比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
221 / 270

兄弟

しおりを挟む

「……その……、…………ありがとう」
「!?」

 至近距離。しっかりと聞こえた声に、ロイは痛いほどに心臓が跳ねた。

「あっ、あに、うえっ……」

 あの兄が、礼を口にした。それも、感謝する、ではなく、仲の良い兄弟のような口調で。

「うぁっ、感激ですっ……」

 日々そうあろうと振る舞っていた、兄や父をお手本にした冷静さは剥がれ、両手で顔を覆い悶える。歓喜のあまりちょっとだけ涙が零れてしまった。


 うぁ、とまた漏れた声と、悶える姿。本来のロイはこうだったのかとアールは目を瞬かせ、風真ふうまに似ているなと頬を緩めた。
 思わず頭を撫でると、ロイはびくりと跳ねる。そのままぷるぷると震え、「感激です……」と死にそうな声を出した。

 今までの行いから、一生恨んでも良いものを、ロイはアールを恨んだ事はないと言っていた。横暴なところは好きではなかったが、堂々としたところには憧れていた。天才である兄なら、いつか自らの行いに気付く時が来るだろうと信じていた。

 それはロイにとって最愛のアイリスが、アールを善き王にしようと頑張っていたからでもある。冷たくあしらわれても、アールから暴力や暴言を受けた事はない。だからどうにかしてあげたいと言っていたからだ。

 アールも今ではもう、何故ロイを疎ましく思い冷たく当たっていられたのかと不思議に思う。あの頃の気持ちの方が、思い出せないほどだった。


「お前もまだ、フウマと同じ歳の子供だったな」
「子供ではないですが、今は子供でいたいです……」
「ふ、そうか」

 初めて聞く甘えた声に、アールは目元を緩める。そして風真にするように抱きしめて背を撫でた。

「!?」

 それがロイにとっては雷に打たれたような衝撃だと、風真に対して日常的な行動になってしまったアールには気付けない。ぽんぽんと背を叩き、しばらく撫でているうちにようやく異変に気付いた。

「心拍が異常に速いが、体調が悪いのか?」
「いえ……その……兄上に抱きしめられるのは、きっと生まれて数日以来で……」
「当時二歳の子供に、生まれたばかりの赤子を預けたりはしないだろう?」
「そう、ですね……」

 真面目に返され、そうじゃないと内心で訴える。だがこの兄には具体的に言わなければ伝わらない。

「その……僕は兄上にずっと憧れていて、数ヶ月前まで敵意しか向けられていなかったのに、こんな……。……例えるなら、兄上が神子様に初めて抱きしめられた時と同じような心臓の状態かと……」
「……なるほど。それは、痛いな」
「はい、痛いです」
「そうか……」
「はい……」

 冷静になると、兄弟で何をやっているのかと気恥ずかしくなり、互いに体を離した。
 アールは向かいのソファに移動するかと考えるが、今ロイから離れるのは悲しませるかもしれない。横目で窺い、結局席を立つことなく、何を言うべきかと思案した。


「……フウマが細工師の元へ向かう際、毎回同行して貰った事にも感謝する。令嬢にも、礼を述べようと考えている」
「では、また後程彼女と一緒に伺います」
「ああ。頼む」

 元の口調に戻すとギクシャクしてしまい、ロイが小さく笑うと、アールもそっと口元を綻ばせた。

「一つ、大事な頼み事をしたい」

 頼み事、とロイは目を見開いてアールを見つめる。アールは視線を伏せ、愛しげに指輪を撫でた。

「国宝にしようと考えたが、フウマが私のために考え、意味を知りながら贈ってくれたこの指輪は、私だけのものだ。私が死んだ時は、これを身に着けたまま墓に収めて欲しい。来世まで持って行く」

 来世など信じていなかった。それが今は、来世を強く望んでいる。
 今生だけでは愛しきれない。来世でもこの指輪があれば、また風真に出逢える。そんな希望を込めて、静かに輝く石を撫でた。

「兄上との大切な約束を、必ず守ると誓います」

 ロイも指輪を見つめ、誓いを口にしてアールへと視線を向ける。

「……ありがとう、ロイ」

 もう一度そう言葉にし、穏やかな笑みを浮かべた。


「フウマも、私と同じ墓に入りたいと言ってくれた。私を最期の時まで独りにしないと。……だが私は、フウマを独りにするつもりはない。フウマには言えないが、私の方が数秒長生きさせて貰う」
「数秒、ですか」

 ふと表情を曇らせ視線を伏せるロイに、アールは小さく笑う。

「心中するつもりはないぞ。フウマが神に願えば、寿命を同じにする事も、私より数秒長く生きる事も不可能ではないだろう。その上で、私の方が気合いで数秒長く生きる」
「っ……、兄上が、気合いっ……」
「気合いでと考えた時、私も笑った。似合わないにも程がある」
「ふふっ……」
「……根性と気合いだな」
「ふっ、兄上っ……」

 神々しい顔で、今までのアールに最も縁の遠い根性論を口にする。ロイのツボに入ってしまい、体をくの字に折って悶えた。
 その姿にアールも何故か笑いが込み上げ、二人してしばらく笑い合った。


「二人で入れるよう、棺桶のデザインはもう考えている。数年置きに流行のデザインへ更新するつもりだが、先の楽しみがあるというのも良いものだな」
「そうですね」

 ロイはにっこりと笑った。
 順当に行けば百余年後に必要な物を、今から準備している。そして棺桶という、あまり楽しみにするものではない物をワクワクした顔で楽しみだと語る。


 神子様の言葉が、相当嬉しかったんだな――。


 そう思うと細かい事はどうでも良くなり、上機嫌なアールをにこにこと見つめた。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。 路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。 「――僕を見てほしいんです」 奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。 愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。 金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。

にのまえ
BL
 バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。  オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。  獣人?  ウサギ族?   性別がオメガ?  訳のわからない異世界。  いきなり森に落とされ、さまよった。  はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。  この異世界でオレは。  熊クマ食堂のシンギとマヤ。  調合屋のサロンナばあさん。  公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。  運命の番、フォルテに出会えた。  お読みいただきありがとうございます。  タイトル変更いたしまして。  改稿した物語に変更いたしました。

完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@中華BL発売中
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。 その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー? 十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。 転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。 どんでん返しからの甘々ハピエンです。

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

処理中です...