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穏やかな時間
しおりを挟む「アールにすっごく喜んで貰えましたっ。ユアンさん、トキさん、ありがとうございました!」
朝食後。仕事に行くアールをエントランスまで見送り、風真は食堂に戻って深々と頭を下げた。
「フウマさんの頑張りと想いが伝わったようで何よりです。サプライズは大成功ですね」
「別れ話と勘違いした時はどうしようかと思ったけどね」
二人は嬉しそうに頬を緩める。
「ユアンさんが説明してくれて助かりましたっ。本当にありがとうございましたっ」
「お役に立てて良かったよ。まあちょっとだけ、君に悲しい顔をさせたアールから奪ってやろうかって魔が差しかけたけど」
「えっ」
「父親としての感情かな。大切な息子には、世界一幸せになって貰いたいから」
ユアンは「おいで」と手招きして、風真を膝に乗せた。腹に手を回して抱え、ふわふわの黒髪に頬を寄せる。
「後の説明を任せちゃったけど、酷いことはされなかった?」
「はいっ。なんかアール、しょんぼりした犬みたいでめちゃくちゃ可愛かったです……」
可愛さを噛みしめるように膝の上でぎゅっと拳を握った。
「殿下も変わられましたねぇ」
トキはしみじみと言い、ティーカップに口を付ける。
「最近のトキは、隠居した老人みたいだね」
「隠居ですか……。引退して、ユアン様を養子にしてフウマさんの祖父になるのも良いかもしれませんね」
クスリと笑い、嘘か本当は分からない事を言う。
「養子は可能だったか……」
高位の神官は、生涯神官として生きる。だが伴侶は持てずとも、養子を迎える事は慈悲を与える行為として許可される事もあった。
ユアンは眉間に皺を寄せる。トキとは仲が良いものの、父親となると話は別だ。トキの息子になるのは複雑……いや、息子のように扱われるのは正直、嫌だ。どうせわざと子供扱いしてくるのだ。
「そうなるとユアン様を公爵家の戸籍から抜かなければなりませんから、面倒ですね。残念ですがやめておきましょう」
難しい顔をするユアンに、にっこりと爽やかな笑みを浮かべた。
(なんか……ユアンさんとトキさん、すごく、……すごく、仲良くなってる?)
「フウマさんが想像されているような感情は、一切ありませんよ?」
「うぇっ!? 声に出てました!?」
「フウマさんはお顔も素直ですから」
愛しげに風真を見つめた。
「私たちは同志。戦友のようなものです」
「戦友……」
「フウマさんを巡る争いに敗れた者同士、フウマさんの幸せを共に願い、支える仲間になりました。お酒を酌み交わす日々を経て、私たちは軽口を叩ける関係になったのです」
「なるほど……」
「同じお仲間の第一部隊の皆様は、酔うとフウマさんの事ばかり叫んでいらして。毎回、大変有意義な時間を過ごさせていただいています」
(なんか……、姉ちゃんが行ってたオフ会と似た気配がする……)
我が同志と魂を震わせ、愛の雄叫びを上げ過ぎたわ、と始発で帰った姉はヘロヘロになりながら幸せそうにそう言って寝落ちていた。
カラオケで推しの曲やイメージソングを熱唱しながら徹夜で酒盛りをして帰った姉と、清々しい表情で語りながらも目の下にうっすらクマのある今のトキとユアンが重なって見えてしまった。
「俺もまさか、トキとここまで本音で話せる仲になるとは思わなかったよ。全てフウマのおかげだね」
自分は何もしていないと言い出す前に、ユアンは風真をぎゅうっと抱きしめ頬擦りをする。
「こんなに小さくて可愛いフウマも、もうすぐ婚約式か……」
「そんなに小さくないですけど……」
「婚約式、か……」
ぼそりと低く呟かれ、風真はびくりと震える。
アールと風真の幸せを心から願っているが、嫉妬心はどうにもならない。父親としての感情と、まだ残る風真への恋心が少しだけ。
「世の父親は、こんなに複雑な想いで嫁に出してるのか……」
