからこそ気付けた。
近付けば、淡い花々に囲まれ、そこだけが鮮やかに浮かび上がっていた。
その光景を目にしたドラゴンが密かに瞳を潤ませていたことには、風真は気付かないふりをして、見つけられて良かったとそっと息を吐いた。
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