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兄弟

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「……その……、…………ありがとう」
「!?」

 至近距離。しっかりと聞こえた声に、ロイは痛いほどに心臓が跳ねた。

「あっ、あに、うえっ……」

 あの兄が、礼を口にした。それも、感謝する、ではなく、仲の良い兄弟のような口調で。

「うぁっ、感激ですっ……」

 日々そうあろうと振る舞っていた、兄や父をお手本にした冷静さは剥がれ、両手で顔を覆い悶える。歓喜のあまりちょっとだけ涙が零れてしまった。


 うぁ、とまた漏れた声と、悶える姿。本来のロイはこうだったのかとアールは目を瞬かせ、風真ふうまに似ているなと頬を緩めた。
 思わず頭を撫でると、ロイはびくりと跳ねる。そのままぷるぷると震え、「感激です……」と死にそうな声を出した。

 今までの行いから、一生恨んでも良いものを、ロイはアールを恨んだ事はないと言っていた。横暴なところは好きではなかったが、堂々としたところには憧れていた。天才である兄なら、いつか自らの行いに気付く時が来るだろうと信じていた。

 それはロイにとって最愛のアイリスが、アールを善き王にしようと頑張っていたからでもある。冷たくあしらわれても、アールから暴力や暴言を受けた事はない。だからどうにかしてあげたいと言っていたからだ。

 アールも今ではもう、何故ロイを疎ましく思い冷たく当たっていられたのかと不思議に思う。あの頃の気持ちの方が、思い出せないほどだった。


「お前もまだ、フウマと同じ歳の子供だったな」
「子供ではないですが、今は子供でいたいです……」
「ふ、そうか」

 初めて聞く甘えた声に、アールは目元を緩める。そして風真にするように抱きしめて背を撫でた。

「!?」

 それがロイにとっては雷に打たれたような衝撃だと、風真に対して日常的な行動になってしまったアールには気付けない。ぽんぽんと背を叩き、しばらく撫でているうちにようやく異変に気付いた。

「心拍が異常に速いが、体調が悪いのか?」
「いえ……その……兄上に抱きしめられるのは、きっと生まれて数日以来で……」
「当時二歳の子供に、生まれたばかりの赤子を預けたりはしないだろう?」
「そう、ですね……」

 真面目に返され、そうじゃないと内心で訴える。だがこの兄には具体的に言わなければ伝わらない。

「その……僕は兄上にずっと憧れていて、数ヶ月前まで敵意しか向けられていなかったのに、こんな……。……例えるなら、兄上が神子様に初めて抱きしめられた時と同じような心臓の状態かと……」
「……なるほど。それは、痛いな」
「はい、痛いです」
「そうか……」
「はい……」

 冷静になると、兄弟で何をやっているのかと気恥ずかしくなり、互いに体を離した。
 アールは向かいのソファに移動するかと考えるが、今ロイから離れるのは悲しませるかもしれない。横目で窺い、結局席を立つことなく、何を言うべきかと思案した。


「……フウマが細工師の元へ向かう際、毎回同行して貰った事にも感謝する。令嬢にも、礼を述べようと考えている」
「では、また後程彼女と一緒に伺います」
「ああ。頼む」

 元の口調に戻すとギクシャクしてしまい、ロイが小さく笑うと、アールもそっと口元を綻ばせた。

「一つ、大事な頼み事をしたい」

 頼み事、とロイは目を見開いてアールを見つめる。アールは視線を伏せ、愛しげに指輪を撫でた。

「国宝にしようと考えたが、フウマが私のために考え、意味を知りながら贈ってくれたこの指輪は、私だけのものだ。私が死んだ時は、これを身に着けたまま墓に収めて欲しい。来世まで持って行く」

 来世など信じていなかった。それが今は、来世を強く望んでいる。
 今生だけでは愛しきれない。来世でもこの指輪があれば、また風真に出逢える。そんな希望を込めて、静かに輝く石を撫でた。

「兄上との大切な約束を、必ず守ると誓います」

 ロイも指輪を見つめ、誓いを口にしてアールへと視線を向ける。

「……ありがとう、ロイ」

 もう一度そう言葉にし、穏やかな笑みを浮かべた。


「フウマも、私と同じ墓に入りたいと言ってくれた。私を最期の時まで独りにしないと。……だが私は、フウマを独りにするつもりはない。フウマには言えないが、私の方が数秒長生きさせて貰う」
「数秒、ですか」

 ふと表情を曇らせ視線を伏せるロイに、アールは小さく笑う。

「心中するつもりはないぞ。フウマが神に願えば、寿命を同じにする事も、私より数秒長く生きる事も不可能ではないだろう。その上で、私の方が気合いで数秒長く生きる」
「っ……、兄上が、気合いっ……」
「気合いでと考えた時、私も笑った。似合わないにも程がある」
「ふふっ……」
「……根性と気合いだな」
「ふっ、兄上っ……」

 神々しい顔で、今までのアールに最も縁の遠い根性論を口にする。ロイのツボに入ってしまい、体をくの字に折って悶えた。
 その姿にアールも何故か笑いが込み上げ、二人してしばらく笑い合った。


「二人で入れるよう、棺桶のデザインはもう考えている。数年置きに流行のデザインへ更新するつもりだが、先の楽しみがあるというのも良いものだな」
「そうですね」

 ロイはにっこりと笑った。
 順当に行けば百余年後に必要な物を、今から準備している。そして棺桶という、あまり楽しみにするものではない物をワクワクした顔で楽しみだと語る。


 神子様の言葉が、相当嬉しかったんだな――。


 そう思うと細かい事はどうでも良くなり、上機嫌なアールをにこにこと見つめた。

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