「えぇっと……婿に出ても、住む場所は変わりませんし……」
「……そうだね」
重々しい声は、とても納得したようには聞こえない。風真はどうしたものかと視線を彷徨わせた。
「あ。ロイさんたちの婚約式にはなかったですけど、結婚式では俺はユアンさんと一緒に入場するんですよね?」
姉の由茉の時は、義兄の父が一緒に歩いてくれた。自分も王太子妃という立場なら、男だろうと後から入場するのだろう。
「あれ? この世界ではそういうのないですか?」
「いえ、ありますよ。結婚式は、フウマさんの世界とそう変わらないようですね」
トキは笑顔で答えるが、ユアンは呆然としている。
「……そうか。俺が、父親として……」
父親として、家族として、風真の隣を歩く。
風真が世界一綺麗だと言った花嫁姿。その姿を最初に皆に見せる時、隣にいるのは自分だ。
世界一綺麗で、幸せな瞬間に、父親として傍にいられる。
暖かな家族の姿を、大切な瞬間に残せる。
「…………婚約式でも、一緒に入場したいな」
「俺もですっ」
即答する風真に、ユアンは目を閉じる。先程痛みを覚えた目の奥がまた痛み、じわりと視界まで滲んでしまった。
幸せそうな二人に、トキも頬を緩める。
婚約式で夫婦となる者が共に入場する事は、慣習ではある。だが必ずそうでなければならないという記載はない。
いっそアールを王に先導して貰うか、ロイに後に付いて貰い、それからユアンと風真が入場する方法も有りではないだろうか。今の二人には大切な人たちと共に作る式の方が、思い出に残るものになりそうだ。
「殿下と両陛下へお話するのは、私の役目ですね」
トキは穏やかに微笑み、説得するのはそう難しくはないと、確信を持ってそう言葉にした。
・
・
・
その頃――。
「ロイ。見てくれ」
執務室に着くなりロイを呼び出したアールは、ソファに座るロイの隣に腰を下ろした。
「フウマが私のために選んだ宝石と、私のために何日も悩みに悩み抜いたデザインだ」
アールは上機嫌で、ロイの目の前に指輪を翳した。
黒かった宝石は透明に変化し、目映い輝きを放っている。アールの指の上にある指輪は、箱の中で見た時よりも遙かに美しかった。
風真がアールのために考え抜いた指輪は、アールが身に着ける事で完成する。完全なる美がそこにあった。
だが、気の利いた言葉の一つもロイの口からは出てこない。アールが自らこんなにも至近距離に座るのは、幼い頃以来だ。それも、記憶がまだ朧気な頃。
歓喜と緊張で固まったロイは、何とか視線だけをアールの方へ向けた。
「私にもフウマの色を身に着けて欲しいと、可愛い事を言ってくれた。フウマも私の贈った指輪を見る度に私を思い出すからと」
愛しげに目を細め、指輪を見つめる。
多幸感に溢れたアールの横顔。風真が召喚されなければ、風真がアールを選ばなければ、愛さなければ、きっと一生見られなかった。無理矢理元の世界から引き離された風真には申し訳ないと思いながらも、神に感謝してやまない。
「ユアンから宝石商を、お前から細工師を紹介して貰ったと言っていた。フウマは今すぐにでも王太子妃としてやっていけるな?」
「はい。私もそう思います」
ロイはじわりと浮かぶ涙を堪え、にっこりと笑って同意した。
「フウマは、完璧な造形美の私の指に似合うデザインにしたかったらしい。これはフウマも私も、納得の出来だ」
そっと指輪を撫でる。
「目利きの宝石商と、腕の良い細工師だな。特に細工師は、私とフウマのために心を砕いてくれたと聞いた」
そう言いながら、視線を伏せる。そのまま口を噤んだアールに、ロイはどうしたのかと少しだけアールの顔を覗き込んだ。
「ロイ」
「っ、はい」
叱られるかと思い、ロイは姿勢を正す。だが次の言葉はなく、アールはますます俯いた。
こんな兄の姿は初めてだ。心配になり静かに見つめていると、ロイ、とまた名を呼ばれた。
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